悪友と白狼と 第五十一話
「いやー、俺以外にあれを完食できた女は初めて見たぜ。気に入った!」
「ど、どうもです。えっと、貴女のお名前は?」
「おっと、すまねぇな。俺は椿、よろしくな!」
私の肩を組み椿と名乗ったその女性、なんともワイルドな女性だ。髪型以外は本当に女性なのか疑問に思ってしまったが、肩に触れる微かに柔らかい感触はたしかに女性特有のもの。
「椿さんは、この店よく利用されるんですか?」
「まぁな。俺は家は工業区にあってな? 近くに無料で大量に肉が食える場所があるんだ。使わない手はないだろ?」
「た、確かに」
毎回完食前提で利用される店主さんが可哀想になってくる。いや、それでも提供するってことは採算取れてるのかな? 凄腕なんだなぁあの人。
「それにしてもお前、この辺じゃ見ない顔だな? 旅行者か何かか? 一発でこの店を選ぶとはなかなかいいセンスあんぜ?」
「ありがとうございます。他のところはその……ですね、怖かったというか」
「危機管理もしっかりしてんなぁ。ま、その予感に従ったのはいい判断だ。この辺で真っ当な店をやってる所なんざ片手で足りるぐれぇだしよ」
コップの水を口端から微かにこぼしつつ豪快に飲み干す椿さん。実に豪快な飲みっぷりに視線が釘付けになってしまう。身嗜みや態度に女性らしさは感じられないが、この周りの目を気にしない唯我独尊を地でいくスタイルは嫌いじゃない。
「っプハァーー! ここで会ったのも何かの縁だ。今度会った時は別の大食い店紹介してやるよ、一緒に大盛り制覇しようぜ!」
「!! ぜひお願いします、椿さん!」
「おう! だが、次の勝負は俺が勝つけどな!」
「望む所です、大食いなら負けません!」
ガシッと握手を交わせば、椿さんは犬歯を光らせ笑う。男らしさの目立つ椿さんだが、その笑顔には確かに女性らしさが滲み出している。そのギャップに心臓がドキッとしてしまったほどに。
\ドゴンッッ!/
「ゴルァァァァァア!!」
「ッ!?」
「あ?」
このままもう少し語り合い円満に別れられると思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかった。扉を蹴破り、中にゾロゾロと入ってきた男たち。その数ざっと十人。
「……いらっしゃいませ」
「飯に来たんじゃねェ!! おい、この店にガキみてぇな女がいるって聞いたぞ! そいつを出せ!」
「ガキ?」
「……女」
どうやら男たちの目的は私だったらしい。
ガラの悪い奴らに狙われる理由なんて、一つしか覚えはない。この店に来る前に叩き潰した男三人組、きっと彼らが他のグループの男たちに話したのだろう。
あぁ……めんどくさい。無駄にプライド拗らせて人に話すなんてないと思ってたのに、まさか裏目に出るなんて。
「……失礼ながら、当店はお客様以外の立ち入りをご遠慮頂いております」
「うるせェ! テメェの話なんざ聞いてねぇんだよ!」
「なぁ、お前あいつらに何したんだ?」
「多分、ここに来る前に叩き潰した男の仲間です。面目を守るために私を襲いにきた、とかですかね」
「へぇ? 大の男を叩き潰した、ねぇ?」
何故か話を聞いてニヤニヤし始める椿さん。いやいや、この状況で笑うのおかしくないです? 楽しまないでくださいよ
「ハァァ……あの、それ私のことですか?」
「やっぱりいやがったな! おいお前! 俺らの前に来い!」
「はぁい」
油断はできないけど、十人程度ならなんとかなる。わざとゆっくり動作して作戦を考えながら男達の前に向かうのだが、
「……どうして椿さんついてきてるんです?」
「一人じゃ心細いかと思ってよ? ダチなんだから気にすんなって」
「一人でこいって言われましたけど」
「まぁまぁ」
「おいっ!! 何チンタラしてんだ!!」
両手を前に持ってきて私の体を抱きしめるようにしてついてくる椿さん。短時間でここまで仲良くなれたのはいいとしても、歩きにくいことこの上ない。
そして案の定、一人でこなかった私に怒る男たち。
「あ? 誰だテメェ。俺はガキの女にしか用はねぇって言ったはずだが?」
「野次馬なんざいつものこったろ? たかが女一人おまけでついてきたぐらいで何怒ってんだよ更年期か?」
「テ、テメェ……!」
「椿さん!」
私の後ろで相手を刺激することばかり言う椿さん。やめて、目線の角度的に私が言ったみたいになってるから!! ここで激昂されたら作戦も何もないってば!
「……チッ! まぁいい、どうせやることはかわんねぇんだ。おい! あれ持ってこい!」
「へいッ!」
そう言って取り巻きの男は、何かをリーダー格らしき男に手渡した。あれは……斧?
「わりぃなガキ、俺らにも守らなきゃならねぇメンツってもんがある。恨むなら抵抗した自分を恨むんだなッッ!!」
武器を確認した瞬間椿さんは私から離れてくれたので、気にすることなく自分の身を守れる。
じっと何してくるかを観察すれば、男は次の瞬間私の脳天目掛けて斧を振り下ろす。当たれば薪割りみたいに真っ二つになるであろう威力。まぁ、当たらなければ問題ないんだけど
「なッ!?」
「よッ! ハッ!!」
スッと体を横にずらせば、避けられるとは思ってもいなかったのか斧は見事に地面へと吸われていく。
私はそのまま、地面に突き刺さった斧の持ち手部分を叩き折ると、男の脛を目掛けて蹴りを見舞う。斧を壊したのは再利用されないため。
「ギャァーーーーー!?」
「おぉ! お見事!」
痛みに叫ぶ男と、一連の流れを見て拍手する椿さん。いやほんとマイペースというか周りの空気を読んでくれない。
「兄貴ッ!?」
「クソガキがッ!! おいお前ら! 容赦するな! 全員であの女を叩き潰せ! 何をやっても構いやしねぇ!」
「へ、へぃ!」
「うらぁぁぁぁぁあ!」
あ、これはちょっとまずいかもしれない。狭い店の中じゃ逃げ場がないし、何より後ろには椿さんや店主さんがいる。
どうしよう、どうしようと考えると、不意に私の体は後ろに引っ張られる。
「いやーいいもん見させてもらったわ。それでこそ俺のダチってもんだ」
「な、何をして……ーー !?」
代わりに、椿さんが私の前に立つ。ナイフを手に持った男たちは、すでに彼女のすぐ目の前に来ているッ! やばい、このままじゃ椿さんがッ!
\ドスッ!/
ーー 男の持ったナイフが、彼女の腹部に深く突き刺さる ーー
「つ、ばきさん……」
「チッ、この女ガキを庇いやがった。ハッ! そいつに関わりさえしなきゃ死なずに済んだのによォ!!」
そんな……。
「ーー なんて面してんだココよぉ」
「でも……!」
「安心しろ、刺さってねぇから」
椿さんは、まるで何もなかったかのように語る。本人は刺さっていないというけれど、どう見てもナイフの刃先は彼女の腹部に沈み込んでいて……
「な、なんだ? 煙?」
「え?」
「ーー ニィッ」
視界が、白く染まり始める。霧のような、雲のような、煙のような、そんな感じだ。
空間を満たすその白い物質のもとを視線で辿れば、それらは椿さんの体が発生している。
「煙幕か? 今更そんなもの焚いたところでっ!」
「ちげぇよ。煙であることは否定しねぇがな」
「椿さん」
時間が経つにつれて、徐々に煙の濃度は上がり視界を白一色に染め上げる。
何かを察知したナイフを突き立てた男が距離を取ろうとするも、その腕は彼女にしっかりと押さえ込まれている。
「は、離せッ!!」
「こんな美少女が腕を引いてんだぜ? 何帰ろうとしてんだよ。男が泣くぜ」
「何が美女だ! オメェみてぇゴリラが女に見えるか!」
「ハッハッハ、お前の好みには合わねぇか? そりゃ悪かったな。代わりにいいもん見せてやるからそれで勘弁してくれな?」
煙はさらに勢いを増し、私の目には椿さんの姿すらも薄くぼやけ始める。
「この店に閉められると困るんだわ。だから悪りぃが全員、ママんとこに帰ってもらうわ」
「ガッ!?」
「グフッ!?」
白煙の隠すその先で、私は確かに男達の苦悶の声を聞いた。




