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テトラとナツメと 第四十六話


 〜数日後……


「んん〜〜! 気持ちいい朝だなぁ」


 ナツメに関しての諸々の問題が片付き、ようやく退院できたそんなある日。肩の筋を伸ばしながら私は街中を気の向くままに散策していた。


「ん〜……」


 照りつける日差しは心地良く、後遺症も特にない。本来であれば何も悩みなどなく自由に散策できる予定だったのだが。


「ココさ〜〜ん!」


 露店から買ったであろう紙袋を二つ抱え、私の名前を呼ぶ"ナツメ"。

 あの一件の後、本当に私のことを毎日甲斐甲斐しくお世話してくれた彼女。その事は感謝すべきことだし、実際ものすごく感謝もしているが、問題はそこではない。


「……ナツメ、お仕事は?」


「ココさんの方が大事ですから! 今日も臨時休業しました!」


「えぇ……」


「あ、これあんころ餅です! おひとつどうぞ!」


「あ、ありがとう」


 普通の少女からヤンデレへと覚醒したナツメは、こうして仕事すら休んでずっと私の後ろをついて歩くようになった。

 子犬のように後ろをついて歩く姿は可愛いといえば可愛いのだが、どうも私に対する献身が行きすぎている。


「いくらだった? お金払うから教えて?」


「いえいえそんな。ココさんに食べてもらいたくて買っただけですから気にしないでください! むしろお金を頂くなんて恐れ多い!」


 これだ。何かにつけて物を渡しにきてはお金を受け取りすらしない。私だってそんなに余裕があるわけじゃないけど、まだシルクさんに貰ったお給料は残っている。


「いいからいいから。んー多分このくらいかな? はい、これ受け取って」


「そ、そんな! 私は大丈夫ですから」


「いいから受け取って? 貴女に貢がせたくて友達になったわけじゃないんだから。私のせいで仕事も休んでるんでしょう? なら尚更お金を大事にしないと」


「うぅ、はいぃ」


「それに私、ナツメの花屋さん好きなんだよね〜。また開店してくれたら、すぐにでも買いに行くのになぁ。チラッチラッ」


「!! ココさん……私の花をそこまで気に入って……!!」


 釘刺し完了。これで私の側を離れないなんてことにはならないだろう。早速店の準備のために二手に分かれて……


「わかりました! 私、ココさんのためにお店開きます!」


「わーい! 嬉しいなぁ!」


「でも、今日まではお休みします!」


「ブッ!?」


 ダメだった。いや、明日から離れると確約されただけマシなのかな?

 えへへ〜と和やかに笑う彼女の姿を見れば、今すぐ離れてと突き放すのも忍びない。病んでさえいなければ、姿は犬耳と尻尾を振り回す可愛い子犬系女子なんだけどなぁ。


「〜〜♪ 〜〜♪♪」


 気持ちを持ち直し、せっかくベッドの上から解放されたのだからこの自由を思う存分満喫しようと思う。

 図書館の一件から今回の入院まで数日しかなく、ほぼぶっ続けで入院していたようなものなのだ。体が固まって仕方ない。


「『木彫りの熊! 木彫りの梟! 木彫りの美女! うち自慢の彫刻師に削らせた至高の逸品! 見てってくれよー!』」

「『健康な羊の毛で作った上物の服だよー! デザインに可愛い花をあしらったんだ! 贈り物にどうだい?』」



「いろんなお店があるね〜」


「あぁ、そういえばココさんは旅人さんでしたね。この辺は毎日いろんな店が露店を構えてるんですよ。気になったものがあれば私が買ってあげますよ?」


「んーん、大丈夫。見てるだけで楽しいからね〜」


 収入がないのだから、支出は可能な限り抑えなきゃね? 病院代は割と痛い出費だった。


「ん?! これすっごく美味しい!!」


「私のよく通うお店が出ていましたので買ってきました。ココさんに喜んでもらえてよかったです!」


「んふふ〜♪ んまぁぁぁ……♪」


 時折ナツメに貰った餅を齧りながら露店を一つ一つ見て周る私たち。甘さ控えめの餡子が入ったふわふわ柔らかなお餅は、思わず笑ってしまうくらいに美味しい。


「ほぁぁぁ……あ、ん? あの後ろ姿、もしかして」


 脳内トリップ仕掛けていた私の目に映る、店先で何やら真剣に商品を眺める何者かの背中。というより、あれはテトさんでは?


「……ふむ」


「テトさん?」


「ん? おや、これはココさん。お久しぶりですね、息災のようで安心しました」


「あはは〜、お久しぶりです。息災……だったかはちょっと自信ありませんけど」


「ふむ、どうやらまた厄介ごとに絡まれているご様子。相変わらずですね?」


「むっ、まるで人をトラブルメーカーみたいに。私の周りに問題抱えた人が多すぎるだけですよー!」


「失礼しました。私の辞書ではまさに、今ココさんのおっしゃった人種のことを刺してトラブルメーカーと呼ぶ、と書かれていたものですから」


「もしかして私のことおちょくってますね? うがー!」


「ふふっ、申し訳ありません。何分久しぶりのことですので、どうかご容赦を。……おや、そちらの方は?」


 ガルルー! と必死に威嚇してみるも効果なし。テトさんの興味は、すでに私の背後で状況についていけてないナツメに向けられていた。


「人を放置するのは良くないと思います! ……こほん、この人が私の新しいお友達のナツメです! ナツメ、この人はテトラさん。私の職場の先輩なの」


「初めまして、テトラと申します。よろしくお願いしますナツメさん」


「初めまして、ナツメです。ココさんのお友達をやらせて頂いてます」


 うーん。どちらも社会経験が豊かなせいか、友達というよりは店の人同士の挨拶みたいにお堅い雰囲気になってる。私の想像していた楽しげな雰囲気はどこに……


「と、ところで。テトさんは何を見てたんですか?」


「私はアクセサリーを少々。工業区から出店されているとのことで、金属を加工したものを主に取り扱っているんですよ」


「工業区から?」


「最近では治安の関係で、あまり工業区に近づくこともなくなりましたからね」


「……」


 また、工業区の悪い噂が出てきた。キリエや孤児院のおじさんも近づくなと念を押していたけど、一体工業区で何が起きてるんだろう。

 取り立て屋のあの巨大な荷車といい、どうにもきな臭い。みんなに何かあるかもしれないし、一度探りにいってみるか。


「わっ、細かい」


「なかなかのものでしょう。何度見ても工業区の職人の腕は凄いものです」


「凄いよね〜。あっ! これよく見たらドラゴンなんだ! 凄い、鱗が一つ一つ付けられてるっ」


「やはりココさんもそれを見つけましたか。実はその龍のアクセサリー、買うかどうか悩んでいたんです」


「へぇ」


 確かに、テトさんはこういうの好きそうだ。素材本来の色である銀色が、より龍をクールに見せている。


「うん、おじさん! これ一つくださいな!」


「毎度ありぃ! 袋詰めするからちょっと待ってな!」


「あ、アクセサリーはこの人へお願いします」


「ココさん……?」


 商品渡しにテトラさんを指名してから、袋に詰められたアクセサリーとリルを交換する。

 店員に品を渡されたテトさんは、なんとも複雑な顔をこちらに向ける。


「ココさん、何も買って頂かなくとも」


「この前の入院のお礼も兼ねてるんですから、受け取ってください」


「ですが、」


「いいですから!」


 強引にテトさんに渡した品を押し込む。少しだけ驚いた様子を見せるものの、受け取らないとめんどくさくなると思い観念したようだ。


「気を遣わせたようで、すみません……」


「いえいえ♪ 喜んでもらえたならよかったです」


「ジ〜〜」


「?」


 あれ、なにか背中に視線を感じる……


「ココさんも人のこと言えないですよね」


「うっ!? い、言わないでナツメ」


 しまった。ナツメの前で思いっきり自分の言葉を無下にしてしまった。

 ど、どうしよう。さっき言ったことを今更否定もできないし……


「そういえばココさん、キリエさんのお店にはもう行きましたか?」


「え? あ、はい。最後の調整まで終わらせましたので、もうできてるんじゃないかな?」


「そうですか。私も先日彼女のお店に行きまして、同じく調整を済ませてもらったんです。それが今日受け取りになっていたのですが、よろしければこの後一緒に行きませんか?」


「あっ! いいですね! ナツメも一緒に行こう!」


「えっ!? わ、私もですか!?」


 テトさんのナイスアシストのおかげで、どうにか逃げ道ができた。この前調節してもらった服を受け取るため、私たちは三人でキリエのお店に向かう。


 ついでに、ナツメの服も見繕ってあげよう。ちょうど考えてたこともあるし。

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