撤退と亀裂と 第六十五話
「クッ!」
エリは反動により体を後退させ、
「チィッ!!」
「ッ」
椿さんは銃を構え直すサクヤさんの側に戻る。一斉に放たれた各人の攻撃はそれぞれを相殺し合い、再び行動の読み合いへと変わる。
「ウラァァァァァア!」
「! 正面から突っ込むだけではッ!!」
エリ、サクヤさん両者は相手の次の動きを読む予定であったが、椿さんは怒りに身を任せ果敢に攻撃を仕掛ける。
人体の重さを考慮しない素早い動きで間合いを詰め煙を纏った右腕の一撃を放つ。今回の攻撃は、右腕部に纏った煙を放射することで間合いを広げた強化版。
しかし相手は動きを予測するエリ。予め来ることを予測した上で最適かつ無駄のない動作で攻撃を避け、狼煙の体を無数の風穴だらけにしてしまう。
「ッ、何もかもお見通しってことかよ! 舐めやがってェェェ!」
「こちらも、タダでやられるわけにはいかないのです!!」
「ココ! 頭を下げろ!!」
「ッ!?」
怒りを煽られたことによりさらに激昂する椿さんを後目に、サクヤさんは私に頭を下げろと言う。あまりに強烈な声が上げられたことで一瞬体がピクリとしてしまったが、指示に従い頭を下げる。
「ッ、ッ!」
目を動かし、サクヤさんは空間を探る。
時間にして一秒もなかっただろう。彼女は部屋の間取りや家具の配置などを把握すると、ケースから今度は両手に銃を構える。
「ハッ!」
続いて四度の銃音。まずは両手の銃を放ったのち、すぐさまケースに残った弾入りの銃に持ち変えて二度放つ。前に撃ったものと合わせてこれで六発。彼女の持つ銃の中で使用可能なものは残り一丁となる。
\ヒュン!/
「ヒィッ!?」
「……!」
「なッ!?」
「うぉい!?」
放たれた四発の弾丸は、エリに対し直進したのではない。部屋中に散乱する金属片や出っ張りに対し放たれたのだ。
弾は狭い部屋の中を縦横無尽に跳ね回り、時に私の頭上を掠め、レンの顔横を通り抜け、椿さんの煙の体に穴を開ける。
「何してんだてめぇ!」
「当たらないのだからいいだろう。多少の不都合は我慢しろ」
「俺を目隠しにッ?! 使ってんじゃ……!? ねぇよ!?」
「くっ!?」
サクヤさんは僅か一秒にも満たない間に部屋の配置を把握し、さらに跳弾が持続するよう角度を変えて弾丸を放った。
四発の弾丸はそれぞれ自在に向きを変え、時折エリに牙を剥く。
「ッ!! ッッ!?」
予知に加えて鋭敏になった視覚や聴覚をフルに利用して弾丸を避け続けるエリ。流石と言うべきか、弾は掠めることこそあれど当たることはない。
「ッッッ、こんなもの! すべて叩き落として! ーー!!?」
「隙ありだ!」
避け続けることは不可能と判断したエリの意識が向かってくる弾丸に向けられた瞬間、サクヤさんは地面を蹴り接近する。自らを弾の軌道上に置いたのだ。
「なッ!?」
「やはり鋭敏になった感覚には、相応の負荷があるようだなッ。常に神経を尖らせる状況に追い込めば、注意が薄れると思ったよ!」
「きゃぁっ!?」
エリの横腹を貫いた、サクヤさんの拳。攻撃をモロに受けた彼女の体は横に大きく吹き飛び、ダメージこそあれど弾丸の軌道から逸れた。
方向を変えない彼女の跳弾は、一転してサクヤさん自身を狙う。
「サクヤさんっ!!」
「スゥゥ……」
サクヤさんは、向かってくる弾を避けることなく武の構えを取る。だがそれは、弾を受け止めるための守りの構えではない。未だ攻撃の手を緩めない意思を示す、攻めの構え。
「はぁぁぁあ!!」
拳を握るのではなく、伸ばし、貫手が如き技を高速で放つ。あまりに素早く動かされた彼女の腕は、風の尾を引きエリの体に突き刺さる。さらに驚くべきは、
「えぇぇぇぇぇぇ!?!?」
鉄纏を発動させた自分の体を跳弾の受け皿として、打撃の合間に体に当たった弾を上手く弾き軌道を変えているのだ。鉄並みの強度を持たせることができる鉄纏ならではの技だろう。
「ぐぁっ!? ……このぉっ!」
「連弾舞踏!!」
普通なら貫手をまともに食らった時点で再起不能になるレベルの攻撃。だというのにエリは持ち堪え、さらにはレイピアを振りサクヤさんの連打を迎え撃っている。
何が彼女をここまで動かしているのか、呼吸をおかしくしながら攻撃をいなす。
「……って!! これはマズいでしょう!?」
戦闘が激化し始めたことで忘却していたが、私はレンのお願いを思い出した。
このままじゃ間違いなくどちらかが相手にトドメを刺してしまう。それだけは何としてでも阻止しなければ!
「ふ、二人とも! そこまで ーー」
「ぐぁぅ!?」
「ッ!?」
行動を起こした直後、私の耳にエリの苦痛の声が届く。見ればどうやら、サクヤさんの連打+弾丸の雨を凌ぎきれず彼女の貫手を再び受けてしまったようだ。エリの軽い体は、衝撃に耐えられず壁際へ。
「エリさん!?」
「これでトドメだ、甘んじて受け入れろ」
「待っ……ーー」
自身に向かってきた四発の弾丸を弾き、全ての弾頭がエリを目指し直進する。
攻撃のダメージ+壁にぶつかった衝撃で、レイピアは彼女の手を離れ立ち上がることすらできないでいる。
エリさんが死んでしまう!? ーーと、思った直後、弾丸と彼女の間に割り入る人影。
「戯れは終幕といたしましょう」
レンは時間抑制を利用した高速移動の後、飛来する四発の弾丸を片手で素早く掴み取った。
おそらく、高速で向かってくる弾丸の勢いを抑制し掴んだのだろう。指と指の隙間に器用に四つの弾丸を挟んで私たちに見せつけている。
「立てますか? エリ様」
「私を、誰だと思っているのです……! このくらい、なんとも!」
「あまりご無理はなさらぬよう」
レンに肩を借りることでなんとかエリは両足を立てて立ち上がる。ただ、レンが触れた後にはエリの体の震えは止まり呼吸は安定した。
それもまた能力の応用であろう。もしや、肉体に掛かっていた負荷を抑制したのか? レンの能力は本当に、多機能というか厄介というか。
「まさか片手間に止められるとは思いもしなかった。目で追えない素早い動きといい、一体どんな能力なのだ」
「私のことなど、今はどうでもよろしい。しかし本日はこの辺りで失礼致します。お嬢様の調子も優れないようですので」
「調子悪ぃ人間が男数人を切り殺せるかってんだ!! そいつは置いてけあいつらの仇ッ!」
「ご要望にはお応え致しかねます。では、ごきげんよう ーー」
スゥ〜、と。少しずつ彼女らの体から色が失われていく。それを大人しく見送る私と、逃走を開始したレンは目を合わせる。
「(どうか、よろしくお願いいたします。姉様)」
「(できる限り頑張ってみるよ。そっちも気をつけてね)」
「(はい)」
私たちの間だけならばそこまで殺伐とした雰囲気はない。しかし、隣の二人とレンの抱えるお嬢様はそうではないようで、
「次に会った時は、こうはいきませんわよ……!」
「それはこちらのセリフだ。次こそ必ずその額に風穴を開けて見せよう」
「逃げんじゃねえって……言ってんだろうがァァァァア!!!!」
狼煙の大顎を開き、二人まとめて噛み切ろうと迫る椿さん。白く煙立つ体を柔軟に動かし、四つ足で駆けぬけ二人を噛み殺さんと殺意を溢れさせる。
「ガァァァァァァア!!」
ーー だが、狼煙の牙が二人を穿つことはなかった。二人の姿が完全に空気に溶け込んだその時、二人はすでにその場を離れていたのだ ーー
「ッ!!!! クッッッソォォォォォォォォォォァァァァァァァ!!」
女性としてとても見せられない鬼の形相で雄叫びをあげる。仲間を殺された挙句、主犯の逃走を許してしまった悔しさもあるのだろう。
……もし無事にエリやレンを友達に迎えられたとしても、今度は二人の仲を取り待たなくちゃいけないのか。




