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届けて誘われ 第五話


 それから私達は、道中会話を楽しみつつ、農業区に向けて歩いた。初めはジュースの感想から始まって、普段どんなことをしているのかを聞いたり、友達との楽しい思い出などをミオちゃんはとても嬉しそうに話してくれた。


「お姉ちゃん、お荷物重くない?」


「大丈夫だよ〜? 私これでも力持ちだからね!」


 私としてはミオちゃんのお話を聞いてるだけでも十分楽しいのだが、時折自分の会話を止めて私に質問をしてくれる。


「お姉ちゃん凄い! そんな大きなバック、私も持てるようになりたいなぁ」


「ンフフ〜♪ 苦しゅうない、もっと褒めたまえミオくん〜」


 年下の女の子にいいように扱われてる気がするが、まぁこれはこれでミオちゃんが楽しんでいるのならいいだろう。何より私が楽しいのでいいのだ。


「私のお家にもね、とっても凄いお姉ちゃんがいるんだ! ご飯も美味しく作れて、運動もとっても得意なの!」


「へぇ、ミオちゃんのお姉さんって凄いんだね」


「うん! あとねあとね、すっごく綺麗なんだ! 私の髪は茶色くて短いけど、お姉ちゃんの髪は黒くて長いの。少し厳しくて、怒るとちょっと怖いけど」


「ミオちゃんはお姉さんのことが好きなんだねぇ。ちなみに今回のことはお姉さんは知ってるのかな?」


「うっ……」


 お姉さんのことを自慢げに語る彼女の顔が、苦手なものを食べた時のように歪む。今回のことは、ミオちゃんの独断行動だったようだ。まぁ、彼女のお姉さんがそんなに厳しい人なら、一人で工業区に行くのを許すわけないか。


「どうやらミオちゃんのお姉さんは知らないとみた。んっふっふ〜、ミオちゃんは後でこわ〜いお姉さんに怒られちゃうんだ〜?」


「うぅっ」


 ……ハッ! しまった!! 楽しい雰囲気に水を差すようなことをしてしまったっ。

 本当にミオちゃんは純粋でいい子だ。私のいたずらに面白い反応を返してくれる。ただ今回はやりすぎた、反省。


「あっ……。ご、ごめんね? ミオちゃん。お詫びと言っては何だけど、私のバックの上に乗ってみる?」


「ふぇっ? バックの上?」


「そう、バックの上。後で怒られることがわかってるなら、今のうちにとことん楽しんでプラマイゼロにするのです! さぁさぁ」


 姿勢を低くしミオちゃんにそう呟けば、最初は遠慮していた彼女も観念してバックの上によじ登る。収納が多くて色々飛び出ている私のバックは、このくらいの少女なら登るのに苦労しないだろう。登り終えたミオちゃんは、ちょうど荷物の一番上、巻き布の上から顔を出す。


「どう? 普段と目線の高さ違うでしょ?」


「お、お姉ちゃん大丈夫? 重くないかな?」


「なーんだそんなこと気にしてたの? 今は未来の自分の目線を楽しみなって〜」


「み、未来? 私、こんなに大きくなるの?」


「なれるなれる大丈夫! ミオちゃんは美人さんになるよ、私が保証するから!」


「でもお姉ちゃん、私と身長そんなに変わらないよね」


「なにおぅ!?」


 この短時間の間に、だいぶ私に懐いてくれたようだ。子供らしい少し生意気な部分も出てきたが、それはそれで可愛らしい。

 しかし、あんな怖い思いをしたというのに、子供の適応力が凄いのか、それともミオちゃんの持つ強い心のおかげなのか。特に通りがかる人達を怖がったりとかもなく、トラウマを持ったりしなくて本当によかった。

 そんなこんなで、無事に工業区と農業区を繋ぐ橋を越え、頭上から聞こえてくるミオちゃんの指示にしたがってその方向へと歩いていく。


「お姉ちゃん、もうすぐだよ。私のおうち」


「りょうかーい。私の背中、十分に楽しんでくれたかな?」


「うんっ! 楽しかった!」



「 ミオ!! 」



 ミオちゃんとの楽しい会話を名残惜しく思っていると、私の視線の先からミオちゃんの名前を呼ぶ黒髪の女性がこちらへと駆け寄ってきた。身長は船頭の人と同じくらいで、目はキリッとしていて癖毛の長い黒髪が風を受けて後ろに広がっている。

 どうやらあれが、ミオちゃんの大好きなお姉ちゃんのようだ。


「お姉ちゃん! ただいまぁ!」


「馬鹿っ! 私たちがどれだけ心配したと思っているの!? 早くそこから降りてこっちにきなさい! 後でお説教よ!!」


「ご、ごめんなさい……お姉ちゃん」


 本人の予想通り、後でお説教コース確定のようだ。彼女の怒り方からして、これは結構長いものになりそう。姿勢を低くしてミオちゃんを下ろしつつ、私はそんなことを考えていた。


「まったく。……ミオのこと、届けてくれてありがとう。私の名前はキリエ、ミオの姉みたいなものよ」


「いえいえ。あ、私はココって言います」


 こうして間近で見ると、キリエと名乗った彼女の印象はクールな大人の女性って感じだ。ミオちゃんが言っていた厳しいっていうのも、さっきの問答といい的を得ている。

 ただ、少し服装は刺激的すぎるような気がしないでもない。


「でも、ミオをバックの上に乗せていたのはいただけないわね。落ちて怪我でもしたら大変だわ」


「あ、はい。……ごめんなさい」


 怒られてしまった。確かに、下は石畳で落ちたら危なかったのは事実だ。

 謝罪のために頭を下げる傍ら、目があったミオちゃんにチロリと舌を見せる。ミオちゃんはそんな私を見て笑っていた。


「ミオ」


「あっ! おじいちゃん!」


 私の耳に入る男性の声。さっきまで私を見て笑っていたミオちゃんは、聞こえてきた声の方に駆け寄っていった。


「無事でよかったわい。どこも怪我しておらんか?」


「心配かけてごめんなさい。でも、ココお姉ちゃんが守ってくれたから平気!」


「そうか……」


 少し腰が曲がってはいるが、杖を使わず確かな足取りで歩くその人こそ、ミオちゃんがプレゼントを渡したがっていたおじいちゃんなのだろう。白いお髭が似合ってる、とても優しそうな人だ。


「ココさん、でよいのかな? わざわざミオを送り届けてくれてありがとうのぅ」


「いえいえ。私もこの辺は初めてで、ミオちゃんにとても助けられましたから」


「そうじゃったか」


 そう言って微笑むおじいちゃんの顔には、心の底から安心しているのが窺える。よっぽどミオちゃんのことが心配だったのだろう。


「……ところでミオや、お主今までどこにおったんじゃ?」


「あっ、そうだった! おじいちゃん、はいこれ!」


「お、おぉ?」


 安心から一転して、今度は驚きを顔に浮かべるおじいちゃん。

 そして、彼女から手渡された首飾りを見ると、今度はまた別の意味で驚いていた。


「おぉ、ありがとうのぅ。……ん?こ、これは。まさかミオや、工業区に一人でいっておったのか?」


「ミオ、本当なの?」


「う、うん。お小遣いを貯めて、自分でお店を探して買ってきたの」


「一人で工業区に行っちゃダメって何回も言ってるでしょう!? 今夜のお説教は覚悟しなさいっ! いいわね!?」


「ご、ごめんなさい」


 ミオちゃん、お説教タイム延長入りました。

 流石にこればっかりはどうしようもない。道中の楽しい思い出ポイントで相殺できるぐらいであることを祈るばかりだ。なむなむっと。


「はぁ、もう。……でも、変な輩に襲われなくてよかったわ。無事に帰ってきてくれたわね」


「うん。でも、怖い人たちにはあっ……ーー んむぅ!?」


「しーっ」


 咄嗟に、いらないことを話そうとするミオちゃんの唇を人差し指で止める。流石に襲われた事云々をこの場で話すのは止めさせてもらう。もしもこれを話してしまったら、ミオちゃんがしばらく遊びに出させてもらえなくなるかもしれない。

 無茶はしたけど、元はおじいちゃんにいいものをプレゼントしたかったってだけだもんね。


「貴女も大丈夫だったの? 怪我があれば遠慮せず言って」


「大丈夫ですよ。いやぁ、工業区の途中で出会えてよかったです。あのまま一人にしていたら何が起きていたかわかりませんからね」


「重ね重ねすまんのぅ。どうじゃ、詫びの印に食事でもいかがかな。あまり豪勢にはできぬが、精一杯もてなすぞ?」


「さんせーい! ねぇねぇココお姉ちゃん、一緒にご飯食べようよ! みんなも喜ぶよ」


「そうね。私も貴女に感謝しているし、ぜひそうしてもらいたいわ」


「いいんですか? じゃあ、せっかくなのでご馳走になります」


 三人の会話に流されて、ミオちゃんの家で食事を頂くことになった。お店以外で人の手料理を食べるなんていつぶりだろう。

 おじいさんは謙遜していたが、私には食事が豪勢かどうかなんて関係な。

 元々一人旅みたいなことをしている私にとって、誰かと食卓を囲んで食事ができると言うだけで、心がすでに満たされているのだから。


 キリエさんの後に続いて、扉の中に入る。幅や高さに余裕があったおかげで、私の荷物も特に引っかかることもなかった。

 履物を脱いで棚に直し、木目の美しい廊下を歩く。工業区は基本的に石やコンクリートのものが多かったが、ここは家具なども含めてすべて木製のようだ。一概にどちらがいいとは言えないが、この樹木特有の温かさは安心できる。


「この部屋で待っていて。私たちはミオが見つかったことを報告してからまた来るわ」


「わかりました」


「ミオ、しっかりココさんにおもてなしするんじゃぞ?」


「はーい! ココお姉ちゃん、いこ!」


 この場で一旦おじいさんとキリエさんと別れる。何やら凄い興奮しているミオちゃんに手を引かれ、指示された部屋に入ろうとした、その時……


「ミーちゃーーん! おかえりーー!」


「遅かったねーー!」


「お姉ちゃん、だぁれ?」


「お客さんかな? 遊んでーー!」


「ミーちゃん! おじいちゃんにプレゼント見つかった?」


 いつの間にか、私はミオちゃんと同じ年頃の少年少女に揉みくちゃにされていた。

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