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眺めて暴露 第三十話



「ふ〜ん♪ ふふ〜ふ〜ん♪」


 紐状に伸びたスライムを天井や壁に貼り付け、ブランコのように体を支えながら天井を掃除するシルクさん。


「見てる方は少し怖いですね、あれ」


「大丈夫ですよ、照明を取り付ける時などで定期的にやってますから」


「なら大丈夫……なのかな?」


 二階に並べられていた本はほとんど外に運び出され、私とテトさんは上下に分かれて拭き取っていく。私が下側なのは言うまでもなく。


「そういえば、シルクさんの書いている本ってどういうのがあるんですか?」


「色々書いてますが、確か一番多いのはファンタジー系列のものだったかと」


「やっぱり!」


「でもそのほとんどが、人間ではなく魔物に姿を変えられた主人公なんですよね。感覚がわかるから書きやすいとかなんとか」


「えぇ」


 シルクさんがファンタジー作家なことは予想通りだが、まさかその内容まで彼女の実体験に基づいて書かれていたなんて。


「もしかしたらその本の中に、スライムになった女の人の話もありそうですね。なんて」


「ありますよ」


「デスヨネー」


「一番最初に書かれた本ですからね。それが成功したから、こうしてシリーズ化したとも取れるのですが」


 流石長年に渡ってシルクさんと一緒に住んでいるテトさん。シルクさんのことに関しては誰にも負けない知識量。


「じゃあ、シルクさんの本を読んだりするんです?」


「いえ、別に」


「読まないんですか!?」


「内容から作者の考えがわかること、あるじゃないですか。なまじ著者が身内にいる分、嫌でもそういうのがわかって集中できなくて……」


「あぁ、なるほど」


 人の日記帳を見てしまった時の心境、みたいな?

 とにかくそれに近い感覚がテトさんにはあったのだろう。確かに読むことに集中できないんじゃ、読みたくなくなるよね。


「んー、ならテトさんはどういう本が好きなんですか?」


「種類で選り好みはしませんが、最近は戦闘描写の多くある作品を読みますね。やっぱりカッコいい主人公っていいじゃないですか」


「(しまった、これ長くなるやつだ)」


 話題の振り方を間違えた私は、盛り上がるテトさんの話を半分に聞きつつ一度布を濡らすためにバケツのある場所へと向かう。

 その途中、私は柵から一階の様子を覗き込んだ。スライム達はみな頑張って、一階の本を一つ一つ運び出している。なんだかそう思うと、あのプルプルとした姿も愛らしく思えてきた。


「ん?」


 ふと、視界の端に受付に集まる数匹のスライムの姿が映った。テトさんの持ち場である受付には、特に本など置いてなかったはずなのだが……


「テトさん、受付に本って置いてたりしますか?」


「えっ……え、えっと、な、なんでですか?」


「その、受付のところにスライムが数匹……」


「すみませんココさん。少し持ち場を離れます」


「え? あ、はい」


 道具を私に預け、すごい速さで一階に降りていくテトさん。あんなに取り乱されると、何かまずいことでも言ってしまったんじゃないかと不安になる。


「ん〜? 何かあったの〜?」


「シルクさん。受付の側にスライムが数匹いることをテトさんに伝えたら、猛スピードで降りていってしまって……」


「ふぅ〜ん?」


 下の異常に気づいたのか、シルクさんはスライムを伸ばして私の近くに降りてきた。今のシルクさんは劇団のそれ。


「私たちも行ってみましょうか♪」


「また怒られますよ? 前もそういって怒られてたじゃないですか。今は気にせず掃除したほうが」


「でもココちゃん。テトちゃんの秘密に、すごく興味あるんじゃない?」


「うっ……」


 テトさんがあんなに慌てる理由、気にならないかと言われれば嘘になる。


「それに、私とココちゃんは秘密を共有しあった仲なのに、テトちゃんだけ仲間外れは酷いと思わない? 私たちは秘密を話したんだから、逆に秘密を知る権利はあるはずよ!」


「お、おぉ?」


「掴まって! 一気にテトちゃんの元へ行くわよ〜♪」


 なんだかよくわからないシルクさん理論に乗せられて、私は彼女のスライムに掴まる。

 シルクさんの服はなんだかんだと触り慣れているが、このスライムはいつもの弾力に加えて、ベタベタと肌に張り付く粘着力があった。

 後で手を洗わないとな……。


「離れてくださいっ。あの、これは本じゃないですから。や、やめて」



「あれ、何かやってます?」


「ん〜? なんだろうあの紙の束」


 舞台装置のようにゆっくりと一階に降りていく私たち。その下ではテトさんがスライムを相手に、紙の束を必死に守っていた。

 どうやらスライムの本に対する認識は、纏められた紙の束だそうで。


「あっ か、返して」


 私たちが到着する直前、スライムに不意をつかれ彼女の持つ紙束が奪われた。だが紙を奪ったスライムは、それを外の敷き布には持って行かずにこちらに近づいてくる。それを目で追うテトさんは、その時初めて私たちの存在を認識した。


「シルク様っ!? ココさん!?」


「ど、どうも」


「ありがとうスライムちゃん。どれどれ〜?」


「そ、それはっ!? 見ちゃダメーーーー!」


「あっ」


 テトさんの叫び声、シルクさんの驚愕の声。罪悪感よりも好奇心が勝り、つい私も彼女の持つ紙束を覗き込んでしまった。


 紙の一番上、表紙に当たる部分には、横書きでこう書かれている。


 " 働く恋 惹かれ合う私とあなた "


「あっ」


 ーー こういう時、一体どうすればいいのだろうか。どうにかして記憶を消すべきか、それとも見なかったことにするべきか ーー


「…………して、ひと思いに」


 床に手をつき、絶望を口にするテトさんの姿。こ、これ以上は色々とダメだ。


「ご、ごめんなさいテトさん!! 私は何も見てません、見てませんよ!?」


「どれどれ〜?」


「鬼ですか貴女は!」


 尚も先を読もうとするシルクさん。その行為は鬼と言わざるおえない。

 表紙どころか内容まで把握されて、テトさんの顔は青を通り越して真っ白だ。今にも成仏してしまいそうなほどに。


「ふむふむ。同じ職場で働く先輩の女性と後輩の男との純愛ものね? 初めはお堅い先輩が後輩と関わっていくうちに段々恋に落ちていく、と」


「容赦なく先を読み始めた!?」


「もう……終わった……何もかも」


「テトさんしっかり! まだ傷は浅いですから!」


 私の腕の中で燃え尽きているテトさんと、ペラペラと何食わぬ顔で先を読み進めているシルクさん。そのまま最後のページまで読み進め、彼女が放った一言は


「面白いわっ!! テトちゃん、これ本にして売りましょうよ!」


「グフッ」


「テトさんーーーー!!」


 テトさんにトドメを刺した。


「あら? どうしたの?」


「違うんです、違うんですよシルクさん! それは、そこに書かれている内容は、本にすることが目的じゃないんですっ!」


「えぇ〜? こんなに面白いのに本にしないなんて勿体ないわよ〜」


「ダメだっ、話が通じない」


 受付に集まっていたスライム達は、シルクさんの指示で持ち場に戻っている。

 しかし私達によって致命傷を負ったテトさんの復帰は、まだ時間がかかりそうだ。


「ココさん……お願い、します……貴女だけでも……この……記憶を」


「大丈夫です! 必ずこの記憶は墓まで持っていきますから! 絶対に人に話したりしません!!」


「よかった……これで……" 消す記憶が一つだけになります "」


「「 へ? 」」


 力なく横たわっていたテトさんは、途端にふらふらと立ち上がり目の前のシルクさんに狙いを定める。その手には、いつ取ったのかもわからないハンマーが


「シ、シルクちゃん? そ、その危険なものを取り下げてほしいなぁ〜って」


「頭を差し出してください、シルク様。一発でこの件の記憶を全て消し去って差し上げます」


「いやぁぁぁぁぁぁあ!?!」

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