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不明と安寧と 第六十三話



「え……えっと……」


 流石にこのままでは失礼だと思い、立ち上がってテーブルの影から姿を見せる。その間、彼女はただじっとこちらを見つめるだけだった。


「は、初めまして……なのかな?」


「 やっと、お会いできました 」


「!?」


 先程まで落ち着いた雰囲気を醸し出していたレンだったが、私が影から全身を現したその時。両腕を広げたかと思えば、服などお構いなしに私の体を抱きしめた。


 優しい、母が子を思うような抱擁だった。


「!! まさか、貴女は!?」


「……フフッ」


 やっぱり! と、私は彼女の正体に目星をつけた。抱きしめた時の力の入り具合、触れ合った感触、そしてこの優しい香り。

 何よりもこの、母を思わせるとてつもないほどの安心感。彼女は、彼女の正体は!


「" 白服 "さん!?」


「っ!!」


「ムゥゥッ!?」


 腕の力が僅かばかり強くなる。微かな震えがこちらにも伝わってきて、感極まって思わず力を込めてしまったというところだろう。

 それでも首を絞められる程ではないので、彼女なりに精一杯の制御はしてくれているらしい。

 しかし久しぶりのこの感覚。何か大切な繋がりを得られたようでとても心地よい。


「なっ!? テメェ! 何をしやがる!!」


「貴様!! 今すぐココから離れろ!!」


「無駄ですわ。貴女達では彼女には勝てません」


 一人極楽を味わっている最中、周りでは椿さんやサクヤさんが何か話している。それに対してエリが反応しているところまでは聞こえたが、具体的な内容までは耳に入ってはこなかった。


「(あれ……)」


 その時だ、私が違和感を感じたのは。


「んだ と この野 郎!」


「どう いう 意味 だ」


「言葉 通 りの 意 味で すわ」


 少しずつ、本当に少しずつ。周りにいる人たちの声がゆっくりに聞こえ始めた。


「こ、これはいったーー むっ?!」


「……」フルフル


 私の唇を抑え、じっと見つめなければ分からないほどに小さく彼女は首を左右に振る。話すな、ということか。

 だがこれで、周囲の音を遅くしているのは彼女だということがわかった。


 そこから彼女が指を離すまでの間、私はじっとその時が来るのを彼女の腕の中で待った。

 どんどん周りの音が失われていく感覚は二度と味わいたくないほとに怖い体験ではあったが、レンの抱擁が上手く作用したことで実際に感じた恐怖心はそこまででなかったようにも思える。

 怖いと感じる現象を引き起こしている相手に安心するなんて。と思われるかもしれないが、実際そうだったのだから仕方がない。


「も  う  い  ち  ……ーーーー」


「待  って  い  ……ーーーー」


 椿さん達の声がまったく拾えなくなってしまった頃、ようやく彼女の指が私の口元を離れた。

 抱擁を解かれ私は彼女と距離を取る。話しても良い、ということだと受け取った。


「これは……一体? レンさんの能力ですか?」


「はい。私の能力" 抑制 "で、周囲との『時間』にズレを起こしました」


「じっ!?」


 彼女が暴露した能力のことよりも、その後の言葉に私は度肝を抜かれた。

 抑制とは、物体の働きや流れを抑え込むこと。それを『時間』という目には見えない概念にまで適応させるなんて……。


「つまり私と貴女は周りとは違う時間の中にいる、ということですか!? さっきの瞬間移動も、まさかこれが?」


「……お見事です。僅かな情報でそこまで推測されてしまうとは」


 彼女の腕の中で感じた安心感。あれは私が彼女の抱擁に安心していたのでは決してなく、私の恐怖心が膨らまないよう、彼女が抑制していただけに過ぎなかったのだ。


「ッ!!」


「フフッ」


 やられた。今この場は彼女の領域。助けを呼ぼうにも椿さんやサクヤさんには声すら届けることはできない。

 かといって、私が仕掛けたところで返り討ちが妥当。時間すら遅くしてしまう相手にどう勝てというのだ。


「私を狙って、一体何が目的なんですか!」


「目的、ですか?」


 なんの話? とでもいうようにポカンとした表情を作るレン。思わず私自身、は? という声と共に同じ顔をしてしまったじゃないか。


「ない……んですか? 貴様を殺す! とか、大人しくしろ! とか」


「……あぁ、なるほど。この状況ではそう思われても仕方ないですね」


「じゃあ、別に私をどうこうする意思はないと?」


「その点につきましてはご安心を。私はただ、貴女と直接お話がしたかっただけなのです」


 そんなこと言われても……と思わないわけではないが、実際彼女は構えるどころか近づいてさえこない。

 最終目的はどうあれ、少なくとも話がしたかったという部分は信じても良さそうだ。


 ーー 徐にレンは、丈の長いスカート部分を手で押さえ片膝を床につく……え?


「な、何してるんですかレンさん!? スカート汚れちゃいますよ!」



「ずっとお会いしたかった。……" 姉様 "」



「は?」


 今度こそ私は、言葉の意味を理解できずに口を開けてアホ面を見せた。姉様? 彼女は今、姉様といったのか?


「姉……様? 誰が?」


「姉様は姉様です、姉様」


「待って、一旦私のことはココって呼んで。姉様って言葉が言葉として崩壊してるから!」


「わかりました、ココ姉様」


「あぁもうそれでいいや」


 姉様? 姉妹?? 私とレンが? 私よりもナイスバディの高身長美少女メイドであるレンが、私の妹? 年下!? ありえない!


「……義理?」


「正真正銘、血のつながった姉妹です」


 私が目を覚ましてから数年、初めて家族とで会いました? ……いやいやいやいや!!


「えっと、急に言われても信じられないっていうか」


「!! ……そう、ですか」


「うっ」


 シュン、と悲しげにするレン。やめて! 私悲しそうな顔に弱いの!!


 ……しかしこうしてみると、確かにレンの顔立ちはどこか私に似ているような気もする。感情論を抜きにしても、真っ向から違う! と否定できないのも事実。


「うーん、じゃあそれを証明できるものとかない?」


「証明、と言われましても。私がココ姉様の妹であると疑っていなかったので」


「だよねぇ」


「私が、私だけがお姉様の正統な妹なのです」


「ん? 私" だけ "?」


 あれ、なんだか嫌な予感が


「ちょっと待って、私だけ? もしかして他にもいるの?」


「両手の指では足りないくらいには」


「見たこともない私の母さん、ハッスルし過ぎでしょ……」


 えーつまり知らなかっただけで、私には沢山の血のつながった姉妹がいるということか?

 何それ、私知らない


「ハッスル、とは?」


「あぁ気にしないで。分からないなら分からないままの方が良いこともあるよ」


「はぁ」


 今日は次から次へと問題が降ってくる日だ。工業区の問題を探るために訪れてみたら、昔私が倒した借金取りの男の同僚(つばき)(サクヤ)と出会って、今度は私の妹に出会って、しかもその数は十人以上。

 とても一日に起こって良い事件ではないぞ。発狂もやむなし。


「ああああッ!! ……まぁその件は今は保留にするよ。どうせ今考えたところで答えなんて出てこないし」


「そうですか。では、しばらくは私は姉様の妹見習いということですね」


「妹見習い、とは? ん"ん"っ、まぁそれは置いておくとして別の話を」


「はい」


「どうしてレンは態々能力を使ってでも私と二人で話したかったの? 簡単そうに見えるけど意外と難しいでしょ? 部外者を巻き込んで時間に干渉するなんて」


「大変、ではありますが。そうせざるおえない理由があるのです」


「理由?」


「はい」


 数秒、レンは沈黙する。私の目を見て、タイミングを伺っているようだ。


「?」


「実は、この場にいる私の主人であるエリ様。彼女は私が貴女と姉妹であるということを、お知りではないのです」


「えっ、そうなの?」


「はい」


「じゃあ尚のこと、エリさんは話を聞くべきだったんじゃ?」


「いえ……」


 レンは顔を一度下げ、覚悟した上で再び目を開ける。


「エリ様は、この国の女王様の御息女にあらせられるのです」


 今度こそ私は、全てを投げ出したくなった。

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