宴と近況と 第六十九話
「こ、これは……!」
「驚いたでしょー?♪」
確かにこれには、私自身度肝を抜かれた思いだ。前と同じ木製の本棚でありながら、その色合いはやや赤みがかっており格段に華やかになった。部屋自体の明るさ……というか雰囲気がよりよくなったようにも思う。
「綺麗~!」
「せっかく立て直ししてもらったんだし、ついでにいろんな物を新調したの~。思った以上に出費はかかっちゃったけど、その分内装には自信ありよ~」
「はい! とっても素敵です!」
「でしょ~? またよろしくね~ココちゃん」
「こちらこそよろしくお願いします、シルクさん!」
さらに一段と素敵になった職場にお誘いを受けられる喜び。またここで働けると思うと今からワクワクが止まらない。私のわがままを受け入れてくれたシルクさんのためにも、前回以上に張り切ってお勤めしなくちゃ!
「ココさぁーーーーん!」
「あっ! ナツメーー!」
「ココさーーん! ココさんココさんココさんココさーーん!!」
私とシルクさんが話している間に、二階からドタドタと勢いよく降りてきていたナツメに抱きしめられる。併せて私も抱擁を返せば、グルグルとその場で二回転半回る。シルクさんほどではないにしろナツメと会うのも十日と少しぶりだ、しばらく会えなかったお詫びに今はなすがままになっておこう。私の名前を呼びながら髪に鼻をくっつけていることも含めて。
「キリエさん、あちらの分の布を回収してきました」
「ありがとう。あとは私がやるから、テトラは先にココのところに行ってて?」
「かしこまりました」
テトさんが両手いっぱいに抱え運んだ黒布を、キリエは触れるだけでその場で霧散させる。キリエの能力が解除されたことで影は物質としての力を失い消滅したのだ。
というかナツメ、片づけをほったらかしにしてこっちに来てたのか。運び終えてこっちにきたテトラさんが何か言いたげに見てるよナツメ!
「行動早かったですねナツメさん。できれば片づけを手伝ってほしかったのですが」
「あ……ご、ごめんなさい。ココさんを見てたら我慢できなくなっちゃって」
「ナツメにとって私って劇薬かなにかなの?」
「お気持ちはわかりますが。……んん、こんにちはココさん。いや、今はもうこんばんはでしょうか」
「こんばんはーテトさん。営業再開おめでとです」
「ありがとうございます。また貴女と勤務できる日を楽しみにしておりました」
優しく微笑むテトさん。私がアクセサリーをプレゼントしてからというもの、テトさんの微笑はさらに優しく柔らかくなったと思う。今私がナツメに抱きかかえられてさえいなければ私も格好がついたんだけど。
そろそろおろしてくれてもいいのよナツメさん?
「ふぅ」
「あ、お帰り~キリエ」
「布は全部回収し終わったわ」
「ありがとう~キリエちゃん。さて、じゃあ早速やりましょうか! ″ 営業再開記念パーティー ″!!」
「「わーーーー!!」」
お土産を買ってきといてよかった。足元に寄ってきたスライムから紙袋を預かり、念のためにと中を確認するが特に問題はなかった。
ナツメさんの抱擁を抜け出し、何も知らない私は四人の後をついていく。階段を一段一段上り二階、そして三階へ。ここに住んでいるシルクさんとテトさん、そして一時期お世話になっていた私の部屋があった居住スペースだ。私が住んでいた時と比べて、少し内装が変わっている。
「こっちこっち~。みんなココちゃんが来るのを楽しみに待ってたのよ~」
「といっても、サプライズ用に本棚を隠したりパーティー用に料理その他の準備であっという間だったけれどね」
「なんかすみません。あ! でも代わりにいっぱいお菓子買い集めてきたので、食事の後にでもみんなで食べましょう!」
「お菓子!? 何買ってきました!?」
「いろいろあるよ? おばあさん特製の焼き菓子にミオちゃんも飲んだ甘いジュースに、あとは……」
ガサゴソと袋の中を改め、持ってきた菓子類を説明する。出店で買ったもの以外は大体私が一度利用したことのあるお店の商品ばかりを選んだ。
初めて私が街に来たときこよみと一緒に食べた焼き菓子。工業区でミオちゃんと一緒に飲んだジュースetc。山の上から順番に品名を答えていると、狐色の多い菓子類に混ざってひときわ異彩を放つお菓子が一つ。
「あとはこれ、赤玉黒玉っていうお饅頭。記念品らしくて人もいっぱい並んでたけど、なんとか確保してきたよ!」
「あらあら~」
「ココ……」
「それって!?」
「なんと」
日食月食記念のお饅頭をみんなに見せた時、なぜだか皆の雰囲気がおかしなものを見るようになった。いやお菓子だけどそういう意味ではなくて。
お饅頭に変なところでもあっただろうか? 手に持ったそれを軽く一周眺めてみるも特におかしな部分は見当たらない。
んんー? と悩んでいたところで、皆を代表してキリエがその理由を教えてくれた。
「みんな考えることは一緒ね」
「き、キリエ。私なにか変なことしたかな」
「大丈夫よ。みんな面白がっているだけだから」
「面白い?」
「ほら、これ」
そう言ってキリエが手に持って見せたのは、私が今持っているものと同じ黒のお饅頭……えっ!?
「それ!!」
「そう、同じ黒玉よ。今限定のものって聞いて買ってみたんだけど、そしたら……」
「私達全員、同じことを考えていたみたいで」黒玉
「ココさんは両方買ったんですね! 私どっちにしようかずーっと悩んでこっちにしました」赤玉
「やっぱり両方買うわよね~♪ 私だけじゃなくて安心したわ~」赤玉黒玉
みんなの手のひらには、それぞれ思い思いの色の饅頭が。記念品だからと買ってみたのは私だけではなかったらしい。だからこれを取り出した時、みんな私を見て不思議な表情をしてたのか。
「ぷっ、はははははは!!」
「「フフっ」」
「「あはははははは!!」」
奥からこみあげてくる笑いをこらえきれずつい笑いを溢れさせてしまったが、みんなが私の笑いにつられて笑う。ほんの些細な、人によっては笑いにもならないおかしな話だが、こうして仲良く皆で笑っているだけですごく幸せを感じる。もしもこよみさんがここにいたら、どっちの饅頭を買ってきたのだろう。椿さんは、サクヤさんは、エリは、レンは。
「さっ! みんな席について! 食事を始めるわよ!!」
「「「「はい!」」」」
大人数用の大きな長机に所狭しと並べられた料理の数々。テーブル中央には巨大なケーキが鎮座する。
「こ、この料理全部手作りですか!?」
「メインの料理はみなで手分けして作ったわ。真ん中のケーキはナツメ特製よ」
「そうなんですか!?」
「えへへ、ココさんのためにって少し張り切っちゃいました。たくさん食べられると聞きましたので大きく作りましたが、無理せずおいしく食べてくださいね!」
「さすがはお花屋さんよね~、料理の盛り付けやケーキの飾りも素晴らしいわ」
「お見事です、ナツメさん」
「え、あ……えへへ、そ、それほどでも」
ナツメさん、皆に褒められて嬉しそうだ。私と初めて会った時の絶望的な表情は完全に消え、肌の色つやもよくなったように思う。彼女は私だけでなく、いろんな人に必要とされる素晴らしい人なのだ。彼女を裏切った人たちは今頃悔しがっているだろう。だがもう遅い、彼女はすでに私たちの友達なのだ。
いつか友達全員の抱えている問題が解決したら、ここにはいない友達も含めて、全員で食事を囲もう。
「じゃあお話もひと段落ついたところで、それでは!」
「「「「いただきます!」」」」
「……いただきます」
いただきますの一言に今後の覚悟を込めて、今を存分に楽しもう。




