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悲惨と会敵と 第六十一話



「なんだよ、これ!? 誰か返事しろよ!?」


 凄惨な室内の様子に、気が動転しているのが側から見てもわかる。手当たり次第に亡骸に触れては、息がないことにその顔に絶望に色濃く映し出していく。


「酷い……全員、死んでる」


「ふむ」


 そんな椿さんや、吐き気までは行かずとも目の前の光景に顔を顰める私に対して、こんな状況下にあっても冷静なサクヤさん。

 彼女は身近に横たわっていた死体のそばに近寄ると、屈んで腹部にある一際目立つ傷口に指を這わせる。


「刃物で一撃。傷口から見て相当鋭いな」


「よく顔色変えずに触れますね。辛くないですか?」


「銃で男の頭を吹き飛ばす瞬間を、君も見ていただろうに。今更何を怖がる?」


「それは、そうですけど」


 テーブル台は所々破損し、皿や酒瓶が床上に散乱している。近くには血のついた武器が転がっているのを見ると、現状を作り出した何者かに抵抗するも……といったところか。

 南無。


「ダメだっ、ここにいた奴らは全員死んでやがるッ!! どうなってんだよこれは!!」


「慌てても仕方がないだろう、落ち着け」


「俺は冷静だ!!」


「どの口がいう」


 部屋奥に走り去り何やらドタバタとしていた椿さんが帰ってきてすぐの一言。やられてしまった人間は、私から見える範囲以上にいるらしい。

 なんとか落ち着かせようとするサクヤさんの言葉にも、先程以上に強く返す。


「わけわかんねぇ! どうして仕事終わりに戻ってきたら仲間が死んでやがる!? くそっ、どうしてその場にいなかったんだ俺ッ! 誰がやったんだ、誰が ーー」


「 静かにしろッ 」


「「ッ!?」」


 椿さんの腕を掴み、強引に体をテーブルの影に移動させて彼女は冷淡に言葉を発する。語りかけるというよりは恫喝に違いそれは、本人の威圧感も合間って私たち二人を無理やり押さえ込んだ。


「な、なん」


「わからないか? 死体の血が固まっておらず、脇の下には熱が残っているんだぞ。ここで惨劇が起こってから、然程時間は経ってない。 いや、ついさっきだと断言してもいい」


「ッ!?」


「! それって……」



 ーー コツッ……コツッ……コツッ…… ーー



 突然室内に現れた何者かによる足音。私たちは全員その場にしゃがんでおり、この時点で私たち以外の人間が場に現れたことになる。しかもその相手は、軽快に響く音からしてヒールのような靴を履いている。三人とも、音が鳴るような靴は履いていない。


「緊急事態につき、言いたいことは後で聞く。いいな」


 サクヤさんはケースから一丁銃を取り出し、テーブルから身を出すと同時に相手に銃口を突きつける。椿さんに対しての" 言いたいことは後で聞く "、は、銃を使用することへの文句のことだったのだ。


「止まれ」


「ーー 何方が来るかと思えば、貴女でしたのね。御噂はかねがね伺っておりますわよ? 銃狂いのサクヤとは、貴女のことですわよね?」


「……何者だ?」


「(……そろ〜り)」


 澄み切った声の中に潜む、刺々しく鋭利な感覚。ゆ〜っくりと顔だけをテーブルから覗かせてみると、サクヤさんが銃を突きつけている相手は私たちと同じくらいの女性だった。白くて長いポニーテールと、赤暗い空間にあっては一際目立つ薄氷色の衣服。


 そして、腰に携えた細く鋭いレイピア。


「ご挨拶が遅れました。(ワタクシ)の名前は" エリ "、諸事によりこの場を作らせていただきました」


「自己紹介は省くが構わないな。それで? なぜこの場の人間を皆殺しにしたのか説明してもらおうか」


「さるお方からのご命令、とだけ伝えさせていただきましょう」


 どこまでもクールに、武器を突きつけられてなお冷静に語るエリと名乗った女性。

 スラッとした一見弱そうに見えるスタイルながら、威圧感はサクヤさんや椿さんに負けていない。


「答える気はないと? 一応確認するが、私たちをどうするつもりだ」


「見られてしまった以上、その先をお伝えするのはあまりにも酷というものでは?」


「そうか。ならば先手を打たせてもらう」


 エリを敵として認識したサクヤさんの行動は早く、言葉を言い切る前にすでに引き金は引かれており、彼女の心臓を目掛けて弾が剛速で直進する。


「…………」


 自身に向けられ放たれた一発の凶弾を前に、エリは一切の動揺を見せなかった。自然体で、日常を過ごしているようにゆったりとした雰囲気を身にまとっていた。


 ーー 弾が目標に到達する、その直前までは ーー



「 ! 」



 銃弾が自身の心臓を射抜く間際、彼女は目にも止まらぬ速さで腰のレイピアを抜いた。

 目にも止まらぬ速さとは決して比喩ではなく、私が捉えきれたのは辛うじて、抜く瞬間と振り切った後の二回の動作のみ。


 合間に挟まれるはずの動作は、残念ながら見ることはできなかった。


「……切ったか」


「切りました」


「(切った!?)」


 今、彼女は切ったと言ったのか。 何を? そんなものサクヤさんの放った弾丸に決まっている。彼女は自分に弾が到達する寸前に、手の中のレイピアでもって一刀両断したのだろう。

 驚くべきはその正確さ。人の指ほどの太さしかない弾丸を飛来する最中に両断するとは、どんな視力と反射神経を持っているんだと言わずにはいられない。


「その剣。なるほど、一瞬で命を刈り取れるわけだ」


「お褒めに預かり恐悦至極ですわ。さて、お次はどういたしましょうか。今一度撃ってみますか?」


「……いや、辞めておこう。今日は無駄弾を控えると決めている。代わりと言ってはなんだが、少し腹の探り合いに興じてみよう」

 

「あら? 私のことにご興味がお有りで?」


「私は何事にも一筋の女でね、君という人間には興味はない。私が気になっているのはただ一つ、君の" 能力 "についてだ」


「……なんのことでしょう。私は能力など一度も」


「さっき見せた異常なまでの反射神経と運動能力、弾丸を音もなく切断する武器の切れ味。それらは全て、君の能力なのだろう?」


「っ」


 初めて、彼女の顔に動揺が起こった。彼女にとっても、サクヤさんがここまで予測してくることは想定外であったらしい。


「……驚きました、素直に認めましょう。貴女は間違いなく、私が警戒に値する人間であることを」


「それで? 私の質問には答えてくれるのかな」


「質問にお答えするのは構いません。しかし、貴女が私にとって脅威足り得るのもまた事実。手短に済ませましょう」


 レイピアを構え、今度は彼女が武器の切先を相手に向ける。


「私の能力は" 鋭利化(シャープ) "。武器の切れ味を鋭くし、神経や五感を鋭くする能力です!」


 構えから一気に踏み込み、弾丸にも負けない速度で仕掛けるエリ。意趣返しとも取れるこの攻撃を、サクヤさんは武器を収納し無手で待ち構える。


「なるほどな、お礼に私の能力も教えてやろう。私の能力は鉄纏(メタルジャケット)、纏うもの全てを頑丈にする能力だッ!」


「はッ!」


 突き出されたレイピアによる突きを首を逸らすことで回避し、すぐさまカウンターとして拳を振るう。見切られたのか、エリはまるで来ることが分かっていたかのように剣を横なぎにして彼女の腕を切り払う。


「クッ!? ……ハァッ!!」


「ッ!」


 いくら鉄纏で強化されていると言っても、エリの持つ武器もまた能力により強化されたもの。切り払いの際触れた箇所には傷がつき、くっきりとした痕を残した。

 弾かれた衝撃を利用した蹴りがエリの腹部を捉えるも、彼女は咄嗟に後ろに飛びのき威力を抑え込んだ上で、空中回転によりさらに勢いを減速させる。

 まただ。サクヤさんが何か行動を起こすたびに、彼女は未来を見たような的確な対処を施す。


「能力発動中に傷をつけられたのは、初めての経験だ。おまけにその動き、強化される感覚には直感も含まれているな。なかなかに良い能力をしている」


「私も、先を読んでなお避けられなかった攻撃は初めてですわ。この一撃は、私の慢心として潔く受け入れましょう」

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