その頃と顛末と 第四十三話
〜 時は少し遡り、キリエがナツメの情報を集めている頃 〜
「んん……んぁ?」
この街に来て二回目になる病室のベッドの上で、私は目を覚ました。
退院した日がほんの数日前ということもあり、目の前の白い天井が病室のものであることはすぐに分かった。
「……あれ? 私、なんで病院に? いっ!イツツ」
体勢を起こした際、強い頭痛に襲われてしまい咄嗟に頭を抱える。頭に触れた際の違和感が気になり腕を見てみれば、白の包帯がキッチリと巻かれていた。
さて、どうして私はこんなところにいるのだろうか。退院はとっくの昔に済ませていたはず……
「ッ!!」
ーーその時、私の頭の中に、忘れられていた記憶が蘇ったーー
そうだ。私は公園でキリエが来るのを待ってて、その時にたまたま居合わせたナツメさんに事情を説明して……それで……
「……ッ……ッッ」
自分が死ぬということへの恐怖。そう形容する他ない、私の心に張り付く謎の不安感。その不安感は体の震えや寒気となって、私の体に警告を促す。
「……落ち着け……落ち着け……大丈夫……大丈夫」
両手で体を押さえ込み、寒さは服の表面を擦ることで緩和を図る。だがいくら行おうとも、症状が軽くなることはない。
\コンコンッ!/
「!!」
「ココさん、入りますよ」
震えをどうにかして止めようと奮闘する私の病室の扉が、軽くノックされる。その声はキリエ達のものではないが、きっと今の私の姿をみればいらない心配をかけてしまうだろう。
痩せ我慢でもなんでもいい、とにかく震えを表に出さないようにしなくては。
「! 起きられていたんですね」
「は、はい。ご、ご迷惑をお掛けして」
扉を開き中に入ってきたのは、紙とペンを片手に持つ医師の方。多分私の様子を記録につけにきたのだと思われる。
まだ震えを抑えられていないので、つい声が波打ってしまった。
「あのっあのっ、い、今は、ど、どれくらい、ですか。わ、私がここに、きてから!」
「落ち着いてください。ゆっくりでいいですから」
「す、すみ、すみませっ! んぐ」
駄目だ。私の体は私自身が思った以上に恐怖している。
考えてみればそりゃそうだ。今まで危険な状況は数多く経験してきたけれど、誰かに殺意を持って殺されそうになる経験なんてなかったのだから。
「今、時刻はちょうどお昼時を指しています。貴女がここに来てから四、五時間といったところでしょうか」
「そ、そうでっ……あ、あの! き、キリエは! く、黒髪の、人は!」
「その方ならすでにお帰りになられましたよ。私達に貴女のことを頼むと伝えて」
「そ、そうで……っすか」
よく考えれば、キリエの服は私の血でだいぶ汚れてしまっていた。一度着替えるためにも帰るのは当然だよね。
……一瞬、見限られてしまったのでは。なんて考えてしまった自分を恥じる。
「それで、貴女の体についてですが。臓器の一部に損傷が見られ、血液の残量も危険な域に達しています。くれぐれも安静にして、しばらくは傷の回復に努めてください。面会も、当分はしないほうがいいでしょう。特に体の震えが止まるまでは」
「ばっ、ばれて、ましたかっ」
「当たり前です。後でリラックス効果のある飲み物でも用意させましょう。では、私は仕事がありますのでこれで」
「あのっ、あのっ、あ、ありがと……ですっ!」
「お大事に」
席を立ち上がった先生が扉の奥に消えた直後、堪えていた震えが再び体を揺れ動かす。
必至に堪えてはいたが、限界がある。それもすぐに先生にバレてしまったのだから、隠せていたとはとても言えない。
「すぅぅ……ふぅぅ……」
面会謝絶、か。しばらくはシルクさんやテトさん、こよみさんにキリエとも会えないのか。
「……キリエ」
なぜだろう。今、とても人肌が恋しい。過去にそんな風な思いを感じたことなんて一度もないのに。この街に来て、私の何かが変わってきているのかな……?
『次に目が覚めたときには、すべて解決してるわ』
「ッ!? 今の、は」
今、頭の中に聞いたことのないキリエの声がした。いつの記憶がこれは……次に目覚める?……すべて、解決……?
「……ッ!?!?」
まさかこの声は、私が眠っている間に聞いていた声!? じゃあもしかして、起きたらすべて解決してるっていうのはッ!?
「こ、このままじゃ……だめ!! ど、どこにいるかは……わ、わからない、けど! でも、寝てるのは、だめッ!」
布団をめくり、ベットから飛び起きる。……しかし、
「あぐっ!? ……へ? な、なん……で?」
震えは全身を襲う。両腕だけでなく、足すらも例外ではない。
「う、動いてっ! い、いま行かなくちゃ……! いか、なきゃ!」
頭は前に進みたがっているのに、他ならぬ自分自身の足がその気持ちに待ったをかけている。まるで、行ってはダメだと他人に抑え込まれているような感覚。
「……ぅぅ」
分かってる、本当は私が怖がっていることくらい。死ぬのが怖いと思っていることくらい。
……いや、それは違うだろう? "こころ"。確かに私は、ナツメの力に圧倒されて恐怖した。他の誰でもない、私に対して向けられた殺意に屈服したのだろう。
だが、今回は違う。これだけは違うッ! 今危険に晒されているのは私じゃない、キリエだ。今ここで恐怖したまま動けなくなったら、私は一生動けなくなってしまう。
友達だろう!! 親友だろう!? 私を助けてくれる優しい人間だろう!?
「……すぅぅぅ……はぁぁぁぁ……」
そうだ、思い出せこころ。死ぬのが怖いだって? 何を今更弱気なことを言ってるんだ。そんなもの、キリエの力になると決めた"あの時"、覚悟していたはずだッ!!
腕がなんだ、心臓がなんだ、命がなんだっ!! "私一人の犠牲で友達が生きていられる"なら! 喜んで投げ出すのが私の役目だろう!!
損得や自己保身のように頭で考えるな! 私はこころ! 意思や感情に従えばいいんだ!!
「……震え、止まった」
決意を新たにし、体の震えを完璧に抑え込む。周りにいる人たちが私を好きだと言ってくれて、つい慢心してしまっていた。
私のやるべきこと、覚悟を改めなくては。
「よし、行こうッ!!」
正面から出ては必ず誰かに止められる。ならば窓から飛び出せばいい。私は迷わず、窓を開けて外に飛び出した。こういう時には小さい体は便利である。
……
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それから私は、農業区内を走り回った。キリエの店やナツメさんの店はもちろん、今朝の広場にも向かった。だが、そのどれもでキリエの姿を見つけられない。
「一体どこに……」
これだけ探し回っていないとなると、後は人目につかない裏路地のような場所だけになる。しかしそうなると、私にはとても見つけられそうにない。キリエと私じゃ、土地勘に差がありすぎる。
「『おい、なんかあっちからすげぇ音がしねぇか?』」
「『なんだか君の悪い声も聞こえてくるよ? 嫌だねぇ、しばらくあの辺には近づかないようにしないとね』」
「物音……? 変な笑い……? ッ! すみませんお姉さん! その音ってどの辺から聞こえてましたか!?」
「えっ? い、嫌だわぁお姉さんなんて。ほら、あそこにパン屋があるのが見える? あの店の裏道を進んだ奥にある空き地のことよ。今は誰も近寄らないはずなんだけど ーー」
「ありがとうっ!!」
「あっ、ちょっと! いくならせめて服を着替えたほうがいいわよーー!」
道を案内してくれたお姉さんが何か叫んでいるが、今はそれを確認している時間が惜しい。絶対に間に合わなかったってことだけは、避けなくちゃいけないんだ。




