掃除を終えて会敵し 第三十一話
さらさらとホコリを取り除き、チリ一つ残さずピカピカに磨く。そうして本棚一つ一つを綺麗にすれば、後はスライムが本を元の位置に戻してくれる。
「ふぅ、終わった」
「お疲れ様です、ココさん」
「お疲れ様でした! これで明日からお仕事できますね」
「ねぇ〜、二人とも私を無視しないでよぉ」
縛られ、天井に吊るされながら話すシルクさん。あれは……いやな事件でしたね
「もうしばらく、そうやって干されていてください。自業自得です」
「どうして私だけ〜! 不公平だぁ〜!」
私は何も聞いていない。もしも今変なことを言えば、即刻縛り上げの刑に処される。
触らぬ神になんとやらと、私は一階に降りてスライム達の様子を眺めることにした。
「狼煙の伝説、白星を降らすもの、藁の怪物……。本当にいろんな本がありますねぇ」
そのうちのいくつかは読んだことあるが、まだまだ知らない本が沢山ある。休みの日を数日使って読んでみよう。
「ん? この本は……あ、ごめんすぐ返すから」
一列に並ぶスライムの中で、とある一匹が持っていた本を手に取る。本を取られたスライムが擦り寄ってきて抗議するが、一言謝り本を見る
「スライム少女? あ、これがテトさんの言ってた本か」
ペラペラとページを捲り、内容を把握していく。ある日スライムになった少女が、人間に戻るために人と関わっていく物語。
「ふむふむ」
問題を抱えた少女がスライムを親に隠して飼い初め、スライムもまた飼い主の少女を人知れず助ける。最後は少女の血を取り込んだスライムが人の姿に戻り、改めて友達になりました……と。
「へぇぇ……あぁごめんごめん。よろしくねスライムさん」
そろそろ我慢の限界に達したらしいスライムが足の先から登ってき始めたので、私は本をスライムに返す。
もっと深く読み込んでみたい。シルクさんの書いたあの本は、惹かれる不思議な魅力があった。
さて、そろそろ二人の元に戻ろうか……ーー
「おぉ、こりゃあ面白い」
「ッ!?」
私でも、シルクさんでも、テトさんのものでもない。キリエでもない、全く知らない女の声。見ればそこには、全身をこれでもかと鍛え上げている、筋肉の目立つ女性が立っていた。
「あの、すみません。今日はお店はやってないんですよ」
「あ? そうなのか? こりゃあ失敬失敬!」
そういう彼女の声は、とても逞しい。
ーー 一見すればただの筋肉質の女性。しかし何故だろう。私の体は、彼女を前にして震えている。
「目が、目が回るぅぅ〜!」
「ほらほら、反省しないといつまでも回し続けますよ」
上の二人は、まだ彼女の存在に気づいていない。
「そう身構えないでくれよ〜、まだ何もしてねぇじゃねぇか」
「失礼なことをしている自覚はあります。でも私の経験が、貴女のことを警戒しろと言ってるので」
「……へぇ? いい直感じゃねぇか。ところで、一つ質問いいか?」
「内容次第です」
彼女の目的がわからない。嫌な予感は消えないが、彼女自身から殺気のようなものは感じられない。
本当に、何が目的なんだ
「今本を運んでいるこのスライムみたいなやつ。これ、おまえの能力?」
「いいえ」
「じゃあ、二階にいる二人のどっちかか?」
「黙秘します」
「ふーん」
能力の質問に答えると、彼女はその興味をテトさん達に向ける。もうその目に、私のことは写っていない。
「今は掃除中です。土足で奥に行かれると困ります」
「邪魔すんな、私はこれの能力者に用があんだよ。おまえにはもう用はねぇ」
「ダメです」
いつも持っていた短剣は今、部屋の棚の中。二階への階段に近づこうとする彼女の先を、無手のまま塞ぐ。
「……じゃあおまえ、なんか能力を持ってんのか?」
「いいえ、何も持っていません」
「能力もなし、か。……つまんねぇ。おい! もうてめぇに用はねぇっつったんだ! どきやがれ!」
「お断りします」
深いため息の後、彼女は頭を抱え込み何かを考える。そして再度私に投げかける。
「最後にもう一度だけ言う。そこをどけ」
「お断りします」
「これ以上は、怪我じゃ済まさねぇぞ?」
「なるほど。尚更先に進めることはできませんね」
確信した。この女性を二人に会わせるのは危険だと。武器はないが、素手の戦い方も心得ている。例え彼女がどんな能力だろうと、一撃でやられることはないだろう。
「はぁ……」
再び息を吐き、彼女は構えを取る。
何が起ころうと、これ以上二人の元には行かせ ーーっ!?
「カハッッッ?!」
ーー 私がそれを認識するより先に、私の体は二階の柵を壊し、叩きつけられていた。
「ゴボッ……な、何が」
「ココさん!?」
「ココちゃん!?」
背中には柵に使われた木材が突き刺さり、衝撃で肺の中の息はすべて外に出てしまう。その際に少し吐血もした。
二人の驚く声が聞こえ、彼女の存在が二人にバレてしまった。
「どうしたのココちゃん! 一体何が」
「だから言ったんだ。これ以上は怪我じゃ済まなくなるってよ」
「っ貴女、何が目的でこのような」
「あん? 目的? あのスライムの能力者と戦いたかった。ただそれだけだ」
意識が朦朧とするも、なんとか呼吸を取り戻し気絶を免れる。だが、体はまだ動きそうになかった。
「私と、戦う? どうして」
「楽しいから」
「楽しい?」
三人の会話が、私の耳にも入ってくる。
女性は、ただ楽しいから戦いたいと言った。そんなことに、シルクさんを付き合わせるわけにはいかない。
「そんな……勝手にっ、付き合う理由はっ……ないっっ!!」
「ココちゃん!? ダメよ動いちゃ!」
「ゴホッ! ゴホッ! ……貴女の好きには、させない!」
「無理しないでココちゃん! わかったわ、私の能力でお相手します。でもその前に、貴女の名前を教えなさい!」
「私? 私は" 桜花 "ってんだ。桜の花と書いて、人生謳歌と読むってな!」
桜花。そう名乗る彼女は、私の時と同じ構えを取りシルクさんに向く。助言をしたいところだが、生憎と一撃で沈められた私には何も伝えられることはない。不甲斐ないが。
「桜花ちゃん、ね。私の名前はシルク、この図書館の主人よ。私の大切な家族を傷つけたこと、後悔しなさいっ!」
「シルク……さっきの本の作者さんか。そいつ傷つけられただけでそんなに怒るんだ? なら、吹き飛ばしたのは無駄じゃなかったかなぁ!? うしっ! どっからでもかかってこい!」
「貴女っ!」
「シルク様、ここは私にお任せください」
「テトちゃん!?」
「テト……さん」
桜花とシルクさんの間に立ち、手を伸ばして静止するテトさん。シルクさんはその様子に驚いた声を出すか、顔を覗き見てすぐに声を引っ込めた。
何故なら、テトさんの表情がいつになく冷え切っていたからだ。
「また邪魔が増えちまった。なぁ、そこをどいてくんないかなぁ? こっちはずっと待たされて、もう辛抱たんねぇんだけど?」
「貴女がシルク様と戦いたいのは理解しました。ですが、その願いをただ叶えては面白くありません。ですので、まずは微力ながら私がお相手をいたします」
「な〜かなか性格捻くれてるねぇ。酷い人って言われない?」
「自覚しております。それで、ご返答は?」
「ふーん……おまえの能力ってどんなの? 確かテトさん、とか言われてたっけ」
「テトラと申します。シルク様、ココさんの側にいてあげてください」
「テトちゃん……!」
「では僭越ながら、能力のお披露目をさせていただきます。くれぐれも、" ご自身を見失うことのなきよう "」
空気が、部屋全体の持つ雰囲気が変化する。見た目には何も変わっていないのに、肌と空気との間に、目には見えない薄い幕が張られているような。
「これは……」
「私の力、とくとご覧あれ」
テトさんの瞳は、真っ直ぐに桜花の姿を捉える。
「能力名 " 幻 " 参ります」




