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気落ちし大食らい 第七話


「……ごめんなさい。無神経なことを聞いたわ」


「気にしないでください。そりゃあ苦労はしましたけど、その分自分の好きなように生きてこれましたから」


「そうじゃないの。その、貴女の家族のこと」


「それこそ気にしないでくださいよ。正直な話、記憶がないと実感も湧かないんです」


 ここまで話すと、キリエさんはそれ以上何も言わなかった。気にしているのだろうか、私の過去を聞いたことを。

 でも私が彼女に話したことは、紛れもない本心である。親がいないことを不幸なことだと言われても、そもそもどういった存在なのかを知らなければ、興味や執着なんて起こるわけがないのだ。


「ふぁぁ〜気持ちよかった〜」


「綺麗になったね〜」


「今日のご飯はなにかな〜?」


「ふぅ〜、さっぱりした。そういえば、久しぶりに大きなお風呂に入ったなぁ」


 浴槽から上がって脱衣所にでたら、今度は子供たちの濡れた体や髪を拭きあげる。男の子は髪が短いのですぐに済むものの、長く伸ばしている女の子たちの髪を拭くのは少し苦労した。私も髪は短く整えているから。

 チラリとキリエさんを見れば、心なしか表情に影が落ちているように見える。彼女にはどうにかして私のことを気にする必要はないことを理解してもらって、お風呂に入る前の彼女に戻ってもらいたいものだが。


「おぉ、皆戻ってきたか」


「おじいちゃん! あがったよー!」


「お風呂楽しかったー!」


「そうかそうか、それはよかったのぅ。ココさんもご満足して頂けたかな?」


「はい、それはもう! あんなに賑やかなお風呂はいつぶりだってくらい楽しかったです!」


「ほっほっほ、うちでは毎日あんな感じじゃよ。食事の方は出来上がっておる。後はテーブルに運ぶだけじゃから、ココさんは先に行って待っていておくれ」


 おじいさんが言うには、すでに食事の準備はできているという。お風呂をいただいたら仕込みのお手伝いをする気満々でいたのだが、不要だったらしい。


「じゃあ私もお手伝いしますよ」


「いやいや、子供たちを入れてくれただけでも十分じゃわい。これ以上手を借りてしまったら、お礼の意味がなくなってしまうからの。キリエ、代わりに手伝っておくれ」


「……えぇ、わかったわ」


 脱衣所をでておじいさんの後をついていく彼女の背中を見送れば、周りにいる子供たちがこっちこっちと手を引っ張り食事の場所に連れて行ってくれる。

 子供たちとの会話に花を開かせながら食事が運ばれてくるのを待つ。すると数分としないうちに、廊下の先から様々な大人の方達が大皿を持って部屋に入ってきた。


「おや、あんたがじいさんの言っていた旅人さんかい?」


「ミオちゃんを連れてきてくれてありがとうなぁ」


「お邪魔しています。すいません、ご挨拶もできず、さらに急に泊めていただくことにもなってしまって。使う材料も増えたでしょう?」


「あぁいいよいいよ気にしなくてさ。うちらが泊めてもいいっていったんだ、遠慮なんかする必要はないよ」


「こんなもんしかできねぇけどよ、いっぱい食べてくれや」


 ここにきて一度も会ったことがない人達なので、おそらく厨房を任されている料理人のような方達なのだろう。皆さん一人一人が余所者である私に一言ずつ言葉をくれて、それだけでとても温かい人達であることはわかる。


「おぉ! 美味しそう〜!」


「ココお姉ちゃん、これすっごく美味しいんだよ? 私の大好物!」


「あんまり取りすぎないでね? みんなで食べるんだから」


 ここでの食事は、一人一人に渡されたお皿に各自で料理を取り分けて食べるらしい。初めてする食事の取り方に、少し興奮してきた。お腹もかなり空いていて、私は食事開始の瞬間を今か今かと待ち侘びる。


「少し皿を寄せて、こっちの皿がテーブルからでてるわ」


「みんな待たせてすまんの、これで全部じゃ」


「おじいちゃん! 僕もうお腹ペコペコだよ」


「私もー!」


 卑しいこととはわかりつつも、この時ばかりは子供たちに同意する。お腹が空いた状態で、温かくて美味しそうな食事を前に我慢するなんて。まさに拷問!


「うむ。皆も席についたようじゃし、食べるとしようかの。みなさん手を合わせて、いただきます」


「「「いただきます!!」」」


 いただきますの掛け声を皮切りに、皆想い想いの料理を取り分け始める。それに合わせて私も料理を取ろうと動こうとした時、隣に座るミオちゃんが私の代わりに料理を取り分けてくれた。


「あ、ありがとうミオちゃん」


「んふふ、これ私も好きなの。お姉ちゃんにも食べて欲しくて」


 ニコニコとミオちゃんが皿に取り分けてくれた料理は、いくつかの調味料で味付けされた焼肉のようだ。確かに、この香りを嗅いだだけで食欲がさっきの二割り増しに増えた気がする。


「んっ!? 美味しいっ! これすっごく美味しいよミオちゃん!!」


「よかった! まだまだあるから食べたいときは言って! 私が取ってあげる!」


「あ〜! ずるいみーちゃん! ココお姉ちゃん、こっちにあるやつ食べたくなったら言ってね!」


「こっちも!」


「子供たちの優しさでお腹の前に胸がいっぱいだよぉぉ!」


「はっはっはっ! とても今日会ったとは思えないぐらい懐かれてんじゃねぇか!」


「そうねぇ。人見知りのあの子がこんなに懐いてるのも珍しいわ」


 ミオちゃんオススメのお肉も美味しくて、子供たちの優しさが嬉しくて、それを見たおじいさんたちとの会話が楽しい。

 だからこそ、


「…………」


 キリエさんは、相変わらず暗い雰囲気を持ったままだ。その事がどうにも気がかりだ。初めは数分で忘れてくれるだろうと思って話したことが、予想以上に後を引いてしまっている。これはなんとかして、彼女ともう一度話す機会を設けなければ。


 そんなこんなで楽しくも美味しい食事の時間は過ぎていく。徐々に子供たちがご馳走様を言うことも増えてきて、ミオちゃんも箸の進みが完全に止まった。だが、まだ料理は結構残っており、空になった皿は子供たちの大好物と言われたお肉を初め二、三枚ほど。


「ふぅぅ、ごっそさん。しかしこりゃあ作り過ぎちまったか?」


「私ももういいわ、ちょっと食べ過ぎた気もするし」


「でもどうするよ。今日使った食材って、確か期限近かったろ?」


「勿体無いけど、残った分は破棄するしかないわね」




 ……ふっふっふ。その言葉を待っていました。




「あの、もし宜しかったらそちらの大皿、こちらに持ってきてくださいませんか? 食べますので」


「えっ!? だ、大丈夫なのかい? 無理しなくていいんだよ?」


「大丈夫です! むしろこんなに美味しいご飯を捨てるなんて勿体無くて!」


 そう高らかにみなさんの前で宣言すれば、私は箸を片手に小皿に料理を取り分けていき瞬く間に平らげてみせる。

 一枚、二枚と大皿を空けていけば、途中からテンションの上がった大人の人達に乗せられて直接大皿のものを食べ始める。


「あむっ、はむっ、はむっ、んん〜〜♪」


「すっげぇ、あれだけあった料理が次々となくなっていくぜ……」


「あの体のどこに入っていくのかしら、不思議ねぇ」


「いけいけ嬢ちゃん! その調子だー!」


「ココお姉ちゃん頑張れー!」


 最初は皆さんに合わせてほどほどで止めようと思ったが、余ったものが捨てられるのであれば遠慮はいらないはず。次々と出てくる料理の味に満足しつつ、また新しい味を求めて箸を伸ばす。やがて数分もしないうちに、テーブルの上に乗っていた大皿は全て空の状態になった。


「……ふぅ。ご馳走様でした」


「嘘だろ……あれだけあった料理全部平らげやがった」


「凄いわぁ、見事な食べっぷりね!」


「ガハハハ!! 気に入ったぞ嬢ちゃん!」


「お姉ちゃん凄い! 全部食べちゃった!」


 つい勢いに任せて食べちゃったけど……私は満足だぁ……。

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