喧嘩と事件と 第六十話
「……おい、ココに近すぎやしねぇか?」
「私は護衛だと言っただろう。近すぎることになんの問題がある?」
「手を繋ぐ必要がどこにあるんだって話だよ!? 子連れの親かテメェは!」
「あ、あはは……」
椿さんを先頭に、サクヤさんと手を繋いで人気の少ない裏道を進む私。時折椿さんとサクヤさんは口論のようなものをしているが、幸い手が出るほどの喧嘩には発展していなかった。意外と二人は仲がいいのかも知れない、喧嘩するほどなんとやらという奴だ。
「ったく! ……ん」
「えっ?」
喧嘩腰の強い口調を抑え、唐突に恥ずかしげに手を差し出す椿さん。あまりに急な出来事に、一瞬私は思考を停止させる。
「あ、あの、椿さん?」
「ほら、手」
「えっ」
「……一人だけ仲間外れは、寂しいじゃねぇか。私みたいなのと手を繋ぐのは嫌か?」
「いえいえいえとんでもない!! ありがたくお手を頂戴いたしますですはい!」
「!!」
差し出された手を慌てて繋ぐ。椿さんの手は、固く傷だらけで女性らしさはあまり感じられない。しかしその手からは、確かな温もりと優しさを感じられた。
「加減は大丈夫か? 痛くないか?」
「大丈夫です。もうちょっと強くても平気ですよ?」
「そ、そうか。なかなか難しいな……」
「そうそう、そんな感じそんな感じ」
どうしようやばい、椿さん可愛い!
外見強面の荒々しい雰囲気の女性が、私の手一つ握るのに四苦八苦している。何か変なものに目覚めそう……
「勝手に人の連れと手を繋がないでもらいたいな?」
「うるせぇ今集中してんだよ、話しかけんな」
「不器用か」
「黙れ」
などと浮かれている私の側で、再び始まる二人の口喧嘩。二人とも今はかなり距離近いのに、なおかつ間に挟まりながら罵り合いを聞く私の身にもなってよ。
「まぁいい。それよりも早く君の仕事場とやらに案内したまえ。かれこれ一時間くらい歩いているんだが?」
「誰も近くにあるなんて言ってないだろう!? 嫌ならココだけ置いてさっさと帰れ!」
「彼女をこんな場所で一人にするわけにはいかないな。相手が君なら尚更」
「んだとぉぉ!?」
あぁ、もう私のことなんて見えてないや。
チクショウ。喧嘩するなら離れたところでやればいいのに、意地でも私の手は離さないんだ二人とも。その状態で互いに距離を取ろうとするものだから、私が両腕を伸ばして歩く羽目になる。
こうなったら、私が両者の気をずらす話題を振るしかない。しかし私に、二人が興味を惹かれそうな話題などあるわけも……
「「ギャーギャー」」
「はぁ。……あ?」
ふと、私は椿さんの持つそれに気がついた。先程まで引きずられていたはずの男は、今は布で口を縛られた上で彼女の肩に担がれている。
そういえば私、まだ彼女がどのような仕事をしているのか聞いていなかったのだ。
「椿さん椿さん」
「だからテメェは! ……あん? どうしたココ」
「聞きそびれていたんですけど、椿さんのお仕事ってどんなものなんです? 人を捕まえる仕事って、もしかして衛兵とか?」
「あぁ〜……んな綺麗で真っ当な仕事じゃねぇよ。取り締まりには違いねぇがな」
「取り締まり?」
衛兵のような公的組織ではない取り締まりの仕事……? 裏の仕事に詳しくない私には、彼女の言う仕事がどういったものなのか想像もできない。
しかし、次に彼女から語られた内容は、私を驚かせるのに十分すぎる内容だった。
「簡単にいやぁ、金をかえさねぇ連中を取り立てる仕事だな。金がねぇって泣きついてきた連中に金を貸して、全額返済しない奴らを捕まえるのが私の仕事だ」
「ーー え?」
今、なんといったんだろうか椿さんは。金貸し? 取り立て? ……工業区で?
私が持っていたパズルのピースが、悪い意味で一つに繋がった瞬間だった。何よりも最悪なのは、特大の地雷が私の左手を掴んでこの場にいるということ。
「へ、へぇ……」
「数ヶ月前、うちの稼ぎ頭がヘマして捕まってよぉ。おかげでその分の仕事が俺らに回ってきちまってすげぇ忙しいんだわ。……ま、俺はあいつとは違って子供相手にんなことしたくねぇがよ」
「数ヶ月前……捕まった?」
完全にサクヤさんのお兄さんですありがとうございました。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁあん!! なんで今日はこんなに巡り合わせついてないんだよおおおおおお!?
恐る恐るサクヤさんの顔を見上げれば、こっちこっちで何を考えてるかわからない微笑みを浮かべてるし!!
「連中何かと物騒だけどよ、俺が絶対に守ってやるから安心しろ」
「あ、あの、やっぱり私用事を ーー」
「 ココ 」
「ヒッ!?」
ニコニコと笑みを浮かべつつも沈黙を保っていたサクヤさんが、ここに来て小声で私のみに聞こえるよう耳打ちする。
「(この事は、椿には黙っていたほうがいいのか?)」
「(ヒゥッ!? で、できれば話さないで方向で〜……)」
「(了解した)」
ひぃぃぃぃぃ!? イケメン美少女からの耳打ちってもっとドキドキするかと思ってたのに、今は別の意味でドクドク言ってるよ私の心臓!!椿さんの抱える男と、今この瞬間だけは気持ちを同じにしたように思える。
ーー 名前も知らない不良債権者さん、私も後で同じ場所に向かうことになりそうです ーー
「なんか言ったか? ココ」
「なっ……なんでも……ない……です」
「? 具合でも悪いのか? 無理せず言えよ?」
「君が心配するほどのことでもないさ。さ、早く案内を続けたまえ」
「だから近くねぇって言ってんだろうが! 上からものいってんじゃねぇ!」
容疑者、二名。執行官二人に連れられて、ただいま死地へと連行中。
……帰りたい……
ーーーーーー
ーーーー
ーー
……
あれからさらに数十分が経過し、私たちは
建物の隙間に密かに存在する謎の地下への階段の前に来た。
「ここが俺の仕事場……というか所属場所って言ったほうがいいか。入り口は狭いが、中は結構広いんだぜ?」
「(着いちゃった……)」
自慢げに話す椿さんの表情に一転して、そろそろ体にも影響が出始めるくらいに気分最悪な私。
うぅぅ……最悪な時間ってなんでこうすぐに来ちゃうんだろう。
「中に入るぞココ」
「ひ、ひゃい……」
「なんでお前が先に行くんだよ。普通俺が先導するだろ!?」
「いつまでも先に進まないからだ。いい加減待ちくたびれた」
「あ、おい!? ったく!」
ズンズン階段を降りてその先の扉の前に立つサクヤさん。事情が違うとはいえ初めての場所に物おじせず進む彼女は、畏れ知らずというかなんというか。とはいえ、今この場にあっては事情をある程度理解している彼女の存在は非常に心強い。
サクヤさん、私、椿さんの順に入り口に集まり、何故かここだけは木製の扉にサクヤさんが手をかける。
飾られた鈴が音を立て、扉が開いたその時、
「「「 !! 」」」
店内の様子を伺う前に、私たちの鼻を突き抜ける酷い異臭。人間の血、それも一人や二人では到底出すことのできない濃密な臭い。
私も、サクヤさんも、何よりここに所属している椿さんの驚いた顔が、この状況を異常だと知らしめている。
「うっ!?」
「血……なんだこれは」
「っ!! どけっ!!」
抱えた男を放り出し、椿さんは扉を蹴破る勢いで開き中に入る。後に続きサクヤさんが、数秒遅れて私が中に入り、改めて中の悲惨な様子をこの目で確かめた。
「なんだよこりゃぁ……おい! 何があったんだ!?」
店内は薄暗い雰囲気の、しかしどこにでもありそうな酒屋さん。カウンターにテーブル席、ビリヤード台、ダーツといった店内設備が充実した普通のお店だ。
だが今、それら台の上に乗っているものは、酒やつまみではなく……
……人の死体ばかりだが。




