直して不穏 第三話
〈― 工業区 鍛冶屋 ―〉
「はいよ、頼まれてた嬢ちゃんの短剣仕上がったぜ」
「どうも」
預けていた自前の短剣を受け取り、料金を支払う。あの後無事に工業区にたどり着いた私は、途中街の人たちに声をかけ評判の良かった鍛治師の元に訪れていた。
理由は、常に身につけている護身用の短剣の調整のためだ。
「あの、芯が曲がっていたりとかしませんでしたか? この子、結構雑な使い方したりしてたんですが」
振り下ろされた剣を受け止めたり、壁に刺して足場にしたり……それはもう色々と。
毎日の手入れは欠かさなかったけれど、本職にしかわからない不具合が見つかるかもしれない。なのでこうしてその道のプロに調整を頼むのだ。
「ん? いや、特にこれといった破損はしてなかったな。むしろ、ここしばらく見ねぇくらいに手入れが行き届いてやがった。やることが少なくて張り合いねぇくらいだ」
「そうですか。よかったぁ」
街で噂されるほどの職人であるおじさんにそう言われて、少しだけ鼻の先が伸びてしまう。聞き齧った素人知識とかき集めた小道具で、剣にとって最善の手入れができていたようだ。
良かった、本当に良かった。問題は ――
「しっかしなぁ。こんなちっちぇ嬢ちゃんが帯剣してるたぁ世も末だな」
「あの、最初に言いましたけど私、これでも十八なんです。立派な大人なんです。見た目で判断しないでください」
「はっはっは! 悪りぃ悪りぃ。気を悪くしねぇでくれよ」
この街でお嬢ちゃんと呼ばれるのはこれで二回目。しかも今回は明確に私のことを子供だと思って言ってるのだ。
誰が好き好んでこんなちんちくりんな姿になるかってんだ! けっ!! ……ちくしょう。
「ま、そう気を落とすなって。まだまだ見込みは十分あるからよ」
「 切りますよ? 」
「ハッハッハ! あ、そういえばまだ嬢ちゃんの名前聞いてなかったな。これから長い付き合いになりそうだからよ、よかったら教えてくれや」
「はぁ。……”ココ ”です」
「ココか! いい名前だな!! 俺はフレッドってんだ、よろしくな!」
「よろしくです」
な~にが見込みはあるだこのやろう!
と、心の中で悪態をついておく。人生経験の差だろうか、このままこの顎髭親父につっかかっても勝てる気がしない。
「ハァ~。さて、とりあえずおふざけはこの辺にしとくとしてよ。何か他に必要なものはあるか? うちは武器屋だから、そこまで品揃え豊富ってわけにはいかねぇがよ」
「じゃあ、拡散範囲広めの煙玉を少しください。それから使い捨てでもいいので、小さめのナイフがあればそれも」
「ナイフはまぁ物を見せてからだな。わかった、ちょっと待ってな。えーと、どの棚だったかな」
フレッドと名乗った中年顎髭が店奥に消えたのを確認して、その間に受け取った短剣の刀身を眺める。鏡のような刀身は、窓から入る光を反射してキラキラと輝く。まさに出来立ての業物のような相棒の仕上がりに、流石の私も興奮せざるおえない。
「やっぱり本職の職人って凄い。私が少し手入れしただけの状態とは輝き方が違うや」
こんなに見事な職人の技を施したのが、あのフレッドだというのは少し引っかかるが。
「……。」
刀身に、相棒の姿を眺める私の瞳が映り込む。ふと、先程の舟上で見た白服のことを思い出した。
『ようこそ、水の街クエリアへ! 私は君を歓迎しよう!!』
私の自意識過剰じゃなければ、あの人は確実に私の目を見てそう言ったのだと思う。
もしかしたら、私ではなく船頭の彼女のことを見て言ったのかもしれない。そう思った私は、すぐにその事を船頭に確認した。そしたら、
『目があった? ごめんなさい、私には素顔は見えなかったわ。こう、モヤみたいなものが顔にかかってて……きっと、光の反射ね』
とのことだった。けど白服のいた場所は歓楽区側の通りで、その後ろには背の高い建物もあった。水面からの反射だとしても、有り得るのだろうか。
「んぅぅ。ん? あれ、そういえば私、彼女の名前聞いてなかった!?」
工業区に到着したとき、彼女の舟にすぐに別の客が来てしまいそのまま行ってしまったのだ。その客がこれまた凄い急いでいて、名前はおろか感謝の言葉すら言えなかった事を思い出す。
「うぉぉぉっ! 私、最低だぁぁぁっ」
「待たせたなーって……なーに相棒片手に唸り声あげてんだ嬢ちゃん。なんか俺やっちまったか?」
「感謝じでまずぅ~ほっどいでぇぇぇ」
「情緒不安定かよ。そんなんだから子供に思われるんだぜ? いい女はどっしり構えとくもんだ。後、これが今出せる一番小さいナイフだ」
ズズズっと鼻を鳴らして落ち着きを取り戻すと、カウンターに並べられたナイフを見る。長さはフレッドの人差し指とほぼ同じか少し長いくらいだろうか。やや持ち手よりも刃先の方が長いそのナイフは、持ってみるとそこそこの重さを感じる。
「耐久はどれくらい?」
「まぁメインで使うには心許ないだろうな、せいぜい一回切りつけるので手一杯だ。不意をつくか、それこそ投げナイフぐらいにしか使えない代物だ。買ってくか?」
一度の使用で壊れることが前提の正真正銘使い捨て、か。いや、元々このナイフの目的は不意打ちだから問題ない。
「二本ちょうだい」
「あいよ。煙玉二つにナイフが二つで全部で一五○○リルだ」
「はいこれ。どーも」
受け取った物品バックに入れず、腰のポーチに収める。これでここでの用事は全て終了ということになる。
「毎度あり! 今後ともうちをご贔屓になー」
「考えとくよ、顎髭おじさん」
「あ、顎髭!? バッカお前かっこいいだろうがこのひげ ――」
全部言い終える前に扉を閉めてやる。私のことをからかった罰だ けっ!
「すぅぅ、ふぅ。ひとまず諸々の問題は忘れよう。白服はともかく、彼女にはすぐに会えるはずだ、きっと」
外に出ると、潮風の吹く交易区とは打って変わって、街のあちらこちらで響く鉄を打ち付ける音。工業区というだけあって街自体の熱気は凄く、雰囲気はやや暗い。
「よしっ、行こうっ!」
私は、工業区の中心部に向かって歩き始める。特に目的地はないが、新しい場所を探りながら見て回るのも旅の醍醐味だ。
「『オラオラァァァァ!! テメェら気張て手を動かせ!! 鉄冷やしたら承知しねぇぞゴルァアア!!』」
「『ヘイっ! アニキィィィィィ!!』」
「おぉ……」
「『あ、失敗した いでェッッ!?』」
「『このバカタレが! それで何度目だい!? ちゃんと手元見て打つんだよ!!』」
「『殴るこたぁねぇだろ!? ちゃんとやってらぁ!!』」
「お、おぉ?」
なんというか、良くも悪くもエネルギーに満ち満ちた人達が多い。そして、街を行き交う人達もほとんどが筋骨隆々の男性ばっかりだ。たまに見る女性の人も、男に負けないしっかりした人を多く見る。
「うーん、私には合わない、かなぁ。鉄を打ってるところなんか、迫力ありすぎて体が萎縮しちゃう」
それでも私は、先へ先へと進んでいく。時折アクセサリー店に寄ってみたり、少し狭い脇道に入り込んでみたり。苦手なりに区画を楽しんでいく。
歩き始めて、二十分が経過した頃
「―― げるんじゃねぇ!」
「―― けて!」
「ん?」
たまたま側を通りかかった脇道の方から、何やら不穏な声が響いてくる。片方は男の厳つい声で、もう片方の声は上からかき消されててうまく聞き取れない。でも、決して良い雰囲気ではないことは確かだ。
「行ってみるか」
何もなければそれでいい。でももし、良くないことが起きているのなら放っておけないだろう。
この際、さっき買った道具類のテストもしておこうかな。