挑戦者とライバルと 第五十話
〈ー 工業区 某所 ー〉
ナツメの新服が完成して数日。私は危険だと再三注意されていた工業区へと赴いていた。
「……」
場所としては、前回来た時にミオちゃんを助けた場所の近く。
孤児院の一件で私が見た、巨大な荷車や筋骨隆々の男たち。背格好から工業区の人間だと予測して来てみたのだが、どうにもこれといって怪しい場所や集団も見当たらない。
まぁ、いくら怪しい噂のある工業区でも目立つようなことはしないだろうけど。
「んーと、ミオちゃんと会ったのはこの辺だったかな」
脳内会議をしていれば、現在地は前回最後に来たと思われる場所。
人の数はまばらになってきたし、数少ない人たちの格好もまともじゃないものが増えてきている。実際、さっきから私の姿を目にした男たちがギラギラと目を輝かせてこちらを見ていた。
穏やかじゃないなぁ。
「うっ! それにしても酷い臭い。前来た時こんなに臭いきつかったっけ」
暫くぶりに男どもの臭いが鼻に入ってきたことで、思わず吐きそうになってしまった。
農業区特有の草花の香りやキリエを始め私の大切な友達の匂いに鼻が慣れてしまって、今はこの汗と体臭と埃の混ざった臭いに鼻が曲がってしまいそうだ。
「うぅぅ」
「よぉ嬢ちゃん、こんなところで何してんだ?」
「一人は危ないよぉ?」
「おじさん達と一緒に行こうねぇ」
「はぇぇ?」
ただでさえ耐えられない酷い臭いが一段と濃ゆくなり、何事かと前方に視線を向ければ目を輝かせた男三人組の姿。数多いる怪しいオッサンの中でも特に目を輝かせていた三人だ。
「なんですか? ちょっと近づかないでもらっていいですか」
「へっへっへ、逃げようたってそうはいかねぇんだわ。俺たちに目をつけられたのが運の尽きよ。大人しく着いてくるこったな」
「ほぅらお嬢ちゃん、この武器が見えるかぁ? しばらく研いでないからなぁ、刺さったらそれはもうとんでもなく痛いだろうぜぇ?」
「へへへへ」
「あ、そう」
誘拐か、追い剥ぎか、その両方か。男達の目的はわからないけど、二人目の男が刃先のギザギザした斧を持っていた時点で、まともに話し合いのできる相手じゃないことは重々承知していたさ。こちらも。
「ブッッ!?!?」
「ゲブッッ!?」
「ひっ、ひぃぃい!? ゴハッ!!」
「ふぅ」
手を二回ほどはたきお掃除完了。ここしばらく敗戦ばかりだったけど、私だってそれなりに実力はあるんだ。武器なしで倍の身長の男達を沈められる程度には。
まぁ日頃の鬱憤も兼ねて少しやり過ぎはしたけど、周囲への威嚇にはなったのでよしとする。
\グゥゥ〜/
「///」
いくら酷い臭いに悩まされていても、動けば自然とお腹は減る。もうしばらくこの区画で行動することを考えても、一度食事処に立ち寄るべきだと考える。
しかしここは工業区の裏通り。見るからに危ない男達を相手にやっている食事処など怪しすぎる。せめて食事"だけ"を提供しているお店を探さなくては。
\グゥゥ〜/
「お腹……空いた……」
建物沿いを歩き、看板と店内の物音に耳を傾けてはここもダメだと諦める。ワイワイ盛り上がる男の声、殴り合う打撃音、瓶が勢いよく割れる音その他諸々。
いい加減まともな店がないと、餓死してしまう。もう物音のしない店を見つけて、そこに入ろう。ご飯さえ食べられればこの際なんでもいいや……。
空腹で頭がおかしくなり始めていた時、その店は現れた。
「ん、あれ? この店、扉が他と違う」
食事処という簡素な看板がつけられたそのお店は、扉にスイングドアを採用した外から店内の様子を伺えるお店だった。少し中を覗き込めば、うるさそうな客や危険そうな人間のいない大人しい雰囲気。
「まぁいいや、ここにしよう」
とにかくお腹を満たしたかった私は、そのお店に入り一番近くのカウンター席に座った。
「……いらっしゃい」
「んーと、注文は…… んッ!?」
店主さんは、こちらを見ることもなく何やら作業に集中している。初対面から好意的に接してくる人も嫌いじゃないけど、こういういかにも仕事のできるクールな人も好きだ。
店内に入り、飢えた私の目に飛び込んできた衝撃のチラシ。
" 農業区産極上牛肉五キロを使用した、肉塊ステーキ!! 三十分以内に完食できれば料金無料! "
「っ!!!!」
お肉、沢山、無料!
これほどに今の私に適合した料理がほかにあるだろうか? いや、ない! これは是非とも食べなければならないだろう!
「すみません。この「肉塊ステーキ一つ」肉塊ステーキ、を?」
「あ?」
「……かしこまりました」
ステーキの注文を店主さんに通そうとしたその時、隣から私と同じ肉塊ステーキを頼む人間の声がした。
ふと隣を見れば、相手も同じ注文をした私のことをじっと見ていた。
「…………」
「…………」
互いに会話はない。
私と同じ注文したその人は、なんと女性であった。若干傷んだくすんだ金髪を後ろで纏め、赤い服を着用して眼光はオオカミのように鋭い。
雰囲気は何処となく桜花に似ている。しかしあちらは目に見えて筋肉のついた(失礼だが)男らしい体つきをしていたのに対して、この人は女性的なラインをある程度維持したまま筋肉をつけている。いわゆる細マッチョの体型だ。
「…………」
「! ……」
相手が視線を外すのと同時に、私もまた正面に向き直る。そのまま、料理が運ばれてくるまでの約一時間、最後まで一言も会話をすることなく待機する。
だが、私は彼女の考えていることを何となく理解していた。そして、同じ考えを私自身が持っていることもわかっている。
「……お待たせしました」
「おう」
「ありがとうございます」
互いにナイフとフォークを握り、店主の持つ砂時計を注視する。
「……では、この砂が落ちきる前に完食してください。その場合は無料。時間切れ、食べ残しは別途支払いを命じます。いいですね? では、始めてください」
「「いただきます!」」
私は乙女としての恥じらいを捨て、肉に齧り付いた。浪漫たる巨大ステーキ、かぶりつかなければ失礼というもの! そして美味いっ! 表面はカリカリでも中に赤身を残した絶妙な焼き加減! 手の伸びが止められない!
「はふっ! はぐっ! んぐっ! まぐっ!」
「グムッ! ガブッ! ハグッ! ガゥッ!」
目だけを隣に向ければ、彼女もまた私と同じく豪快に肉に齧り付いている。
私と彼女は今、同じ敵に挑む挑戦者であり、互いにしのぎを削るライバル。
ただ食事しているだけだというのに、この胸の底から湧き上がってくる高揚感。絶対に負けられない戦いがそこにはあった。
「んぐっ! はむっ! もぐっ! あむっ!」
「ガムッ! ガゥッ! ングッ! アグッ!」
互いに譲らず、肉の量は四分の三に……半分に……四分の一に……
そして、砂時計の砂が半分ほど下に落ちた頃、
\カランッ/ \ガンッ/
「「ごちそうさまでした!!」」
全く同じタイミングで、私たちはステーキを完食した。時間にして十五分ほどの出来事であった。
「ふぁ〜……幸せぇ〜」
美味しいものは一杯食べられたし、非公式だが熱い勝負に興じることも出来た。たかが食事とはいえ、工業区でこんなにも満足できるなんて。
「なぁ、おい」
「っ!? は、はい!」
少し膨らんだお腹をぽんぽんと叩き夢見心地に浸っていた私に、隣で激戦を繰り広げていた彼女が話しかけてきた。咄嗟のことに声が裏返ってしまったのは恥ずかしい限り。
「お前、名前はなんてんだ?」
「こ、ココです」
「そうか、ココ……」
な、なんだろう? 勝手に勝負感覚でいた私の態度が気に障ったのかな……? もしもそのことを言われたら、素直に反省して謝ろう。
「お前、なかなかヤルじゃねぇか!」
「へ?」
しかし私の心配は、ただの杞憂で終わった。




