四つの力と戦いと 第三十二話
「幻、か。幻覚でも見せるのか? じゃあとりあえず様子見、でっ!!」
やっぱり、桜花の動きは私には追えない。それが能力によるものかそうでないかはわからないが、少なくともこの人は戦い慣れしていた。
「流石に、早いっ!!」
「テトちゃんっ!!」
「問題ありません」
スゥ……と、テトさんの動きが横に逸れれば、桜花の拳は擦りもせずに過ぎ去る。
その無駄のなさは、まるで未来が見えているような動きだ。桜花も容易く避けられたことに驚いている様子。
「っ!! へぇ、やるじゃん。私の動きが見えるのか?」
「見る必要がありませんので」
「あのちっこい店員さんはこれで終わったんだけど、これは結構楽しめそうじゃねぇかっ! んじゃ! もう少しパワーあげてくぜっ!」
宣言通り、桜花はよりスピードを上げてテトさんに突っ込んでいく。それが避けられれば壁を蹴ってもう一度仕掛け、数回の攻防があった後に一気に図書館の天井に昇る。
「ならっ、これでどうだっ!!」
天井を足場に一気に下降し、桜花は持ち前のスピードと重力などを全て入れた踵落としを敢行。
とはいえそんな大振りの一撃が当たるわけもなく、テトさんは難なくそれを避けた。だがその影響で、二階は崩れ一階の床もボロボロだ。テトさんはそのまま一階へ、私はシルクさんに避難させてもらった。
「くぅッ、これも避けるかぁ!」
「他者の家を破壊しておいて、謝罪もなしとは。貴女の底が知れるというものです」
「いやー、"見られる"っていうのは考慮してないもんでね」
「貴女の能力についてもう少し考察したいところですが、これ以上建物を破壊されるわけにも参りません。ですので、そろそろこちらから仕掛けさせていただきます」
「おっ! やっとその気になったかよ。避けるだけは戦いとは呼べねぇからな」
息を整え、シルクさんは桜花とも違う構えを取る。
「貴女も気づいているようですので、教えて差し上げます。私の能力の幻は、全部で四つの力があります」
「四つ?」
「一つ。私は姿を消すことができます」
テトさんの姿が消える。さらに凄いのは、彼女の放つ呼吸音や足音すら聞こえてこないということ。
「おぉ! 何処にいるかわかんねぇ!」
「『二つ。私は特定の相手に、距離に関わらず声を届け、逆に相手の声を聞き取ることもできる』」
「何だこれ!? 耳じゃなくて頭に直接聞響いてきやがるっ!!」
桜花の言う通り、テトさんの声が私の脳にも直接響いてきた。今私が話せば、しっかりとテトさんにも聴こえると言うことだろう。
「『三つ。私は数秒先の未来を ーー』 幻視できるッ」
「うおっ!?」
突然背後に現れたテトさんに対し、桜花は声を上げるもすぐに対応する。流石に戦闘慣れしているだけあって、持ち直しも鮮やかだ。
「やるじゃねぇか! 見てるだけでも面白いぜテトラの能力よぉ!! さぁ! あと一つを教えろよ!」
「貴女が自身の能力を明かすまで、それは持ち越しといたしましょうッ」
桜花は力に任せた攻撃を、テトさんはそれらをいなし的確に一撃を入れる攻撃を行う。
テトさんのそれは幻視による先読みの賜物だが、桜花は読まれてもなお強引に追い縋る。
「んだよもったいねぇ! 意地悪しねぇで教えろよー!」
「失礼ッ、いい性格をしているものでッ」
パッと見は両者譲らない互角の戦い。しかし体力の問題で、徐々にテトさんが押され始めた。司書というあまり体力を使わない仕事というのが、足を引っ張っているのか。
「シルク……さん。テトさんを、助けて……くださいっ」
「無理に声を出さないで。私も加勢したいけど、貴女を放っておくわけにはいかないのよ」
「私は……平気です、から。このままじゃ、テトさんが……」
「でも……」
シルクさんと同じく、私も加勢したい気持ちはある。けど、さっき吹き飛ばされた際に右の足と腕に刺さった柵の木材が骨に当たって、身動き一つとっても苦労する。
せめて、この二つを抜き取ることができれば
「シルク、さん! お願いです!!」
「うぅぅ!!」
シルクさんのその優しさは美点だけど、今だけはその優しさをテトさんだけに向けて欲しいっ。
「……わかったわっ! でも絶対に安静にしてることっ!! ココちゃんは絶対無理するタイプだからっ!」
「……はい」
ハハハ……バレてる。
キリエとの事を知られたのはマイナスだったかもしれない。でも、どの道私が無理を止めることなんてないけどね。私一人の犠牲で友達が無事にいられるなら、いくらでも投げ打ってやりますとも。
「テトちゃん! 私も加勢するわよ!」
「っ! 申し訳ありません、シルク様。一人では手に余る相手のようです」
「おっ! 二人がかりなんて贅沢じゃん! いいぜ、受けて立つ!」
見に纏うスライムの服を、華やかなものから動きやすいシャープな形に変えるシルクさん。
「おぉ、かっこいい! その服もスライムなのか! へぇ、一体どんな攻撃をしてくれるんだ?」
「ふぅ……家族相手じゃないから、隠す必要はないわよね。私はテトラほど、複雑な能力は見せられないよッ!!」
「うおっ!?」
シルクさんの伸ばした手から放たれる、無数の結晶。私の方向からは確実に入ったと思ったが、当たっている様子はない。
「今のなんだ?」
「ただのスライムよ。凝固させ結晶化したスライムを飛ばした、ただそれだけ」
「へぇ、スライムってそんなこともできんだ。じゃあ今度は、私の番だなッ!」
能力の確認を済ませると、桜花はシルクさんを目掛けて突っ込む。テトさんと違いそれを避ける術を持っていないシルクさんだが……
「ツッ! 堅いっ!」
「柔らかくて弾力のあるスライムの上から、結晶化したスライムを鎧のように取り付けてみたの。即席にしてはいいアイデアでしょう? 作家の想像力を舐めないことね」
「っだが! 一撃で結晶にはヒビが入った! ならあと数発でも当てれば!」
「当たらなければいいだけよ!」
「なにっ!?」
桜花の拳は、彼女の鎧には当たらなかった。シルクさんの体が、ゴムのような力で後ろに勢いよく引っ張られたからだ。
「なるほど、スライムを壁につけてたのか。いつでも距離を離せるように」
「どちらかと言えば遠距離向きなのよ、私の力は。特に室内の戦いで、私に勝てると思わないで」
「あー、確かに相性悪いなぁ。私の能力も、結局のところ素手だし 「後ろがガラ空きですッ」 忘れてないぜ? もちろん」
テトさんとシルクさんの二人を相手に、桜花はほぼ対等に渡り合っている。テトさんの幻もシルクさんのスライムも、敵にすればかなり厄介な筈なのに。
「うっ……ぐぅぅぁっ!!」
でも、時間はあった。木材が肉と神経に擦れる感触を味わいつつも、腕に刺さった方は抜き取ることができた。あと、もう一本。
「テトラ、予知と幻声でサポートして。合わせるわ」
「了解しました、シルク様」
「ちーっと、雲行きが怪しくなってきたか?」
壁や天井に無数のスライムを伸ばし、縦横無尽に移動しては結晶を飛ばし桜花の行動範囲を狭めるシルクさん。いくらスピードとパワーが自慢の桜花でも、方向を変えられない空中にいられては攻撃をうまく当てることはできない。
さらにそこにテトさんの予知が加わるとあれば、どうしようもないだろう。
「そんなに玉を乱射して、大事な図書館がめちゃくちゃになっちまうぜ?」
「貴女の踵落としで、既に修繕は確定してるのよ。今更気にしたところで戻ってはこないし、お金を気にするほど貧乏でもないの。残念ね」
「貴女を衛兵に突き出して、修繕費を賄うこともできますが」
「ハッハッハ! できればそれは勘弁してほしい……なッ!」
三人の攻防は、未だ衰える様子はない。




