感謝と謝罪と 第三十五話
〜 一ヶ月後 〜
「ふーんふーんふー」
全身の包帯も取れて、やっと病院から解放された私。テトさんから頂いた腰に装着するタイプの縦長のポシェットに、シルクさんから頂いたお給料を入れて持ち歩く。他にはいつも通り、上着に隠れるよういつもの相棒も帯剣されている。
「あ、花屋あった」
今日は、とある目的から農業区内の花屋に来ていた。
その目的とは、退院した日の翌々日にまで遡る。
『その節は、本当にすまんかったなぁ。お主が無事な姿を見せてくれて、ようやっと一息つけたわい』
『あっ! ココお姉ちゃんだぁーー!!』
『久しぶりー!! やっと来てくれたんだねー!』
『よぉ、久しぶりだな嬢ちゃん。聞いたぜ? うちのためにすまねぇな』
『お返しになるかはわからないけど、今日はいっぱい食べていってね?』
久しぶりのミオちゃんたちとの顔合わせと、おじいさんへの謝罪も兼ねて、私はキリエと共に孤児院を訪れていた。
おじいさんへの謝罪を済ませ、ミオちゃんを始め沢山の子供達といっぱい遊び、暫くぶりのまともなご飯を一杯食べた。当然とばかりにキリエにお風呂に連れ込まれて、一緒に入浴することもあったが、とても楽しく一日を過ごした。
しかし、私は今回の目的でもある一つのことが気がかりだった。それは、しばらくこよみさんと会えていないと言うこと。
『こよみ?』
『うん。孤児院でなら会えるかもしれないって思ってたんだけどいなくて。たまに舟を見てもこよみさんを一回も見たことなくて。キリエ、知らない?』
『お昼に行っても、あの子には会えないわよ?』
キリエの答えに、何故かと再度質問をすれば、
『こよみは、今がちょうどお仕事の時間だもの』
『え?』
『こよみの仕事時間は、夜から明け方にかけてなのよ。もしも昼に彼女を見かけたなら、その時は多分臨時で入れられたのね』
とのことらしい。
基本的に夜の間が仕事ならば、昼間に探しても彼女を見つけられるわけがない。
キリエにこよみさんが主に使用するルートを聞き出し、今日の夜、私は彼女の舟に乗せてもらうことにした。
私が花屋に来たのは、謝罪が遅くなってしまったことへのお詫びの印にプレゼントする花を選ぶためだ。
「んー、どれがいいのかな」
薔薇、百合、チューリップ、その他店先に並べられた様々な花。見た目で選ぶだけなら簡単そうだが、花にはそれぞれ特別な意味がつけられているもの。だが生憎と、私はその手の花言葉には詳しくなかった。
「薔薇、薔薇か。……薔薇ねぇ」
赤い薔薇を一本手に取り、花弁をじっくりと見つめる。一口に薔薇とは言うものの、その色は見るだけで三〜四種類ほどある。黄、白、紫そして赤。
でも赤い薔薇は、謝罪というよりも愛や告白みたいなイメージが……
『私は貴女が欲しい』
『ココちゃんに骨抜きにされちゃった』
『私も、お慕い申し上げます』
「///」
愛という単語に、私はこの前の三人からの言葉を思い出して頬が熱くなる。友達は欲しかったし、私のことを好いてくれるのは素直に嬉しい。でもあの言葉は、友達以上の相手に向けるような言葉な気がして。
「ダメダメ! 私はそう思われるような人間じゃないんだから。……そうだなぁ、薔薇かー」
「……あの、何かお探しですか?」
「あ、すみません。うるさくしてしまって」
「いえ……それはいいのですが」
つい独り言で盛り上がってしまった私の隣から、眠そうにも見える目元が特徴的な女性が声をかける。可愛い花があしらわれた可愛いエプロンからして、この花屋の店員さんのようだ。
「どなたかへの贈り物ですか」
「あぁ、実はそうなんです。心配をかけてしまったことへの謝罪というか、お詫びにぴったりな花って何かありますか?」
「謝罪……ですか」
店員さんは顎に手を当て、悩んでいる様子。その真剣な顔は、この仕事に対する一種のプロ意識のようなものが感じられた。
「そう……ですね。スズランはどうですか?」
「スズラン? あの、ランプみたいな花をつける?」
「そうです。花言葉は、"再び幸せが訪れる"。仲直りがうまくできますように、という意味を込めました」
「なるほど、スズラン……」
意味だけを解釈すれば、多分喧嘩別れの時などに送る花言葉なような気もする。がしかし、こよみさんとは良い関係でありたいのも事実。
スズランを片手に月夜に佇むこよみさんの姿を想像してみると、とても似合っていた。
「いいですね。じゃあそれを一本ください」
「わかりました。……あ」
「? どうかしました?」
「お客様、血が」
「え?」
見ると、薔薇を掴む私の指が少し出血している。薔薇の花には棘があるというが、まさか出血に気づかないほど鋭い棘だったなんて。
店員さんは建物の中から布を持ってきてくれて、それで止血を行う。
「ごめんなさい、まさかこんなに花の棘が鋭いなんて思わなくて。この薔薇も買いますね」
「大丈夫です、お客様に血のついた薔薇をお渡しするわけにはいきません。そちらは私が処分いたします」
「すみません……」
大事な商品を一つダメにしてしまったことを店員に詫びるが、店員はそのことを気にすることなく私の血のついた薔薇を回収する。
本当に申し訳ない……。
「どうぞ、こちらがスズランになります」
「あ、ありがとうございます。いくらですか?」
「七五○リルいただきます」
「わかりました」
ポーチから指定された額を手渡し、最後に頭を下げて店員とはそこで別れる。
それにしても、あの店員さんには感謝してもしきれない。花を一つダメにしてしまったのに、気にしなくていいなんて。普通商品をダメにしたなら、責任を持ってやった側が買い取るのが普通ではないだろうか。
きっと、あの店員さんの人柄がいいからだろう。今度また花が必要な時は、あそこで買うことにしよう。
「『ヒヒッ…』」
規模は小さいがお客の入りは多い様子で、あの人がやっているお店なら納得もできる。良い店を見つけられたことを喜びながら、私は日が落ちるまでの時間を、買い食い等をして潰した。
太陽も落ちて、空に月が浮かぶ時間になり、私はキリエに教えてもらった船着場に向かう。
「えーっと、こよみさんの舟は」
夜の時間は、船着場も人が少なく静かだった。広い水路の中心を走る中型の舟も少なくなっていて、これなら障害もなくこよみさんの姿を見つけられそうだ。
「あ!」
噂をすれば、私は彼女の姿を見つけた。
彼女はオールを手に持った状態で舟の後部に立っており、いつでも舟を進められるような状態だった。
「ココ……?」
「こよみさん、お久しぶりです」
段差を降りてこよみさんの舟の元まで近づけば、私が声を掛けるより先にこよみさんに見つかる。この時間に私がここにきたことを驚いているようだ
「どうしたの? こんな時間に」
「少しこよみさんとお話がしたくて。一周、乗せてもらってもいいですか?」
この街の水路は巨大な十字水路を主に利用するが、小さいものは街の彼方此方にあったりする。少しでも長く話がしたかった私は、それぞれの区画を通る水路一周をお願いした。
「わかった。それじゃあ乗って」
「あ、これその分の代金です」
「いらないわ。……貴女には、孤児院を助けてもらった恩があるもの。今日は無料よ」
ポシェットから袋ごと代金を渡そうとすると、何故か彼女はそれを拒否する。理由は、私が孤児院を助けたことにあるという。
「で、でも」
「いいから乗って? 早くしないと他のお客に見つかるわ」
「は、はい!」
勢いに任せて乗ってしまったが、これでは謝罪にならないことを乗った後で自覚した。
しかし今この場で再び渡そうと思ってもこよみさんはきっと受け取らないだろう。
仕方なく、私は降りる瞬間に代金を無理矢理置いていく決意をした。




