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再びと誤解と 第二十四話



 ーー 古来より、嫌な瞬間というものは意外とすぐ訪れるものである ーー


 それは、制服を一新し数日が過ぎた日の夕暮れ時のこと。お客が少なくなり私が受付の側まで来ると


「あっ! いらっしゃいま……せ」


「……ココ」


 キリエは、まるで見計らったようなタイミングで入り口にその姿を表した。


「き、キリエちゃん? その、久しぶり ーー」


「なんで呼び捨てじゃないのよ、馬鹿っ」


「ぎゅむ!?」


 キリエに震えた声で馬鹿と言われ、罪悪感からすぐに謝罪しようとしたもうその時には、彼女の豊満な胸の中に顔が埋まっていた。


「心配したんだからっ、私」


「も、もごごごご(ご、ごめんなさい)」


「でも、よかったっ。私のせいで何も無くなって、もう二度と会えなくなるかもってっ!」


「もごご、むぐぐぐぐー!(ごめん、一旦離して!)」


 キリエに思いっきり抱きしめられるのは、柔らかくていい匂いがしてはっきり言って最高なんだけれど、今は場所が悪い。

 なんとか脱出したいのに、キリエの抱きつく力はとても強く振り解けない。


「お取り込みのところ失礼します」


 すると、私の異常を察してくれたテトさんが、助け舟を出してくれた。


「そこにいては他のお客様の邪魔になります。三階にお部屋がございますので、そちらに移動しましょう」


「あっ ご、ごめんなさい。私、ココを見た時から我を忘れて」


「詳しい事情はお聞きしません。ココ、お客様をご案内して差し上げてください」


「ぷはっ。あ、ありがとうございますテトさん。了解です」


 テトさんのおかげで、生命の危機から脱出できた私は感謝を伝えた。その言葉に対しテトさんは目配せのみで返してくれた。

 三階に登った後使ってもいい空き部屋がわからなかったので、消去法で私の部屋に彼女を招き入れる。


「あの、ここ、私の部屋。お店の人のご厚意で使わせてもらってるの」


「お邪魔します」


 体がガチガチと震えて、上手く言葉が出ない。今の私は、完全に人見知りの人間だった。

 一方のキリエはというと、とても落ち着いてる。私の部屋と聞いた時は一瞬部屋を見回したものの、すぐに目線を私の方に戻した。


 扉を閉めて床に正座し、キリエと向き合う。


「い、一ヶ月ぶりだねキリエ。孤児院の方はどう? ミオちゃんやこよみさんは元気にしてる?」


「えぇ、おかげさまで前と変わらない生活をしているわ。お店の収入も安定してきて、なんとか借金せずに回ってる」


「そ、そう。それはよかった」


「ミオもこよみも会いたがってるわ。次いつ会えるのかって、いつも私に聞いてくるの」


「あはは、それはミオちゃんに悪いことを」


「その度に私は言ったわ。『私も会いたい』って」


「っ……」


「ねぇ、どうして私たちの前からいなくなったの? こよみとの話が終わってみれば、貴女はもう何処にもいなかったっ」


 少しずつキリエの言葉は、早く、強くなっていく。私はそれを、ただ沈黙して聞いた。


「私のせいで、貴女は大事な物を全て売ってしまったっ! 服も、道具も、何もかも! 貴女がいなくなった後、私は何度後悔したかっ!」


「……」


「ココ、理由を教えて! どうして私たちの前からいなくなったのっ!? どうしてっ……私の前からいなくなったのよぉぉ!」


 もう一度訪れる、頭部への圧迫感。私は再び、彼女の腕の中に収まった。キリエは、か細い声で何かを呟きながら私を抱きしめている。

 彼女の話す内容は、全て事実である。私が無駄な意地を張ったせいで、それこそ無駄な心配をかけてしまった。私の意地は、彼女に迷惑をかけたくないがために、張ったもののはずなのに。


「ごめんね……」


「また会えてっ、本当によかったっっ ちゃんと生きてる貴女に会えてっ、よかったっ!!」


 背中を叩いて、彼女が泣き止むまでの間一切の抵抗をやめた。どんなに行き苦しかろうが、私はキリエの行動をすべて受け入れた。

 やがて徐々に声に落ち着きが出始め、彼女の体の震えがおさまり出した頃、キリエは私を放して座り直した。黄色い瞳のその周りは、少しばかり赤い。


「ごめんなさい、突然現れて抱きしめたりして。私、貴女に迷惑かけてばっかりね」


「大丈夫だよ。私の方こそ、無駄に心配ばかりかけてごめんね」


「……ココ、正直に答えて欲しいの。どうして私たちに何も言わず姿を消したのか。この家に拾われるまでに、何があったか。全部」


「えっ!? ……えっと、言わなきゃ、ダメ?」


「私は貴女に、知られたくない秘密や過去も全て話したわ。友達が少ないとか、夜に隠れて一人でご飯を食べてるとか」


「い、言われてみれば」


「でも、私は貴女のことを何も知らない。何か悩みがあるなら教えて欲しいし、辛いことがあるなら助けてあげたい」


「うっ……」


 キリエが眩しすぎて、先程から胸に突き刺さる痛みが尋常ではない。彼女の意思は本物であるし、だからこそ自分がどれだけ酷い存在なのかをより強く自覚してしまう。


「助けてもらった恩返しももちろんしたいわ。けど、これはそんな貸し借りの話じゃないの。損得なんて関係なく、私は貴女の全てを受け入れたい。だって、友達だもの」


「うぅぅぅぅっ」


 痛いっ、胸がっ! 心がっ!! キリエの語るその言葉は全て、読んで字の如く"殺し文句"だろうっ。これを善意百パーセントで言うのだから余計タチが悪いっ!

 こよみさんといい、本当に二人は似た物同士なんだっ


「だからお願い、話して」


「うぅぅ……わ、わかった。少し長くなるからね?」


 私はそう前置きをしてから、キリエにその後起こった内容を包み隠さず伝えた。

・一日走り回って疲れていたこと

・小岩の陰で仮眠をとっていたこと

・楽な姿勢になろうとして裏の坂道を転げ落ちて一晩明かしたこと

・朝起きて邪魔しちゃ悪いと思い一人その場を離れたこと

・お腹が限界に達してて、今の家主にご飯を食べさせてもらったこと

・ここで働きながら住まわせてもらってること


 今自分で言ってて、何馬鹿なことしてるんだという感想しか出てこない。

 つくづく自分の行動に呆れてしまう私。それに対して、話を聞いていたキリエの顔は、三つ目を話し始めたあたりでそれはもう見事に真っ青になっていた。


「そんなっ。わ、私、なんてことをっ」


「いやあの、何も気にしなくていいからねー? 悪いのは私なんだから、ね?」


「周りをよく探しもせず、まさか貴女を一人外に放り出していたなんてっ! それなのに私、貴女に当たって」


「わぁぁーー! それ以上考えるのなし! だから言いたくなかったんだよぉぉー!!」


 嫌な予感はしていたが、やはりキリエはそのことを重く受け止めてしまったらしい。どうしようこれ、キリエとの意見の落とし所が見つからないぞこれ。


「これはもう、謝るだけでは済まないわね」


 そして、キリエは何を思ったのか。突然真っ青な表情を普段通りに戻し、何かを決意した瞳で私の顔を見た。変わり身が早すぎるってもんじゃないよね


「ココ、私と一緒に暮らしましょう」


「どうしていきなり告白みたいな感じに!?」


「さっきも言ったけど、私のお店はそこそこ儲かっているの。常連のお客様もいる場所で話すことではないけれど、おかげでお金にも少し余裕ができたのよ」


「それはよかった、ね? でも、それとさっきの告白にどんな繋がりが」


「今までずっと借金のことばかりで、欲しいものなんて何一つなかったの。でも今は違う。ココ、私は貴女が欲しい。そのためなら私、もっともっと頑張るわ。そして一生、貴女を養ってあげる」


「話がとんでもない方向に飛躍していらっしゃる!? お、落ち着いてキリエ! 正気じゃないよそんなの!」


「私は正気よ」


 やっぱりキリエにあの話はするべきじゃなかった。友達の涙に押されてしまった私も悪いが、まさかこんな風になるなんて想像もつかなかった。というか想像できるかぁぁあ!


 と、思わず叫びそうになった私の前で、私の部屋の扉が勢いよく開き……


「ちょっと待ったーー! ココちゃんは私のものよーー!」


 シルクさんがいつものプルプルの服に身を包み、同じくプルプルの手でそこに立っていた。


 もう私、投げ出してもいいですか…?

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