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襲撃と事案と 第五十六話



「あ、あの」


「こんなに体を固くして……。本当に、君は愛らしい」


 布団の上に寝かせられ、上からサクヤさんに組み敷かれている状況。感情云々よりも脳が状況を認識できなかった。


「体もしっかりしている。鍛えているのかな? 私と比べても遜色ないな」


「……ん!」


 服の上からとはいえ、ベットの上でお腹を触られれば変な気分にもなる。自分のものとは思えない声を出した私を、彼女は一瞬驚いた様子で見つめ、次に頬を染め楽しげに微笑む。


「君の可愛い声、もっと私に聞かせてくれ」


「いや、ちょっと! ひゃぁっ」


「首回りが弱いのか? フフッ、これは良いことを知った」


 ツツツーと首筋を指で謎られると、胸の奥がゾクゾクする。本当は怖いはずなのに、何故かその手を拒むことはできなくて、彼女のイタズラはさらに加速する。


 お腹を直接触ったり、指を絡めて手を繋いでみたり、その他色々と。


「はぁ、はぁ、はぁ」


「あぁ……堪らない。君はどこまで私を惚れさせれば気が済むんだい?」


 恍惚とした表情をしながら私を見下ろすサクヤさん。熱に浮かされ頭がボーッとしている今、なんとか状況を好転させなければと思い付いた言葉を口にする。


「どう、して? こんなこと」


「フフッ、言っただろう? 一目惚れだと」


 私をまるでぬいぐるみのように抱き抱え、全身を優しく包むサクヤさん。ちょうど顔の位置が彼女の胸元にあり、柔らかい感触と甘い香りが私の理性をさらに奪い始める。


「こんな仕事を生業にすると、それはもう醜い人間ばかりを見てきてね。君みたいな純情で可愛らしい人間なんて見たこともなかった」


「わ、私も十分酷い人間 ーー」


「君が酷い奴なら、私や工業区の人間は酷い奴らばっかりさ」


「ギュムゥ!?」


 彼女は豊満な胸にさらに顔を押し付け、無理矢理私の口を塞いでくる。いや、口以前に鼻も覆われているので息すらできないんですけど!?


「自分で言うのもなんだが、私は人並み以上に容姿に優れている。自慢に聞こえるかもしれないが、男共の気持ちの悪い視線や女の妬みの視線をいつも感じていた」


「ン〜〜!」


「さっき君の視線を受けた時、初めて私はそれ以外の感情を向けられたんだ。好奇心? っていうのかな」


「ン、ングッ! ムググ!」


「嬉しかったよ、心から。まだ私にもそんな目を向けてくれる人がいたことがね」


「プハッ!? はぁっ……はぁっ……さ、サクヤさん!?」


 再びベットの上に組み敷かれ、上に覆い被さる彼女。呼吸を取り戻し息を整えることに必死で、その拘束から逃げることは叶わなかった。


「この際はっきりと言おう、私は君を愛している。友達としてではなく、男女のような深いものとしてだ」


「っ!! わ、私を?」


「そう。もう私は男を伴侶として考えることはできない。君のように優しく、温かい女性がいい。いや、君がいいんだ」


「ッ!!!!」


 ーー……弱いなぁ、私。

 例え相手が人殺しだったとしても、必要とされていると分かったら無意識に相手を受け入れてしまう。

 こうなったらもう、私がサクヤさんを拒むことはできない。かつてナツメを受け入れたように。


「サクヤさん」


「ッ!」


 腕を限界まで伸ばし、彼女の頭を抱き抱え私の首筋に持ってくる。突然引っ張られたサクヤさんは驚いている様子だが、それもすぐになくなり今は落ち着いた雰囲気。


「ごめんなさい。私はまだ、貴女を愛することはできません」


「そう、か」


「でもそれは、私が貴女のことを知らないからです。さっき会ったばかりですから」


「ッ!!」


 私の言葉に次々と表情を変えるサクヤさんの反応を楽しみつつ、私は話を進める。念のために言っておくが、さっきまでのやりたい放題の仕返しをしたかったわけではないんだ。


「だからサクヤさん、私と友達になりましょう。友達として色んなことをして、一杯楽しみましょう。もしも私を知って気持ちが変わらなかった時は、改めて告白してください」


「いい、のか? 君は私を、気持ち悪いとは思わないのか?」


「まぁ、私も似たようなものですから。……それと、告白の件で先に謝っておきたいことが」


「なんだ?」


 うわぁ言いたくねぇぇぇ。キリエ、シルクさん、テトラさん、ナツメの最低五人から告白されて保留にしてるなんて。側から見たら最低野郎じゃん私。いや最低である自覚はしてたけども!


「そ、その。私、他にも告白を保留にしている相手がいまして、それも五人」


「…………」


「だから、えっと。気持ちを切り替えるなら早めがいい、ですよ?」


 あ〜やっぱりサクヤさんの顔が固まってるぅ! そりゃそうだよね、自分の告白をキープした上で他にも同じことをしているなんて薄情されたら。私だったら絶対恋人にはしないもんそんな人間。

 どうしようこれ、死んだかな私。



「 ぷっ、アハハハハハハハハハ! 」



 しかし私の予想を外れて、サクヤさんは顔を私の首元から離すと声を大にして笑い始めた。


「さ、サクヤさん?」


「まさか私より先に君の魅力に気づいた人間がそんなにいたなんて! 君もなかなか大胆じゃないか、アハハハハハ!!」


 何が彼女の琴線に触れたのか、彼女は私を置いて一人盛大に笑う。そしてひとしきり笑い終えると、急に表情を整えて私の顔を覗き込んだ。


「つまり、私が君の一番になればいいだけだだろう? 君がハーレムを作ることに異論はないが、正妻の座だけは絶対に譲らないからな?」


「は、ハーレム!? そんなことしませんよ!!!!」


 た、確かにキリエ達とはずっと一緒にいたいと思うけど、それが全員と恋人のように深い関係になるとはイコールにならない、はず……。


「わからないぞ? ハーレムとは必ずしも支配側が望むものは限らない。時には女側から離れたくないと望まれることもある。君には、離れたくないと思うような不思議な魅力があるよ」


「そう、ですかね? ひゃっ」


 彼女はゆっくり顔を私の首に埋め、スゥゥと息を深く吸う。入浴も済ませていないし、汗臭いので止めて欲しいのだが、一向に呼吸をやめない。

 数秒が経過して、ようやくサクヤさんは深呼吸を止めたが、


「…………」チュッ


「ひゃっ!?」


 首筋に伝わる柔らかくしっとりとした感触。まさかと思い指で確認してみると、そこには微かな湿り気が


「サクヤ……さん」


「首へのキスは深い愛情の証だ。本命は……まだ先に取っておこう。君の一番になった時に、ね?」


「ひゃい!?」


 艶かしい顔で唇に指を這わせるサクヤさんの色香に当てられて、私の顔は熱を帯びてくる。やばい、この人は魔性の女かもしれない。


「フフフッ。せっかく二人っきりなのだから、もう少しイチャイチャしようではないか」


「イチャイチャ!?」


「せっかく弱い場所も把握したんだ、もっと君のことを深く知りたい」


「あの! その!? ひゃあああああああ!?」


 ここから先は、ご想像にお任せします。



ーーーーーー

ーーーー

ーー

……



「も……だめ……」


「すまない、やりすぎてしまった」


 もう全く体に力が入らない。全身隈なくサクヤさんに弄ばれて、とても人様に見せられる様をしていない。

 無遠慮とは思いつつも、私はベットの布団を引っ張り体を隠した。元はと言えば彼女が遠慮しなかったのが悪いので、文句は言わせないが。


「しかし、こんなに笑えたのはいつぶりだろうか。不思議と心が満たされている」


「よかった……ですねぇ……」


 一応、あんなことやそんなことまではしていないと杭を刺しておく。ただ脇や横腹をくすぐられたり、首裏にキスされては歯止めが効かなくなって無数の痕跡をつけられたりしただけなのだ。

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