撃滅と平穏と 第五十五話
「…………」
「………お、おぉ」
白色の銃が火を吹き、静寂が場を支配する。ゆっくりと構えた腕を下ろし、彼女は一息つく。
手に持ったこだわりの銃を懐に仕舞い込み、足元に転がる男の使用したものは軽く布で拭き取りケースの中へ。
「…………」
「(そーっと)」
その様子を壁の隙間から見届けた後、私は抜き足差し足で場を後にする。下手に相手の要求に応えて姿を見せたら、何をされるかわかった物ではない。
相手は殺し屋、友好的=何もしないとはならないはず。慎重に……慎重に……
「待ってもらえないだろうか」
「ひゃぃ!?!?」
気づかれた。いや、そもそも逃げ場すらなかったのだろう。気配で私がいることに気づいた人だ、私が少しでも場を動けば認識できるのだろう。
ヤバい、殺される!?
「あぁ。やはり君は、女の子だったか」
「ひゃ、ひゃい!? お、女の子やらせてもらってますですはい!?」
自分でも何を言っているのか、よくわからなかった。いつの間にか壁を越えて私の背後に来ていた彼女は、男を殺した瞬間とは打って変わりなんとも優しげな雰囲気を纏っている。
とはいえそれは雰囲気の話。私が彼女の表情をどう受け取るかは別の問題なわけで。
「あ、あの……み、見てたのは謝りますから……あの、その」
「フフッ、怖がらなくていい。何もしないから」
「ひゃい!? な、何も?」
「何も」
「口封じ、とかは?」
「口封じ? まぁ確かに、今君と別れるのは得策ではないな」
もしや私、墓穴掘った!?
ジリジリと近づいてくる殺し屋の女性。それに合わせて後退りをして距離を取ろうと試みるも、背後に道はなくただ家屋の壁が広がるのみ。
「そんなに逃げなくてもいいじゃないか。私は本当に何もしないから」
「じ、じゃあどうして近づいてくるんですか!?」
「君と話がしたくてね。お近づきになりたいんだ」
「そそそそんなことを言われてもももも! あぅっ!?」
トスンッ、と。背中に感じる冷たくて硬い感触。後ろに後ろに後退りし続けた結果、壁際まで追い込まれてしまった。私がこれ以上後ろに引けないと分かってなおも、彼女は近づくことを止めない。
ジリジリ、ジリジリ。やがて腕を伸ばせば触れられる距離にまで近づいた時、彼女は徐に腕を動かし……
\ドンッ!!!/
……私の耳に強い音が響く。
「ひぅっ!? ……あぅ?」
「やっと、君に近づけたな」
「ふぇ? えぇぇ?!」
壁に追い詰められた私の頭上で、彼女は片腕を壁に叩きつけその美しくも凛々しい顔を見せつける。
彼女がしたのは、所謂" 壁ドン "であった。
「あわわわわ!」
「近くで見ると余計に可愛らしく思えるな。フフッ、可愛い」
右手は逃げ場を塞ぎつつ、左手は私の頬を撫でまわし時にはほっぺを突っつく。私今、何をされているの?
「安心してほしい、私が殺すのはあくまでも標的だけだ。君のような可愛い子に酷いことはしないさ」
「……本当?」
「そうとも。それに今の私は、君を殺すことはできない。敵を殺すのは銃でと決めているのだが、もう私に残弾はないからね」
「そうなんです?」
壁ドンという間近な距離で彼女を見ると、筋肉質な体や豊満な胸が凄く顔を圧迫してくる。やや恐れを感じて上に視線を向ければ、今度は彼女の美しい顔が優しげに微笑んでいる。
逃げ場がない!?
「しかし、君とここで別れるのは得策ではない。君の言葉を借りるなら、口封じをさせてもらいたい」
「な、にを?」
「この場で立ち話もなんだ。よかったら私の借宿に来ないか? 精一杯のおもてなしさせてもらうよ」
「ち、ちなみに拒否権とか、は」
「ん?」
「ひゃい!? い、行きましゅ!」
威圧たっぷりに言われてしまったら、私に拒否権なんてあるわけないじゃないか。
街のゴロツキ相手には喧嘩腰になれる私でも、本能が負けを認めてしまえば命優先の行動をする。あれは逆らってはダメなタイプの人だ。
「よかった。それじゃあ行こうか」
「は、はい」
スッと手を掴まれ、前を歩く彼女に手を引かれる私。身長的には完全に親子のよう。でも私の腕は震えと汗が止まらない。
「まだ私のことを疑っているのかい?」
「!! す、すすす少しだけです!」
「そうは見えないんだが」
決して痛いほど握られているわけでないし、抜け出そうと思えば抜け出せなくもない。だがそんなことをしてみろ、次の瞬間私の目に世界が映ると思うな。
「あぁ、そうか。まだ自己紹介が済んでいなかったな。私はサクヤ、よろしく」
「ココ……です!」
「そうかココ、いい名前だな。フフッ」
一人、心の中でツッコむ。
違う! 私が震えてるのはそこじゃあない!! 早く私を解放してぇぇぇぇえ! 誰かァァァァァァ!
……
ーー
ーーーー
ーーーーーー
〈ー 工業区 某宿屋 ー〉
「ついたよ、ここが私の部屋だ」
「お邪魔します……」
片手を引かれ、あれよあれよ流された間にサクヤさんのお部屋に到着しお部屋に案内された。ここは完全な敵地。生きた心地がしない。
「今コーヒーを淹れてくる。適当にベットにでも腰掛けて待っていてくれ」
「はい……」
恐怖の奥から諦めが生まれてきて、声が上擦ることは無くなった。
ここまで来てしまったなら仕方がない。流れに身を任せ最悪の事態だけは回避しなければ。
『〜〜♪ 〜〜♪♪ 〜〜♪』
やけに上手い鼻歌を奏でるサクヤさん。コーヒーを淹れることを楽しんでいる様子。私はその歌を聴きつつ、部屋を見渡した。
農業区の宿と比べて、こちらはコンクリート製のなんとも無機質な一室だ。所々に劣化が見られ雰囲気は冷たい。
室内にサクヤさんの私物は思ったほど多くはなく、家具を除けば片隅に寄せられた巨大なボックスが数ケースあるぐらい。物自体が少ないせいで、嫌でもあの箱の中身が何なのか想像がついてしまう。
「………………ふぅ」
絶対あれ銃とか火薬とか弾の予備とかだよね!? 銃がないから殺さないって言ってたけど、今なら私数人くらい殺し放題じゃないの!? 嫌だまだ死にたくないよーー!
「待たせてすまない。作り置きですまないが、私自ら豆を挽いたコーヒーだ。ミルク砂糖その他は好みで入れてくれ」
「ブラックで大丈夫です」
ズズズーっと一口。……苦い。
いやしかし、何が彼女の気に触れるかわからない。本音を言えば甘いカフェオレの方が好みではあるが、ここはコーヒーの味を少しでも深く感じ取って、良い印象を相手に与える作戦で行こう。
「……?」
「……ん」
それにしても美しい。コーヒーを飲む様一つとっても、気品というか神々しさすら感じるほどに。こんな状況じゃなかったら、こちらからでも仲良くなってほしいと頼み込んだのに。
あぁ。温かいものを飲んだおかげで、少し心に余裕ができてきたかもしれない。
「あの、そろそろ本題に入らせていただいても?」
「ん? そうだった、すまない。落ち着きすぎた」
マグをテーブルに置き、キリッとした表情を作るサクヤさん。私は背筋を伸ばしたまま、次に来る言葉を待ち構える。
「それで、私をここに呼んだ理由は一体?」
「その件は至って単純な理由だ。君に、私と友達になって欲しいんだ」
「……はい?」
私と、友達に? もし話したらタダでは済まさない! とか、今ここで貴様を始末する! とかではなく?
「……すまない、急なことで驚いてしまったかな。それとも人殺しの人間は、嫌かい?」
シュンとしおらしくなくサクヤさん。その顔でそんな態度取られたら何も言えなくなるじゃないか!
私の持論を言えば、彼女と友達になることになんら嫌悪感はない。もしもそんなものがあったなら、今頃私に友達なんて一人もいない。
とはいえ目的がわからないのも確か。多少の恐怖心には目を瞑り、ここはもっと深く事情を聞かないと。
「あの、どうして私なんかと?」
「理由、か。それはね?」
ーー 次の瞬間、私の体は後ろに倒れる。後頭部に温かいサクヤさんの手の感触があり、痛みは全くない。 ーー
「 え 」
「一言で表すなら……一目惚れ、かな」




