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譲れぬ思いと三つ巴と side:キリエ 第四十一話



「はぁッ!!」


 影で作り出した巨腕を、目の前の標的に上空から一気に振り下ろす。ナツメはそれを後方に飛び退くことで回避するが、私は着地と同時に一気に肉薄し影を纏った右腕を何発も打ち込む。


「おっと、危ない危ない。ヒヒッ」


「顔と表情が合ってないのよ!」


「いやいや、これでも余裕はないんですよ? いやぁ怖い怖い! ヒヒヒヒッ」


「能力も使わずに、減らず口をっ!」


 今朝に見た怪物の姿、それすらも見せず私を舐めているとしか思えない彼女の態度。余裕を思わせる笑い声といい、どこまでも人を馬鹿にしてッ!


「能力、使って欲しいんですか〜? どうしようかな〜?」


「貴女が能力を使うかどうかなんてどうでもいいの。私はただ、貴女をココの前に連れて行くだけ!」


「あぁ〜、さっきの謝罪がどうのっていう話ですか? ……何故私が謝らなければならないのですか?」


「なんですって」


 理解できない。ナツメの言葉が、私には到底理解できなかった。

 何故謝らなければならないのか、そんなもの決まっている。理不尽にココの体を傷つけたからだ。それも陰湿に、一方的な方法で。


「貴女、自分が何をしたのか理解しているの。自分勝手な理由で、ココに重傷を負わせたのよ」


「えぇ、私は確かに彼女を傷つけましたよ? それが何か?」


「……っ!」


「フッ、クククハハハ! 私が誰かを傷つける! えぇ、それはもう理不尽に思ったでしょう、酷いと思われたでしょうね!」


 まただ、またナツメは腹を抱えて笑い始める。私の言葉が引き金となって、ナツメは狂ったように笑う。とても複雑な感情の混ざりを感じる、気持ち悪いの笑い。


「でもそれが人間なんですよ! 相手のことなんかこれっぽっちも考えない! 理不尽に責め立てて、他者のものを容赦なく踏み躙る! 嫉妬、憎悪、怒り。時には気まぐれでね!」


「随分と実感のこもった話ね。まるで自分がやられてきたみたい ーー」


「黙れっ!!」


 私の感じていた気持ちの悪さを指摘すると、ナツメは態度を急変させて怒鳴る。その表情の変わりようはまさに異常。

 感情の浮かんでいなかった彼女の瞳にも、今は怒りの感情が見て取れた。


「お前に何がわかるっ!! 誰にも頼ることを許されなかった私のことが!」


「理解しようとも思わない。私は親友が傷つけられて、怒りを抑えるだけでも精一杯なの!」


「親友! 友達! 羨ましいなぁ!! 私にもそんな人間がいたなら、こんな醜い存在にはならずに済んだのに!! どうして私はこんなに落ちぶれて、お前らは幸せそうなんだッ!」


 自身の体を藁に変化させた上で、自虐するナツメ。私の言葉で本性を表した彼女は、自覚なく今まで出してこなかった本音を吐き出している。


「それが、貴女の本音なのね。自分が受けてきた理不尽を他人に味合わせたかったと。貴女をいじめたわけでもなく、信用こそしていたココに対してッ!!」


「私のことを信用してるって? ハハハハ!! その一言が何になるっていうんですか! 吐き出す言葉全て嘘なのが人間だ! 他人の言葉なんて信用できないッ!」


「信用も信頼もしない人間が、友情を語るなッ!!」


 藁を纏った巨大な腕と私の影糸で作り出した腕。互いに掴み合い一歩も引かない攻防を繰り広げる。ギチギチと両腕を力一杯に押し込めば、やや私の方が力で優っている。


「ゥ……クゥッ!」


「私の力はココを守るための力! 独りよがりじゃない、他者を守るための力よ!」


「たった一人を追い詰めて、何が守るための力だ! お前ら人間はいつもそうだ、たった一人を大勢で追い詰めて、人を悪者にして笑い合う! どこまでも残酷になれる奴らが!」


「そんな狭い世界で、私達を語るなと言っている! ココへの想いを自覚した時点で、とっくの昔に常識なんて捨てたわ!」


「うぐっ!?」


 強引に押し出し、ナツメの体勢を崩壊させる。勢いを失ったナツメの体は、ほぼ全ての箇所が無防備に晒された。

 狙うは胸部、ココのダメージが最も蓄積されていた場所。


「はぁっっ!」


「ーー ヒヒッ」


「ッ!?」


 ナツメの胸元。今まさに私が攻撃しようとした部分の藁が、左右に分かれ中身を露出させる。

 その場所にあったのは、"血の跡"のついた藁人形。


 危険を察知した私は、ギリギリのところで攻撃の的を逸らすことができた。


「それはっ!?」


「どうして攻撃を止めたんですか? 私のことが憎いんじゃないんですか〜? ほらほら、"ここ"をよーく狙って攻撃してくださいよー」


「ッ!!」


 一度距離をとり冷静に考える。何故ナツメは、あの人形を私の攻撃に合わせるように見せたのかを。ここで判断を間違えて仕舞えば、私にとって何かよくないことが起きてしまう。そんな予感がする。


「私がその人形を攻撃すれば、貴方にとって良いことでも起きるのかしら」


「さぁ〜? どうでしょうねぇ? ヒヒッ」


「答える気はない、か。知っていたけれど」


 あの人形に付着する血液は、おそらくココのもので間違いないはず。

 ……そういえば、彼女はさっきこう言っていた。"私の能力に他人の血が必要"だと。


 他人の血が必要。そして、特定の人間を遠隔から攻撃できる能力。藁人形……"呪い"


「ヒヒッ、おやぁ〜? どうしたんですか〜?」


「……念のために聞いておくわ。もし私がその人形に何かしらの危害を加えた場合、ココの体に何か異変が起きたりするの?」


「っ。なんのことですか?」


「例えば、藁に与えたダメージがそのままココの体に移ったりとか」


「っ!」


 反応から見て、どうやら攻撃しなかったのは正解だったらしい。本当のところはわからないけれど、あの人形への攻撃がココにとって良くないことなのはわかった。


「なるほどね。私はその人形に気をつけなきゃいけないわけか」


「何処でそれを……ココさんにでも聞きましたか」


「駆け引きは苦手? あからさま過ぎるのよ」


「くっ」


 不意を突かれなければ大したことはない。どうにかして胸の中にある藁人形を奪い取れば、何も気にすることなくナツメの顔を殴りにいける。

 ココのために一発で済ませるつもりはあるけれど、つい勢いで二発目も行くかもしれない。

 次の動きを考え、決着までの道筋を立てなければ……



「 待ったぁぁぁぁぁぁあ! 」



「「!?」」


 舞い降りる人影、鳴り響く轟音と立ち込める砂煙。私とナツメとの間に、何者かが当然降ってきた。


「な、何ッ!?」


「……っ」


 徐々に煙が晴れ、土に染まる空間から新たな色が現れる。


「なかなか面白そうなことしてんじゃねぇか。この戦い、私も混ぜてくれよ!」


 全身に筋肉の塊を携え、それらを見せつけるような衣服に身を包む謎の女性。

 突然の乱入に混乱するも、私はすぐに彼女の正体について思い当たった。


 筋肉質の体、男勝りの口調、戦いを楽しむ戦闘狂。間違いない、この人は


「桜花……!?」


「あん? 私のことを知ってんのか? 何処かで会ったことあったか」


「ココから聞いたわ。あの子を病院送りにした、油断ならない相手だって」


「ココ? ……あぁ! お前あいつの知り合いなのか!? なんだよぉー! 世界は狭いなぁ」


 桜花。ココを一方的に殴りつけ、シルク達の家を破壊した女。まさかこんなタイミングで会ってしまうなんて


「どうしてここに? 今は取り込み中よ」


「知ってるよ? だからそこに私も混ぜてもらおうと思ってな」


「ふざけないで。今貴女の趣味に付き合っている時間はないの」


「私が来た理由知ってんのか? なら話ははえぇな! まずはお前から味見してやるゼェーーーー!!」


「ッ!」


 たった一度の瞬きの間に、桜花は私の目の前ですでに拳を突き出すところまで来ていた。咄嗟に右腕の影糸の腕でガードを狙うが、そんなもの関係ないとばかりに私の体は遥か後方の壁に叩きつけられた。

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