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和解と共闘と 第四十四話



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 いつもより走るのが辛い。そういえば血が足りていないことを忘れていた。どうも頭が鈍くなっているし、呼吸しづらいなと思ったら。


「はぁ、はぁ。……っン」


 汗で全身に巻かれた包帯が蒸れてくる。それ以外は患者服しか身につけてないから、外すわけにはいかないが。

 せめて首回りだけでもと、首に巻かれた包帯を解き別の部分で巻き止める。


 ーー……りたきゃやるし嫌ならやらねぇ! それでいいだろうが人生は!! お前は今、何がしてぇんだ!?』


「! この声はッ!?」


 目的の場所に近づくにつれて、徐々に声だけでなくその言葉すら正確に聞き取れるようになってくる。


 そして、初めに聞き取ったその声と口調に、私は驚きを隠さなかった。

 忘れるわけがない。威圧感たっぷりの声と男勝りの口調、"桜花"だ。


「ッ!? まさか!!」


 桜花という女性は、一言で言うなら戦いを楽しむ戦闘狂い。能力を知りたいがためにシルクさんやテトさんを相手に優位に戦っていた怪物。

 そんな桜花がキリエやナツメさんの力を目の当たりにして襲わないはずがないッ!

 足にかける力をより一層強くし、私はとにかく前を向いて走り続けた。急げ急げと念じながら。


 そして、場所は桜花の声が響く空き地。そこに繋がる隙間から少し顔を覗かせる距離にまで近づけたころ。


『あぁ!?』


 一際大きな桜花の声が空気を震わせ強く響く。きっと中では戦闘が起きてて、何かが桜花の琴線に触れてしまったのだろう。そこにもしキリエがいるのなら、今すぐ止めに掛からなくてはならない。


 腕を伸ばし、空き地へと乗り込むーー


『寂しい……一人は……寂しいよぉ』


 ーー直前に、私は足を止めた。ちょうど入り口の壁に体が隠れるぐらいの位置。


「? ナツメさん?」


 ほんの僅かに、腕に震えが戻った。

 今朝の記憶が確かなら、これは間違いなくナツメさんの声だ。しかし寂しいとは、一体なんのことだろうか。桜花とナツメさんが同じ場所にいて、どうしてそんな会話が出てくる。


「桜花に、ナツメさん……ーーっ! キリエっ」


 様子見を兼ねて中を覗き込むと、地面に横たわるナツメさんと、顔の近くでかがみ込む桜花の姿。

 そして二人からやや距離を置いた場所には、私が探し回っていたキリエの姿もあった。腕に黒い糸が見えるので、ここで戦闘が起こっていたことは間違いないと思われる。


『私の側にいて欲しい……! ずっと、誰かに感謝されて生きていたいっ! 誰かに必要とされたいのっ!!』


「っ!?」


 先程の桜花の怒号にも負けない、ナツメさんの鋭い言葉。


 "誰かに必要とされたい" 

 ナツメさんは確かにそう言った。状況などからその言葉が嘘のようには思えない。だがしかし、本当にそれが本心の言葉なのだろうか。


 彼女は人間が嫌いだった筈だ。怖いとも、憎いとも言った。事実私は、彼女の持つ恨みをこの体に受けている。

 なのにナツメさんは、嫌いだったはずの人間から頼られたいと思っている? 何故? どうして?


「……」


 思い出せ、考えるんだ私。今朝の様子と今の言葉。答えに繋がるヒントがどこかにあるはずだ。

 人間が嫌い、けれど他人に頼ってほしい。二つの相反する感情のうち、どちらがナツメさんを表現するのに正しい答えなのか。


 "自分の気に入らない相手は容易く陥れる!! 気に入ったやつは使い潰す!! 理不尽に怒り!! 取り入るために優しくして!!"


 "私は縁あって、こういった趣向のものを色々と持ち合わせているんです。簡単に人を傷つけられるものを、ね?"



 ーー ……羨ましい。私には味方になってくれる人も、頼れる相手もいないというのに ーー



「ッ!!」


 私は、その答えにたどり着いた。

 "人間が嫌い" "他人に頼ってほしい"

 この二つの言葉は一見矛盾しているようでそうではない。

 ナツメさんにとって、前者は行動を起こした後の『現実』であり、後者は彼女の持つ『理想』の姿だったのだ。


『ハッハッハ!! なんだそりゃ! 承認欲の塊かお前はよぉ! いいぜいいぜそういうの。私よりもよっぽどまともな願望だぜ!!』


 背中を預ける壁の向こうで、桜花は楽しそうに笑っている。そうだ、まともなんだナツメさんは。ただ少し、報われなかっただけなんだ。

 ……腕の震えは、まだ少しある。けどこのまま聞き耳を立てたところで問題は解決できやしない。直接会って、目と目を合わせて話し合うしかない。


「ナツメ、さん」


「「「ッ!?」」」


 みんなが私を見て驚いている。桜花も、キリエも、ナツメさんも。


「ココッ!? どうしているの!?」


「ごめんね、キリエ。抜け出してきちゃった」


 すぐに駆け寄り体を支えてくれるキリエ。やっぱりキリエは、私よりも体温高いんだね。なんて関係のないことを思いつつ、再び視線を桜花とナツメさんへ向ける。


「すみません桜花……さん。ナツメさんと話をさせてくれませんか」


「おう! むしろちょうどいいところに来たな。ほら、友達作りのプロが来てくれたぜ? いっぱいアドバイス貰っときな」


「……っ」


 立ち上がり距離を離す桜花と、私の顔と巻かれた包帯を見て息を呑むナツメさん。

 彼女にとってはとても気まずい状況だろう。私が聞き耳を立てていたことも、多分気づいている。


 だから道中のあれこれを無視して、私が言うのはたったの一言


「ナツメさん、私と友達になりましょう?」


「なっ!?」


「……!!」


「おぉ!」


 やっぱり、驚くよね。


「どう、して? 私はココさんをいっぱい傷つけた。もしかしたら、あなたは死んでいたかもしれないのに」


「ココ、私も反対よ! 例え直接殺してないとしても、出血多量で死ぬかもしれなかった。そんな相手を友達にするなんて、正気とは思えないわ!」


「ねぇキリエ。さっき持ってた人形、貸してもらえる?」


「えっ……?」


 半分強引に、キリエの手の中にあった藁人形を貰う。胸のところの赤い血、やっぱり私の人形だ。これがキリエのだったらどうしようかとも考えたけれど、杞憂で終わってよかった。

 キリエの支えから離れ、ナツメさんの元に歩く。眼前で足を止め、ゆっくりと足を曲げて……


「どうぞ」


 人形を、ナツメさんに差し出す。


「な、何をしているのココ! それを返したら!」


「ごめん、少しナツメさんと話をさせて」


「ッ!!」


 キリエの驚く顔は見なくてもわかるが、目の前のナツメさんも酷く驚愕している。この人形の危険性をよく知っているからだ。


「ナツメさん。友達になる前に一つだけ、お願いしてもいいですか?」


「……」


「この人形はあげます。その代わりもう二度と、藁人形を作らないと約束してください。特にキリエや、私の友達の分は」


「……どうして、私なんかを? 私は、貴女を殺しかけた。人形をまた使わないなんて、信用できるはずないのに」


「ナツメさんは、そんなことしません。私に使った理由は、きっと今まで我慢し続けた分が爆発してしまっただけなんですよ。これは友達として、ナツメさんの愚痴を聞いたということにしておきます」


「……」


「私が貴女を信用する。でもナツメさんは、まだ私のことを信用できてない。だからこうして人形を渡します。もしも私が友人を裏切った時、いつでも殺せるように」


「……ッ」


「私が間違いを起こしたら、私を止めてください。そして、私を助けてください。これはそのための、初めての贈り物です」


「……本当に、私なんかでいいんですかッ。こんな気持ち悪い私でも、いいんですかっ!?」


「ぜひ、よろしくお願いします」


「……ぅっ、くっ……!! うぁぁぁぁぁん!」


「ごぅッ!?」


 友達として初めてのハグ。どちらかと言えば頭突きのような気がするが、ともあれナツメさんとはこれから仲良くしていけそうな気がする。腕の震えも、もう跡形もない。

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