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目覚めとこれからと 第三十四話

今回少し長めです



 ーー 次に目が覚めた時、私の目には、見覚えのない景色が広がっていた。


「んん……ぁぁ……?」


 まず、目を開けると眼前に広がる真っ白の天井。その時点で、この場所が私の部屋じゃないことがわかる。


「あれ……ここは」


「目は覚めましたか?」


 私の眠る横で、聞き覚えのない声が聞こえる。そちらに顔を動かせば、天井と同じ白のカーテンの奥に、私と同じ横になる人の影が見える。


「今、何時かわかりますか」


「今は日が出てから三時間ほどですね。もう外は人でいっぱい」


 ということは、お昼より少し前の時間ということだろうか。儚げな印象すら受ける優しい声の持ち主は、とても親切な人のようだ。


「あ、ありがとうございます」


「ふふっ。貴女、ここに来てから丸一日眠り続けてたのよ? 話し相手がいなくてとても寂しかったの。体は平気?」


「え、えぇ。まぁ」


 丸一日……。ということはここに来てから二日が経ってるのか。腕や足にちゃんと包帯が巻かれているところを見るに、ここは病院だったらしい。


 親切な隣人と会話を重ねていると、足元から扉を開く音が聞こえてた。


「よかった、起きたのね?」


 入ってきたのは、キリエだった。


「キリエ……どうしてここに?」


「貴女が怪我をして運び込まれたってテトラに聞いたのよ。二人もじきに来ると思うわ」


「そう、なんだ」


 私の眠るベットの近くにきたキリエは、近くにあった椅子に座ると私の頬に手を這わせた。


「キ、キリエ」


「また無茶したのね? 私の時みたいに」


「ちょっと失敗しちゃった。キリエの手、あったかいね」


 目元を緩ませ花が咲く幻覚すら見えそうな笑顔を向けてくれるキリエ。ピッタリと私の頬に手をつけたかと思えば、耳の裏をサワサワと軽く撫でてくる。


「む、ムズムズする」


「ちょっとイタズラしたくなった。ふふっ」


「むぅ。キリエ、私が動けないのをいいことにぃ〜」


「ごめんごめん」


「ひふはへやっへふんへふはー」


「二人が来るまでよー」


「うにー」


 そこから、少しの間キリエと戯れあった。頬をツンツンと指で押されたり、今度は軽く摘んで引っ張られたり。一方的に私がキリエにやられているだけだったが。


「図書館、酷く壊れてたわ」


「だね、だいぶ好き勝手にやられちゃって。もしかしたら全部立て直しかもしれない」


「それで、次はどこに行くの?」


「ギクッ」


 その言葉に、私は心臓を鷲掴みにされたような感覚を味わう。


「な、なんのことかな? かな?」


「" 図書館が壊れたのは自分のせい。これ以上迷惑をかけたくない。次の仕事を探さなきゃ " かしら?」


「なんでわかるの?!」


 的のど真ん中を射抜くようにピタリと考えを当てたキリエに、驚きを禁じ得ない。


「なんとなく、貴女の考えそうなことがわかってきたわ。……まったく、貴女はもう少し人に頼ることを覚えるべきよ」


「いやー、これが私の性格だから。諦めてくれると嬉しいなぁ」


「はぁ……。これは、この先苦労しそうね」


「え? あの、なんでまた指を私の頬にぃー!」


「いっぱい苦労をかけられることへの前金よ」


 少し時間が過ぎて〜


「ココちゃ〜ん、起きてる〜? あっ! 起きてる!」


「シルク様、室内では静かにしてください。ココさん、目を覚まされましたか」


「あ、ふはりほほ」


「何してるの? キリエちゃん」


「意識の確認よ」


「いててっ。いや、キリエは遊んでるだけだよね?」


 シルクさんとテトさんは、普段通りの様子で室内に現れた。意識が消える前に確認するのを忘れたが、どうやら私並みに酷い怪我をすることはなかったようだ。


「もうすっごく心配したんだからね!? てっきり一晩くらいで起きるかと思ったら全然起きてこないし!」


「一応、医師からは過度の疲労とダメージによるものだと説明は受けていたのですが。やはり目覚めないというのは、どうにも不安が残りまして」


「ほら、二人ともこうして貴女を心配してるのよ? それでもまだ、ココの考えは変わらないのかしら」


「ぐっ、痛いところを突いてくるねキリエは」


「ん〜? どうしたの?」


 私のことを心配してくれる二人には申し訳ないが、ここは正直に私の考えを言おう。


「あの、シルクさん。図書館の修繕は、どれくらいかかりますか?」


「んー。私の知ってるかぎり一番の職人さんに頼んできたんだけど、早くても半年ぐらいはかかるって言ってたわ」


「そうですか。……あの、私。図書館が営業を始めるまでの間、別の仕事を探そうと思うんです」


「でも安心して! 部屋は無事だったから、寝泊まりくらい……ーー えっ」


 私の言葉を理解したのか、シルクさんもテトさんも体の動きが完全に止まった。隣ではキリエが、知ってたと言わんばかりの呆れ顔をしているのが少しムっとするけど。


「ど、どうして!? ひょっとして、図書館が壊れたのを気にして?」


「あの時も言いましたが、貴女の責任ではありませんよ。ココさん」


「でも、私がうまく取り押さえられていれば、営業を止めるほどには行かなかったはずですし。それに、再開するまでの食い扶持も稼がなくちゃいけなくて」


「それくらいなら大丈夫よ! 貴女は私の店の従業員なんだから、仕事がない間は私が面倒を見るわよ!?」


「と、店の主人であるシルク様が言っています。……それでも、意思は変わらないのですか?」


 シルクさんは驚愕の、テトさんは真剣な表情をそれぞれ浮かべ私の顔を見る。

 それでも、私は答えを変えるつもりはない。


「ごめんなさい。やっぱり私は、誰かに頼りっぱなしにはなれません」


「……そう。そうよね? そうだった。貴女はそういう人だったわ」


「すみません」


「でもっ! 今月分のお給料と休みの間のお給料は先払いにして受け取ってもらいます! これは確定事項なので!」


「えっ!? いや、それじゃあ意味が」


「ブッブー! 文句は受け付けませ〜ん! もし受け取らなかったら、テトちゃんと私で無理矢理ココちゃんを部屋に縛りつけるからね!」


「なんでしたら今すぐにでもしましょうか。幸い今は動けないようですし」


「あの、二人とも? 冗談……」


 なんだかキリエの変貌ぶりを思い出すが、テトさんの言う通り動けない分、キリエよりもやばい状況だ。


「はぁ……前はキリエちゃんとの話だったから笑って聞けたけど。いざ私の番になってみると、なんとも言えない感じね」


「わかってもらえた?」


「できれば知りたくなかったわ〜。キリエちゃん、これからいっぱい苦労するわよ? ココちゃんは無自覚の人たらしだから」


「わかってます。……でも、私は例え何番目であろうとも、ココの側を譲るつもりはありませんから」


「奇遇ねキリエちゃん。私もよ? 貴女と私も、長い付き合いになりそうね〜♪」


 何やら立ち上がって不穏な会話をするキリエとシルクさん。

 その隙にとテトさんは、私の顔近くまで歩いてきた。


「ココさんのお考えは把握しました。納得も、無理矢理ですがいたしましょう。しかし私個人のお返しとして、今日よりしばらくは貴女の看病をさせていただきます。こちらも確定事項ですので、拒否されるようなら前述の刑を執行いたしますが」


「えっ!? いやそれ半分脅しじゃ!」


「よろしいですね?」


「……はい、よろしくお願いします」


 初めからお断りさせる気ないじゃん。

 しかしその言葉は口には出さないでおく。今後の私の自由がかかっているのだから。


 テトさんはもう一つの椅子に座ると、未だ何かを話し合っている二人には目も暮れず私にそっと話しかける。


「そういえば、ココさんには私の最後の能力をお見せしていませんでしたね」


「……あぁ、そういえば。でもいいんですか? 秘密にしてるんじゃ」


「ある意味ではそうですね。しかし、特別戦いに有利になるといった類のものではないのでご安心を。ちょっと待っていてください」


 そう言ってテトさんは、近くにある棚から一冊の本を持ってくる。それは、とある男の生き様を描いたテトさんの好みそうな本。


「では、早速始めますね」


「えっと、その本で何か……ーー おぉ!」


 次の瞬間。私の目の前では、剣や槍を持った男たちが戦っていた。部屋が許す限りのひしめく人間たちが、時に会話し時に戦う様子が見られる。


「て、テトさん。これは」


「私の隠している第四の能力。それは、私の頭のイメージを幻として空間に投影する能力です。個人的解釈が入ってますので、本物そのままとはいきませんが」


「すごいっ! 凄いですテトさん! 凄い迫力!」


「読み聞かせよりも、こちらの方が暇を潰せるでしょう。私が看病をする間は定期的に見せますから、楽しみにしていてくださいね」


「わぁ……」


「あっ! テトちゃんが幻影使ってる! 久しぶりに私も見たい〜!」


「私もすごく興味あるわ。お願いしてもいいかしら?」


 私の楽しそうな声を聞きつけ、二人もこちらに来てテトさんにお願いしていた。私は寝ながらだが、キリエとシルクさんはテトさんと同じく座った状態で。


「いけいけー!」


「へぇ……テトラの能力には、こんな使い方があるのね」


「ありがとうございますテトさん! すごく面白いです!」


「それはよかった。……あの、ココさん。お耳をお貸し願えますか? ほんの少しですので」


「あ、はい。なんですか?」


 ーー テトさんはそう言うと、ゆっくりと私の耳元に唇を近づけ、私達以外には聞こえない静かな声で言った


「 (わたくし)も、お慕い申し上げます 」


 と ーー

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