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再びと予感と 第五十九話



 その後のことはよく覚えていない。顔が赤いことを彼女からいじられていたような気はするが、空返事が精一杯だった。


「さぁ、次は何処に行こうか。なるべく安全な道を選ぶから、遠慮なく言うといい」


「オマカセシマス」


 顔が熱い……ここは一度頭を冷やさなければ。アイス食べた直後に冷やすというのも変な話だが、落ち着くためにも深呼吸を、


「すぅぅぅぅ……」


「『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?』」


「ブフッ!?」


 どうしてこう、次から次へと問題が飛び込んでくるのか。せっかく胸いっぱいに溜め込んだ空気が吐き出ていってしまった。

 だがまぁそのおかげで、意識が完全に切り替わり冷静になれた。


「近くだな。また抗争でも起こったのか?」


「えぇ……そんなのもあるんですか?」


「日常茶飯事だな。ただまぁ火の手が見えない分、普段よりは軽いもののようだ」


「怖すぎでしょ工業区!?」


 今更ながら、工業区の荒れ具合を認識した自分。そりゃ厳つい男たちが殴りあったり銃をぶっ放す人がいるわけだ。……後者は隣にいるんだけどね。


「怖いか?」


「サクヤさんに比べれば」


「ははっ、これは上手いこと返されたね。……大丈夫だ、私が必ず守ってやる」


「サクヤさん……!」


 私の肩に手を置き堂々とするサクヤさん。確かにかっこいいし頼りになるけど、さりげなく私の嫌味をスルーしましたね貴女。

 まぁ今回ばかりは、隣に友人もいることだし不安要素には関わらないでおこう。


 ……と、思っていたのだが


「ーー け! どけぇ!!」


「ん?」


 あれ? ーー 誰か近づいてくる? ーー


「ドカねぇと殺すぞ!! さっさと道を開けろクソボケ共がぁぁぁぁぁぁあ!!!」


「なんかあの人、こっちに近づいてきてません!?」


「!! ココ、私の後ろにッ!」


「は、はい!」


 見るからにやばそうな雰囲気を纏っているし、ここは区画をよく知るサクヤさんに任せようと私は後ろに回る。

 というかやっぱりこっちに来てますよね!?


「ハァッ! ハァッ! ハァッ!! ハァァッ!」


「…………。」


 彼女の雰囲気が、戦闘状態に移行する。腰に装着されたケースを開放し、中の銃の引き金に指を置く。相手が近づくまで、いつでも撃てるように。

 呼吸の音すら拾えるほどに、男が近づく。


「ハァッ、ハァッ! どけ女ぁぁぁぁあ! 殺されてぇかぁぁぁぁあ!」


 酷く血走った男の目。一体どのくらいの距離を走ったのか知らないが、とても私と同じ人間の目とは思えない。


「……! けほっ、けほっ!」


 なんだか、空気が曇っているような気がする。火の近くにいるような……煙を吸っているような感覚が突然現れた。しかし周囲には火元になりそうなものは特になく、飲食店も鍛冶屋も何もない通り。


 ーー 突然、煙? ーー


「サクヤさん、これ」


「わかっている、突然煙が出たのだろう? おそらくこれは……ーー」


「!! あ、あれ!」


「ッ!!」


 男の頭上に伸びる、目に見えるほどに大きな煙の道。煙は徐々に奴の頭の上に溜まり、大きさを増していく。


「聞こえねぇのかこのアバズレが!! ドカネェと殺すって言ってんだゴルァァア!!」



「 観念しやがれ、クソ野郎!! 」



 瞬間、男の頭蓋は、私たちの目前で地面の中に抉り込まれた。顔全体を通り越して、若干首すらも地中に入り込むほどに深く、強く。僅かな間に意識を刈り取られたのだろう。男はめり込んだ後も、声一つあげることなく沈んだ。


「……ったく、手間取らせやがって。俺に追われるのはテメェの自業自得だっつの」


 それを片手で容易く行った人間は、煙の中から現れた。先程まで何もなかった空間から、彼女(・・)は忽然と現れたのだ。


「あっ」


「…………あ?」


 私と彼女の視線が、線で繋がる。私が彼女のことに気づいたように、彼女もまた私のことに気づいたようだ。


「おぉ! 誰かと思ったらココじゃねぇか!! 何してんだこんなところで?」


「数時間ぶりです、椿()さん」


 お早い再会を喜ぶべきか、それともまた面倒ごとに関わってしまったことを悔いるべきか。とにかく男を取り押さえた人間の正体は、昼間食事を共にした椿さんだったのだ。


「おう! まさかこんなに早い再会になるとは思わなかったぜ! だが悪りぃな、今少し取り込んでてよ」


「大変そうですね。何があったんです?」


「あ? あぁそりゃぁなぁ ーー」



「人を挟んで会話しないでいただきたいのだが?」



「ーー ゲェェ!? さ、サクヤァァァ!? なんでテメェがここに!!」


 サクヤさんを視界に入れた途端態度を急変させる椿さん。

 どうやら二人は知り合いらしく、なんとも数奇な出会いをしたものだ。しかも二人とも、私と出会って一日と経過していない新しい友人たち。


「相変わらず上にいいように使われているようだな。君の能力ならば一人でもやっていけるだろうに」


「うるせぇテメェと一緒にすんなハジキ狂いが!! テメェが片さねぇで腐らせた死体、この区画にいくつ転がってると思ってやがる!! ココお前も、どうしてこんな奴と一緒にいやがんだ!」


「えぇっと、その。彼女とは友達に……」


「ハァァァァァァア!?!?」


 馬鹿なものを見る目でわたしを見ないでください椿さん。貴女の言っている言葉を聞いて、私も思うところはあるんですから。


「おいおいおい、見る目がなさすぎにも程があんぞココ!! いいか、こいつはこの辺りでも名の知れた狂人で有名なんだ! 売られた喧嘩を片っ端から買っては、銃の試し撃ちに利用して亡骸を放置するような奴なんだよこいつは!」


「さ、サクヤさん。流石にそれはどうかと」


「生憎と片付けには縁がなくてな。私が片付けしようとすると、何故か物が増えているんだ」


「えぇ……」


 椿さんが伝えようとしてくれてる内容と、サクヤさんの話が微妙にすれ違っているように思える。片付けようとしたら増えるって何? まさか一人やった後いつの間にか周りには死体の山ができていたとか?

 あぁ……この街に来て初めて友達になる相手を間違えたかもしれない。


「とにかく! 俺はそいつと友達になるってのは反対だからな!? ココ、一緒に来い。そいつの隣よりはいくらかマシなはずだ!」


「おっと、彼女を連れ去らないでもらおうか。これでも将来を約束した仲でね」


「アホぬかせ! てめぇと恋仲になって幸せが訪れるなら、世の中の夫婦は不幸になんざならねぇんだよ!」


「いいぃぃだだだだダダダ!?!?」


 痛い痛い痛い!? 右腕を椿さんに、左腕をサクヤさんに引っ張られて体が千切れる、ちぎれてしまぅぅぅう!!


「ふ、二人とも離して! 一旦離して落ち着いてええええ!」


「あっ、ワリィ」


「す、すまない」


「真っ二つになるかとオモタ……」


 感触確認。一、二、三……よし、ちゃんと体についてる。関節外れずに済んでよかった、二人とも引っ張る力の強いこと強いこと。


「なぁココ、悪い事は言わねぇ。俺と一緒にこねぇか? そいつといると本当にロクな事になんねぇぞ」


「今日はやけに絡んでくるじゃないか椿。そんなに彼女が私といるのが不満かい?」


「当たり前だ!」


「え、えっと。とりあえず椿さんの仕事には凄く興味あるんで、同伴できるのなら是非お願いしたいです」


「ッシャァ!」


「…………。」シュン…


「あと、サクヤさんも一緒に行けませんか? 私の護衛ってことで」


「…………!」パァッ


「こいつも!?」


 機嫌の上下が激しいサクヤさんに、彼女を連れていくことを伝えたことで喜びから反転渋い顔をする椿さん。仲間外れは良くないと思うのです、うん。


「いや、でもよぉ」


「お願いします椿さん! 私も注意しておきますし、どうしても椿さんの仕事を見学したいんです!」


「うぅん……」


「なんだ? まさか私の同伴を断る気じゃないだろうな? 私は彼女の護衛だぞ? ご・え・い」


「……っぁああ!! わかったよ許可してやるよ! ただし、ぜってぇ仕事場で抜くんじゃねぇぞその腰の物」


「安心するといい。目的は彼女の護衛、無駄弾は控えるさ」


「信用ならねぇな」


 なんだかんだ文句は垂れつつも、最終的には許してくれる椿さんマジ天使。意識を失った男を引きずり、私たちは彼女の仕事場へと向かっていった。


 それにしても、あれだけの騒ぎが起きてもう何事もなかったように活動し始めている街の人たちは、一体どれだけ事件に慣れているのか……

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