逃走と貧血と 第四十五話
「よ、よしよし……」
「エグッ……ヒグッ……!」
背中をトントンと軽く叩いてあげて、泣き止むまでひたすらナツメさんを慰め続けること数分。そろそろ泣き声も落ち着いてきたかなというところで、私たちはまだ一つ問題を解決していなかったことを思い出した。それは、
「おぉおぉ、よかったじゃねぇか友達もできてよ。よしっ、じゃあ私と闘ろうぜ!」
「この状況でっ!?」
この場に桜花という特大の厄介ネタがいること。
雰囲気も読まずに自分を貫く桜花に、咄嗟にツッコミが出てしまった私は悪くないと思う。
「言ったろ、そもそも聞く気はなかったってな。私はただ、戦いに余計な私情を挟んでほしくなかっただけさ!」
「いやでもナツメもこんな状態ですし、後日に持ち越しにできません?」
「却下だな!」
「デスヨネー」
どこまでも自己中心主義の桜花に、一周回って尊敬すら抱く。けど今この状況で戦うというのは、正直なところ避けたいのが本音だった。
私は本調子ではないし、ナツメは戦闘なんて行える精神状態じゃない。キリエ一人に戦わせるわけにもいかないし、何より桜花がナツメと戦わずに満足するとも思えない。
ここは少しでも気を逸らして、意欲を削ぎにいくしかないか。
「そうだ! この際ですし桜花も友達になりません? きっと楽しいですよ?」
「それも却下だ! 私にとって強敵こそが友人。私じゃ勝てない、力の底を見ることもできないような未知の相手こそ私にとっての友達で、心を許す相手なんだ。わりぃな」
「わぁお、心の底から戦闘狂」
揺さぶりも失敗。というか会話の時点で戦いますか? はいorはい以外認めないのが透けて見える。
どうしようこの状況。せめてテトさんがいてくれたら……。
「ココ、その子を連れて下がってて。桜花の相手は私がやる」
「キリエ……でも」
「後でたっぷりとお話しするから覚悟しておいて。まだナツメを友達にするのに納得はしてないから」
怪我させられた私が良いと言ってるのに、キリエは意外と過保護なのかもしれない。
それが純粋な心配の気持ちなのはわかるけど、それ以上に多分キリエは気にしてるのかな? 似たようなことを私にしちゃったこと。いつもより声に迫力がある。
「ココさん、ありがとうございます」
「お?」
そんな時、私に縋り付いていたナツメがゆっくりと顔を上げた。目元が赤くなってて酷い顔をしてるが、大丈夫なのだろうか。
「大丈夫? まだ胸を貸してもいいよ?」
「平気です。すみません、貴女に酷いことをしたのに」
「気にしてないから平気だよ」
「……本当に、ありがとうございますココさん。私は貴女に、自分を変えるきっかけを貰いました。このお礼は一生を持って必ずお返しします、この人形にかけて」
「ーー ん?」
あれ、なんだかナツメの言葉に不穏な要素が含まれていたような。
いいようのない不安を抱えた私を他所に、ナツメは立ち上がりキリエの隣に立つ。
「キリエさん、先に謝罪させてください。申し訳ありませんでした」
「それは何に対しての謝罪? 中身のないものは受け取れないわ」
「貴女に対する誹謗中傷と、貴女のご親友を傷つけてしまったことについてです」
「後者はこれからの態度で示しなさい。私はまだ、貴女がココの側にいることを認めないから」
「えぇ、それはもちろん。これからのココさんへの恩返しと贖罪で示します」
なんだか本人の預かり知らぬところで話がどんどん複雑になっていってないかな。私は本当に気にしてないし、もう許しているつもりなんだけど。
「よかった、お前も戦ってくれるんだな? これでようやく本来のお前の実力を味わうことができるってわけだ!」
「桜花さん、でしたか。私を立ち直らせてくださりありがとうございました。しかしそれはそれ、今はココさんの安全を守るため、全力で排除させてもらいます」
「……まったく、調子いいんだから。ココ、危ないから物陰に隠れてて」
「あ、うん。わかった」
この疎外感は一体……。いや、考えるのはやめよう。今は大人しく二人の後ろで安静にしようそうしよう。
「うぉらぁぁぁぁあ!!」
「はぁぁぁ!」
「ハッ!!」
三人の戦いが始まった。相変わらず物凄いスピードとパワーで攻撃する桜花だが、今回はシルクさんとテトさんを相手にした時より戦いづらそうにしている。
一方の二人はと言えば、まずはキリエ。
影糸を腕に纏めて巨大な腕を作り出し、見た目に似合わずなんとも豪快な攻撃を繰り返している。その様子は怒っているようにも、溜まった鬱憤をぶつけているようにも見える。後でのお説教は覚悟しておく必要がありそう。
ナツメは変わらず全身を藁で覆った形態に変化し、桜花を真っ向から押し留めるような前衛の動きをしている。私の体に痛みが来ないところ見ると、ちゃんとその辺は考慮して戦ってくれているようで安心した。
でも、あの藁の怪物に変化するのはどうにかしないとな。せめてもう少し見た目を変えてあげないと。
遠くから三人の戦いを眺めること数分、私の体に変化が起き始めた。
「……あー」
すっっっごく、眠い。
覚悟を改めてここに来たのはいいけれど、私が来た頃にはほぼ全て解決して空振りに終わった感がすごい。
今は不安を解消した安心と貧血を自覚し始めたせいで、酷い眠気が襲ってきているのだ。
「あぅぅ〜……これは……ちょっと……だめ……かも」
瞼が徐々に下がり始め、次に首がカクンカクンと動き出し、体が左右に揺れ始めるとものの数分で地面に横たわり完全に意識が途切れた。三人の戦いの結末を見届ける前に。
……
ーー
ーーーー
ーーーーーー
次に私が目を覚ましたのは、再び病室のベットの上。三度目で見慣れた私の側には、キリエの他にナツメと、担当医師が立っていた。
医師曰く、
「現状を自覚してください。貴女の体は血が足りておらず、呼吸が正常に行われているとは言えないのです。そんな状態で全力疾走などしたら、倒れるに決まっているでしょう。次に同じことをしたら、今度はベッドに縛りつけますからね?」
キリエ曰く、
「病院を抜け出すなんてするからよ。前にも言ったでしょう? 私を頼りなさいって。頼りなく見えるかもしれないけど、これでも貴女のために色々と力をつけてるんだから。あと、ナツメを友達にするのには改めて反対するわ! あの子の反省具合は十分伝わってくるけど、今は別の意味でおかしくなってるの!」
ナツメ曰く、
「ココさんの症状を察することができず、すみませんでした。これも全て私のせいですね。……そう思ってお弁当を作ってきました! ぜひココさんに食べてもらいたくて頑張ったんです! あ、両手が塞がってて食べられませんか? でしたら私が食べさせてあげます! はい、どうぞ。美味しいですか? それはよかったです。何か困ったことがあれば私に言ってくださいね? ココさんのためなら、例え火の中水の中、どこにでも駆けつけますから!」
……なにこれ。医師の先生にはありがたいお説教をいただき、キリエにはお小言と謎の言葉を残されたし、ナツメに至ってはどうしてこうなった?
念のためと私が眠った後のことを二人に聞けば、桜花は満足して何処かに消えたらしい。その後で倒れている私を見つけ、大至急病院に戻してくれたのだという。
しかしということは、ナツメがこうなった原因は桜花ではない……?
「ナツメ、少し近づきすぎ! ココが困惑してるでしょう!?」
「あぁ……ココさんはいい匂いがします。抱きしめていつまでも嗅いでいたい、一緒のお布団で眠りたい。そうだ、私にお世話をさせてください! 一から百まですべてお世話しますから!」
ナツメのこの豹変ぶり。まるでシルクさんに甘やかされた時に似てるけれど、これはもっと狂気的な何か……あっ。
「ココさんココさんココさんココさん」
……これ、多分ヤンデレだ。




