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逃げて奪還 第四話


 全体的に薄暗い工業区に、さらに輪をかけて暗い路地裏を走る男達。彼らの目線の先には、何かを抱え込みながら一人の少女が息も絶え絶えに走る。

 しかし、鍛えられた男たちと小さな女の子との間にはどうしようも無い差が生まれてしまう。


「待ちやがれ! やっと追いついたぜこのクソガキが!!」


「いやっ! 離してっ!!」


「手こずらせやがって。さぁ、大人しくその首飾りを渡してもらおうか!」


「わ、渡さないもん! 絶対渡さないもん!!」


「いいから渡しやがれ!!」


「きゃぁ!?」


 真っ先に追いついた男に両手を押さえ込まれ、少女は咄嗟に首飾りを強く握り込む。だがそこに追いついた男が加われば、容易く手の中の物は奪われてしまった。


「か、返して! それはおじいちゃんのための!!」


「へっ、俺らに見つかった時点で運が悪かったって諦めるこったな」


「ちっ、ガキのくせに調子に乗りやがって。ったく、こりゃあ首飾りだけじゃ足りねぇなぁ?」


「ひッ!?」


 首飾りを奪った長身の男は少女と距離をとり、二人の間に体格の良い男が指鳴らしながら体を割り込ませる。たかだか十歳前後の女の子に大の男二人が翻弄されたことに、相当怒りが溜まっている様子。

 このままでは女の子の命が危ないことは誰の目にも明らかだった。だから、


「大丈夫?」


「へっ……?」


「あぁん? 誰だお前」


 私は女の子の側に着く。聞こえてきた会話だけじゃ、女の子の方に非はないと判断できた。仮に少女が何かしたのだとしても、目の前の男たちはやり過ぎている。


「チッ、またガキが増えやがった。おいお前、こいつの友達かなんかか?」


「いえ、初めましてですけど」


「あ、あの」


「大丈夫? これ"落とし物"だよ」


「えっ!?」


「『なっ!!』」


 スルスル〜と少女の手のひらに"それ"を落とせば、少女は驚きで目を見開く。そしてそれは後ろの男二人も同じだった。


 なぜなら、私が少女に手渡した物は、先程男たちが少女から奪った首飾り


「馬鹿なっ!? てめぇ、いつのまに ーー」


「隙あり〜」


「あっ!?」


 ……に、見せかけた別の首飾りである。私があえて男たちにも見えるように渡したあの首飾りは、正真正銘私がお店で買った少女のものとは似ても似つかない別物。まさか、ここまで綺麗に引っかかってくれるとは。

 おかげで簡単に奪い取ることができた。


「っこのォ、馬鹿にしやがってェェェ!!」


「私が男二人に真正面から、殴り合うわけないでしょ! 煙幕!!」


「グッ!? ゲホッゴホッ」


「兄貴ッ!!」


 完全に頭に血が上った高身長の方は私に掴みかかってくるが、さっき買ったばかりの煙幕を地面に投げつければ、勢いよく吹き出す煙に怯んだようだ。

 そのまま、私たち四人を瞬く間に煙が覆う。正直フレッドの店で買った煙玉の性能は予想以上だった。


「こっち!」


「は、はいっ!」


 少女の手を引き、いち早く煙の中から脱走を図る。

 顔に勢いよく煙を吹き付けられた男は目や鼻に粉末が入ってしばらく動けないし、体格のいい方は片割れのそんな様子を見てそっちに気がいってる。もうあの男たちは私たちを追っては来れないだろう。


 路地裏から通りに抜けて、水路を目指してひた走る。不確かな道を走り抜けることに多少の不安はあったが、一度通った道に合流できた後はすぐ表へと出てくることができた。


「怪我はない?」


「は、はい! 大丈夫です。 あ、ありがとうございました! あの、これ」


 少女はそういって、片方の手のひらを私に向ける。みればそれは、囮に使った私の首飾りだった。


「ちゃんと持っててくれたんだね ありがとう」


「い、いえ! こちらこそ守っていただいて」


 いい子やぁ……。と、思わず母性全開な声を漏らしてしまった。それにしてもわからない。どうしてこんないい子が、あんな薄気味悪い所にいたのだろう。


「ねぇ、質問してもいいかな? どうして一人であんな所にいたの?」


「あぅぅぅ ご、ごめんなさいぃ」


「あ、いや、別に怒ってるわけじゃないよ!? 女の子一人であぶなくないかなぁ? って、心配してるだから!」


 うっすらと少女の目元に浮かぶ雫。何もしていないのにちっちゃい子を泣かせたとは、罪悪感で心臓が潰れてしまう。


「わ、私、おじいちゃんにプレゼントしたかったの。頑張ってお金を貯めて、いつも頑張ってるおじいちゃんにあげたくて」


 どうやら少女の目的は、普段からお世話になっているおじいちゃんにプレゼントを買ってあげることらしい。

 頑張って貯めたお小遣いで、少しでもいいものを送るために隣の農業区からわざわざ一人で来ていたようだ。そして、手ぶらでアクセサリーを持っているところを男たちに見つかって今に至る、と。


 はっきり言おう。この子 ーーーー 天使か?


「け、健気っ……!」


「私のせいで、危ない目に合わせてごめんなさい。" お姉ちゃん "」


「お、おねっ!!」


 やばい、可愛すぎる。天使、超可愛い! 最高!!

 一人で危険な場所に行ったのは問題だが、おじいちゃんにはちゃんと感謝することができて、間違ったことをすればちゃんと自分から謝ることができる。とても子供とは思えないほどにしっかりとしたいい子だ。


 それになにより、私のことをお姉ちゃんと呼んでくれるなんてっ!


 と、一人内心で盛り上がっている最中、少女は徐に目を擦り出した。先程投げた煙幕の中で、少しとはいえ粉末が目に入ってしまったのだろう。とはいえ、このまま擦るのはよろしくない。


「ちょっと待ってね〜っと。はい、顔を拭くから目を閉じて」


「んー」


 優しく優しく、時折確認をとりながら布で顔を拭き取っていく。少しいたずらで鼻の先に布をふさふさと当てれば、少女はむず痒そうに顔を動かす。


「よし! これでおしまい。もう痒いところはない?」


「うん! 大丈夫!」


「うんうん! さてと、じゃあ後はお家に帰るだけだね? 一人でも平気?」


「ふぇっ? あ、えっと……」


「ん?」


 どうしたのだろうか。私が一人でも帰れるのかと聞いた途端、少女はキョロキョロと周りをみはじめた。

 もしかしたら、彼女は農業区への道を知らないのかもしれない。たしかに逃げるのに必死で、ここがどの辺なのかも全く分からない。


「大丈夫? 一緒に行こうか?」


「だ、大丈夫です! これ以上ご迷惑をかけるわけにはっ」


「そ、そう?」


 必死に大丈夫アピールをする少女。しかし両手は強く絞められ、目には不安が如実に現れている。とはいえ私の勘違いかもしれない。

 とりあえず、別れるふりをして少し距離を置いてみよう。


「……チラ」


「あ……あぅぅ」


 やめて……涙目でこっちを見ないで。心臓どころか臓器全部が罪悪感で潰されてしまう。

 少し距離を離しただけで、少女の目には涙があふれる。それでも近付いてこないのは、迷惑をかけたくない心と助けてほしい心が拮抗して、ギリギリ足を押さえつけているのだろう。


「あっそうだ! 私、農業区に用事があるんだった!!」


「っ!!」


「でもー、私農業区のことはよくわからないんだよねー。誰か案内してくれる人いないかなー! チラ」


「えと、えと……」


 遠慮がちに、こちらへ近づいてくる少女。


「お願いしてもいい?」


「ま、任せてください!」


「よろしくね。あ、私の名前はココっていうの。離れないように、手、繋ごう? 」


「私、ミオって言います! よろしくお願いします、ココお姉ちゃん!」


「ぐふっ!?」


 ミオちゃんから笑顔でお姉ちゃんと言われて、思わず胸元を押さえ込む。

 私の手を掴むミオちゃんの顔は、不安から解放されてとてもいい笑顔だ。小さい子に関わるのは初めての経験だが、思わずこちらも笑顔になってしまう。


「あ、ジュース売ってるよミオちゃん! 走って疲れたでしょ? 飲まない?」


「え、えっと、私今お金なくて……」


「あーどこかに私と一緒にジュース飲んでくれる心優しい女の子いないかなぁー チラチラ」


「の、飲みます」


 意外に私、子供に対して甘いようだ。でもミオちゃんはいい子だし、思わず甘やかしてしまうのは仕方ない。そう、これは仕方のないことなのだ。


 でも、そろそろこの方法はやめたほうがいいかもしれない。若干ミオちゃんの私を見る目が引いてきている気がするっ

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