キリエと三人と 第四十七話
「こんにちはー」
「お邪魔します」
「し、失礼します」
前回から大分間を開けてやってきましたるはキリエの服屋さん。店頭に並べられた服もいくつか様変わりしていて雰囲気がガラリと変わっている。
そんな販売スペースの一番奥に、キリエは座って何やら作業をしていた。
「いらっしゃい」
「久しぶり〜キリエ〜」
「また問題が起こっていないか心配してたけど、その様子じゃ大丈夫そうね」
「ナツメが看病してくれたおかげだね。もうすっかり元気になったよ」
仕事の都合兼ナツメの観察のためにほぼ看病に来れなかったキリエとはこれが久しぶりの顔合わせになる。
針を動かす手を止めてこちらを見るキリエの目は、私の顔から徐々に体の方へと向かっていく。新しい傷がないかを注視しているのだ。
「……そう、それを聞いて安心した。ナツメも、ちゃんと心変わりできたようね?」
「ココさんの不利益になるようなことはしませんよ。この命に賭けて」
「いささか不安は残るけど、今はその言葉を信じてあげる」
視線を交差させてバチバチに睨み合うキリエとナツメ。二人はどうも仲が悪く、会うたび会うたびこうして険悪な雰囲気を漂わせる。
ただ、二人とも相手を一方的に嫌っているようには見えず、どちらかと言えば警戒してると言った方が正しいか。二人がこうなっている元凶としては、時間が解決してくれることを祈るばかりだ。
「キリエさん、今日は例の服の件で伺ったのですが」
「えぇ、予定通り完璧に仕上げてるわ。ココのも仕上がっているから、奥で渡すわね」
「はーい!」
「わかりました」
そんなこんなで、場所は移りキリエの作業場をさらに進んだ店の最深部。前回私の服の調整をしていたあの部屋だ。
変わらずフレームに着付けられている私の服の隣に、前来た時にはなかった黒色の服がある。
「あ、もしかしてこれがテトさんの服ですか?」
「えぇ、私の趣味を盛り込んで作って頂いた特注の服です」
「かっ、かっこいい!!」
「ココさん大興奮ですね。あ、私にも見せてください!」
黒とは言ったものの、よく見れば光の加減で薄らと生地が青くなっているのが見える。紺や群青に近い色だろうか
「この服、よく見たらベースは青色なんですか? 角度で違って見えて幻想的……」
「なんと言いますか、私が持っている服は殆どが黒色をしているんです。その事をキリエに相談したところ、他の服に埋もれないようにとのことで」
「裏地のみのココの服とは違って、青糸と影糸を一対一の割合で縫い込んでみたの。ほんの実験のつもりだったけど、予想以上に綺麗になったわ」
「ほぇぇ」
「凄い技術力……」
表面にあしらわれたミルクのような柔らかい白の装飾といい、これを着るテトさんはさぞ様になることだろう。
私とテトさんはフレームに飾られた服を受け取り、早速着用してみることにした。
今来ている服をパパッと脱ぎさり、記憶を頼りに新品の服に袖を通す。
生地本来の香りの中に、ほんのり香るキリエの残り香が……ハッ!?
「だ、ダメダメ。これじゃ私変態みたいだ」
「何か言いましたか、ココさん」
「だ、だだだ大丈夫ですよテトさん気にしないでください!」
布一枚隔てた先で着替えているテトさんに独り言を聞かれてしまった。いや、こんな状況で思わず変態発言した私が全面的に悪いのだが。
〜 数分後 〜
「どうですか〜?」
「着用終わりました」
ほぼ同じタイミングで着替え終わった私とテトさん。布の外に出てみれば、キリエとナツメは互いに距離をとって待っていた。二人っきりにしてごめんね? と気まずい雰囲気に心で謝っておく。
「わぁ! とてもよく似合ってますココさん!!」
「うん、問題なさそうね」
「ありがとうナツメ! テトさんも凄く良く似合ってます!」
「ありがとうございます。ココさんもとても良く似合ってますよ」
私の目に狂いはなかった。新服を着たテトさんはまさに紳士司書。フレームに飾られていた段階では女性的要素の強くなかった服ではあるが、テトさんが身に纏うことで男性的、女性的を超えた美麗な印象を受ける。
まぁ小難しい事を言いはしたが、要するに、 テトさんめっちゃオシャレ! という事だ。
「服はそのまま着て帰って大丈夫よ。我ながらいい仕事ができたと思うわ」
「ありがとうございますキリエさん、こんなにも素晴らしい服を作って頂いて。では、こちらが今回作って頂いた服の代金になります。お受け取りください」
「いい服をありがとう、キリエ。はい、これ私の分!」
「はい、確かに。どういたしまして、喜んでもらえたなら何よりよ」
さてと。キリエに作ってもらった服の代金の支払いも済んだことだし、次の目的を果たすとしましょうか!
「ナツメさん、ちょいちょい」
「? どうしました? ココさん」
「飾られてる服に当たらない範囲で、能力発動してもらってもいい?」
「はい? わ、わかりました」
「ココ?」
全身から藁が生え始め、瞬く間に全身を藁の怪物に変えるナツメ。何度見てもこの姿は怖くて仕方ない。一度見たことのある私やキリエですらそうなのだから、テトさんにはより怖いものとして映ってるだろう。
「こ、これがナツメさんの……!」
「大丈夫よテトラ。怖いのは見た目だけだから」
「あの。一応変化しました、けど?」
「うーーーーん、この姿どうにかならないかなぁ」
「ど、どうにか? この姿は、その、嫌いでしたか?」
ナツメの話す声に震えが出てきた。どーもナツメは少し誤解をしているらしい。
「これはこれでアリといえばアリだけどね? 私たち以外の前で能力を使うことも考えると、もう少しマイルドに出来ないかなって思って。今のテトさんみたいに、相手に誤解されたくないでしょ?」
「それは……」
「だからまずは、変化後の姿をできる限り人形に近づけたいと思います! 頭、体、足の各部位を見分けられるようにできる?」
「意識すれば可能……ですが、」
「私と友達になれた記念ってことで、思い切って変わってみよう? 大丈夫! 私が付いてるから!」
「! は、はい!」
そもそもこの怪物の姿は、人間を嫌いになってしまったナツメの心が具現化した姿。
私と友達になって少し人間嫌いも改善されたのだから、形が変わってもおかしくないはずなのだ。
うねうね……うねうね……
「ど、どうですか?」
「おぉ、だいぶ人型に見える!」
「もう少し腰の位置を下げた方がいいかも」
「私の幻で全体像を映しましょうか」
「あ、お願いしますテトさん。じゃあ次は、両手に指を作ってみよう! 足は靴で隠せるとしても指は無いと不便だよ? 色々」
「こ、こうかな……」
うねうね……うねうね……
「いいね! ねぇキリエ、余ってたりもう使わない布ってない? なるべく長いやつ」
「これでいい?」
「完璧っ! ナツメはしばらくそのまま動かないでね〜。テトさん、そっち持っててもらえますか?」
「は、はい!」
「了解しました」
シュルル〜。
足先から体全体に、藁がはみ出さないようにしっかりと布を巻きつけていく。この後服を試着させた時に服が傷つかないように。
「よっ……と。大丈夫? きつくない?」
「だ、大丈夫です! 私今、ココさんに縛られてるっ! ハァッ……! ハァッ……! も、もう少しきつくても構わな 」
「うん、問題ないみたいだねー」
「……キリエさん、ココさんのご友人は、その」
「それ以上はダメよテトラ。口にした瞬間に私たちにも被害がくるわ」
ナツメを葉巻にして作業に備える私の後ろで、何やらとっても不名誉な事を話している人間が若干二名。
フフフ……後で二人も道連れにしなければ……




