友のために愛のために side:キリエ 第四十話
「呼吸が正常に行われなかったことによる気絶です。外傷も酷いですが、命に別状はありませんよ」
「……そうですか、よかった」
血だらけのココを、ひとまず口内洗浄のみ施してから、日頃お世話になっている病院へ担ぎ込む。
「近頃負傷により運ばれてくる患者は後を経ちませんが、今回はいつも以上に酷い怪我だ。彼女の生命力に感謝ですな」
「退院までどの程度かかりますか」
「処置は万全に済ませました。この分ならきっと近いうちに退院できますよ。ただ、それはあくまでも肉体的には、ですが」
尋常ではない様子に息の詰まる思いが、医師の診断を聞きやっと胸を撫で下ろすことができた。
目の前で死んだように眠るココ。ついこの前退院したばかりなのに、また辛い病床暮らしに逆戻りだ。
「ありがとうございます、先生」
「いえいえ。では、私はこれで失礼します。どうか隣にいてあげてください」
「はい」
医師が部屋を退室したのを確認し、私は物音を立てないようにココの側に近づく。
「ココ……」
こうしていると思い出す、今朝のココの怯えた姿を。
『……キリエぇぇ!』
名前を呼ぶ、愛しい彼女の声。だがそれは決して喜べるものではなく、私が過去聞いたことのないココの恐怖や怯えの声。
『ココッ!!』
『キリエ……! キリエぇぇぇぇ!』
「ッ」
涙を流しながら私に助けを乞うココの姿。顔中を血だらけにし、体を引きずり、掠れた声でなお私の名前を叫ぶ。
「大丈夫……大丈夫……」
……私は、ココを愛している。あの夜の一件以来、私の想いは友情を越え、愛情になった。いつまでもココを見ていたい、ずっと一緒にいたい、彼女の特別でありたいと心の底から願っている。
血だらけのココが私に助けを求めた時。不謹慎だけど、頼りにされて嬉しかった。私がココに執着するように、ココもまた私を思ってくれているのがわかったから。
「……ぅっ……ぅぅ」
「魘されているの?」
だからこそ許せない。私の大事な人を襲い、心と体に深い傷を負わせた藁の怪物。
私の推測した通り、彼女の耳鳴りと吐血の正体はそいつの能力によるものだったらしい。これについても、奴にはきっちりココの傷の礼をしなければ。
「貴女は何も気にせず、ゆっくり休みなさい」
「……ぅぅ……キ……リエ……」
「っ!」
彼女がどのような夢を見ているのか、私には予想すらできない。夢の中の私が、彼女の悪夢を少しでも良いものにしてあげられていることを願う。
「次に目が覚めたときには、すべて解決してるわ」
……部屋を飛び出し、私は走った。
このまま、水に流されてなるものかッ! 必ず、あの藁の能力者には謝罪してもらわなければならないッ! 私の持つどんな手を使ってでも、ココの前にその頭を下げさせてやるッ
「必ず見つけ出してやるッ! 案山子ッ!」
ーー 人々が行き交う道を外れ、一つの影が屋根上を駆ける。その華麗なる身のこなしと体に纏った黒衣の衣装は、まるで異国に伝わる裏の一族 " 忍 " のようであった ーー
……
ーー
ーーーー
ーーーーーー
〈ー 農業区 花屋 ー〉
「……はぁ」
ーー 朝の一件後、ナツメは店を臨時休業にしボ〜ッと虚空を見つめていた。明かりもつけず暗がりに座り込む彼女の姿は、今朝の狂気的な姿とは程遠いものだった ーー
「………………はぁ」
「 随分沈んでるのね 」
「ッッッ!?!」
どうしてここに!? という表情と共にこちらを見る店主。
それもそうだろう。今朝会っただけのまったく面識のない私が、こうして彼女の店先に現れたのだから。
「ど、どうしてここにっ!?」
「知らぬ存ぜぬを通されるとも思っていたけど、その様子じゃいらない心配だったみたい」
隠し事が苦手という以上に、彼女に隠そうとする意思を感じられない。住処を特定された時点で諦めたのか、それとも私が話し合いで解決しようとする善人にでも思えたのか。
「それで? どうして貴女は落ち込んでいるの。今朝私の友達を嬉々として襲ってた人間とはとても同じには見えないけれど」
「どうしてここを……私だってわかるものは何もなかったはずっ!?」
「私にはね、職業柄名所や店の情報に詳しい親友がいるのよ。貴女が今朝襲った、ココと同じくらいに信用できる親友が」
「っ!!」
コロコロと表情を変える奴。無表情から驚きに表情を変えたと思ったら、今度は戸惑いや困惑の顔。
「少し歩きましょう? ついてきなさい」
「っ……いや、だ」
「貴女に拒否権はないわ、黙って私の後をついてくればいいだけ。嫌なら文字通り、紐で縛ってでも連れて行くけど」
「うぅ、ぅぅっ!」
今度は泣きそうな顔、ね。まるで叱られた子供みたい。……まぁ、私が歩き始めると渋々とでも後をついてきたので問題はない。
しばらく私と彼女は、ポツポツと人の行き交う小道を歩く。二、三歩ほど後ろについて歩く彼女は、何も声を発さない。
「貴女、名前は?」
「………………ナツメ」
「ナツメ、ね。私はキリエよ」
「………………キリエ」
片言でしか話さないナツメ。何故か私に対しては弱気になる彼女に、心の奥底にドロドロとした黒いナニかが込み上げてくる。
ココを傷付けておいて、自分が何かされるのではとビクビク怯える姿に。
「(自分だけ無事でいようなんて、虫がいいのよ)」
……でも、今はまだ我慢。人目につく場所でこのナニカを吐き出すのはまずい。もう少し……もう少しだけ
さらに歩くこと数分……。私たち以外の人の姿を全く見なくなり、家々の隙間を抜けた先のそこそこ広い空き地に出た。
「ここならいいわよね? 日当たり良好、人影も全くない。じゃあ、ここから本題」
「…………」
「どうしてココに能力を使ったのか、その理由を聞かせてもらうわ。もしその理由に正当性がなければ、ココに謝罪してもらう」
「ヒ、ヒヒ」
「……」
暗かったナツメの様子が、一変する。不敵な笑みをこぼし、ニタニタと口角を持ち上げる。人を馬鹿にしたような口調、どこまでも私の神経を逆撫でしてくれる。
「何を、笑っているの?」
「ヒッ……ヒヒッ! まさかこんな場所に連れてくるとは思いませんでした。てっきり、人前で公開処刑でもされるのかと」
「私だって、分別なく人を陥れるような人間じゃないの。貴女と違ってね」
「理由を聞いたのは貴女なのに、半分決めつけてるじゃないですか。私が悪いって」
「私は、ココの性格を知っていても貴女のことは知らない。そのための説明を拒否した貴女がそれを言えるとでも思っているの?」
「ヒッ、ヒヒッ! そうですか、私が悪いですかッ! クヒヒッ」
どこまでも面白そうに、体全体で狂い笑うナツメ。どれほど待っても止まらない笑いに、抑え込んでいた怒りも爆発寸前 ーー
「えぇそうですよ! 私が悪いんですよッ!? 私はただ人間という種族が憎いだけ! 相手が貴女の親友じゃなくても別に良かったんですよ!」
ーー その瞬間、私の堪えていた怒りは溢れ出した。
「そう。つまり貴女は、自分の鬱憤を無関係の相手にぶつけたかっただけなのね?」
「えぇ! そうですよ! ただ私の能力に他人の血が必要で、たまたまココさんの血液を取る機会があっただけ! 人間なら誰でも良かったんですよぉ!?」
「ッッ! このォッ!!」
能力を発動し、右腕に影糸を集め巨大な腕を仕立て上げる。ココが怪我で入院している間、彼女を守るために私が編み出した能力の応用技。
「羨ましいッ! 羨ましいッ!! 貴女のような人がいてくれるココさんがッ! 親友と呼べる人間のいるキリエがッ!!」
「絶対に許さない! ココの味わった痛みを、すべてその身体に叩き込んでやるッッ!!」
……私の中で、未だかつてないほどの怒が込み上げてくる。あまり怒りの持続しない私だが、この時ばかりは目の前のナツメに対する怒りの底が私自身把握できずにいた。
だが、こうなってしまった理由。それだけは感覚で理解していた。
" 自己嫌悪 "
彼女は似ているのだ、私に。
日頃溜まっていた鬱憤をココに対しぶつけた、この一点で。




