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それからと問題と 第二十三話


 シルクさんのご好意に甘え、テトラさんに教えを乞いながら働いて、ひと月が経過した。テトさんの言っていた本の仕入れ対応も経験し、ある程度は様になってきた頃だと思う。


「あ、ようこそー!」


「こんにちは、今日もお邪魔するよ」


「いつもありがとうございます! ゆっくりしていってくださいね」


「ココちゃん、こんにちは。今日も可愛いねぇ」


「えぇそんなぁ♪ 奥様もお美しいですよ〜♪」


「ありがとうねぇ。まるで娘が一人増えたみたいだわ。またよろしくねぇ」


「任せてくださいっ!」


 私に話しかけてくれる常連さんも増えて、お店への貢献度も上々。初めて私のことを見るお客さんは一様に私のことを子供扱いするけど、きちんと説明すれば対応を変えてくれるいい人たちだ。お菓子というなの差し入れは、いつもありがたく頂いているけれど。


「ふふっ、すっかりココちゃんもお店の一員ね〜♪ さしずめうちの看板娘ってところかしら?」


「ココさんが子供扱いされたくないの、知ってて言ってますよね? まったく、これだからシルク様はココさんに嫌われるんですよ」


「嫌われてないも〜ん、ココちゃん私がヨシヨシするといつも笑ってくれるんだから」


「苦笑してるだけでは?」


「あらあら? じゃあそういうテトちゃんはどうなのかな〜? たまにココちゃんにお菓子あげてるところを見るんだけどな〜?」


「私は先輩として、可愛い後輩を労っているだけです。決して、クッキーひとつで大喜びするココさんが可愛いなんて思ってませんとも」


 全部本人に丸聞こえなんだけど、多分あの二人はそれがわかってて言ってるんだろう。

 このひと月の間に、私は二人との仲をさらに深めることができた、と思う。シルクさんのボディータッチはさらに多くなったし、テトさんにはよくご褒美にと手作りのお菓子を貰う。


「わかるわぁ。ココちゃんって、どうも可愛がりたくなるのよねぇ♪」


「良い反応を返してくれますからね。施しがいがあります」


 シルクさんのは完全に子供に対する対応だし、テトさんは毎晩キッチンに立って 「負けられないっ」 って、呪詛を呟きながら試行錯誤してるのを知ってるから、なんとも言えない気持ちになるが。

 そう言えば、最近はお仕事に加えて朝昼晩のご飯も私が作らせてもらっていたりする。


 それにしても、


「せめてお客様のいないところで話してくれませんか!? 流石に恥ずかしいです!」


「あらっ、聞こえちゃってた? ごめんなさ〜い♪」


「すみません」


 ぷくぅっと、少しわざとらしく頬を膨らませて不満アピールをすれば、二人は形ばかりの謝罪をしてくる。それを見てもう知らんっ! 的な感じで仕事に戻るのがここ最近の日課。


「この本はここでよし、と」


「ごめんねココちゃん、この本が欲しいんだけど」


「あ、この本ですね? こっちですよー」


「ココちゃんはもう全部覚えちゃったの? いいわねぇ若いって」


 特にトラブルもなく、順調に生活できている。しかし、全てが順調だったかと言われるとそうではない。私はまだ、シルクさんに関わる仕事の一切を任されていないのだ。

 仲が良いことと信用されることは別問題だと思い直し、私はより気を引き締めて仕事に集中した。


 それからお店が閉店の時間になり、いつも通りに中の掃除を済ませたところで、シルクさんからお呼び出しが掛かる。


「シルクさん、伝えたいこととはなんでしょうか。あれ? テトさん?」


「今日もお仕事お疲れ様〜。このひと月、本当によく頑張ってくれたわね。よしよし〜♪」


「今日はココさんの仕事始めから、ちょうどひと月が経過しました。そこで私とシルク様から、貴女に渡すものがあります」


「あ、ありがとうございます。……渡すもの?」


 詳細を知らない私が首を傾げれば、シルクさんとテトさんはお互い顔を合わせて頷き合う。そして二人同時に背中に隠していた何かを前に持ってくると、私にそっと手渡した。


 シルクさんは、袋一杯に入れられた硬貨を。

 テトさんは、彼女の制服と同じデザインの制服を。


「これって……」


「じゃじゃ〜ん♪ お給料〜♪ 正真正銘、ココちゃんが一杯頑張って稼いだお給料よ。受け取って? これから毎月、こうして袋で手渡すからね」


「そしてこれが、完成した貴女専用の制服です。もう少し早くお届けできる予定だったのですが、依頼先に事情を説明した際、なぜか店主の方がもの凄くやる気になられて……」


「やる気を?」


 テトさんから制服を預かり、遅くなってしまった理由を聞く。でも、意味はよくわからなかった。

 サイズは違うが、デザインは間違いなくテトさんと同じもの。それなのにやる気になる、とは?


「私もテトちゃんについていったんだけどね〜? 個人的に彼女がお世話になっている店っていうのも気になったし〜? でも表通りの店じゃなかったことは、少し驚いちゃった」


「いいではないですか。私こう見えても、隠れた名店というものに憧れがあるんです。私しか知らない一流の店。かっこいいと思いませんか?」


「その気持ちわかります! 人目につかない場所にある名店っていいですよねぇ。私もそういうの探すの好きです!」


「ココさんならそう言ってくれると思ってましたっ」


 私とテトさんの間に、言葉では表せない何か繋がりのようなもの感じた。シルクさんは、いまいちピンと来てないみたいだが


「うーん、ごめんなさい。私にはよくわからない世界みたい。……こほん。テトちゃん、続きを話してあげて」


「そ、そうですね。ココさん、この話はまた後ほど」


「はい!」


「それでですね。シルク様を連れてお店に行き、私の制服と同じものを作ってもらうよう依頼しにいったわけです。店主の方は疲れていらっしゃいましたが、依頼は受けていただけました」


「それでね〜? 店主さんが急変したのはここからなのよ。服のサイズやら何やらを事細かく説明してるうちに、見違えるくらい目の色が変わっていって」



 ……ん? 表通りじゃない、隠れた名店?



「内容を伝え終わったら、急にココちゃんの名前とか特徴を聞いてくるんだもの。びっくりしちゃった。あ、ちゃんとココちゃんの名前は隠しておいたから、安心していいわよ♪」



 ……私の特徴を、聞いてきた?



「よくその店は利用しますが、あのような店主の姿は初めて見ました。理由を聞けば、"いなくなった私の大切な人に似ている"と」



 ……いなくなった、大切な人ッ!?



「も、もしかしてその人って」


「あら? もしかして知り合いなの? ん〜じゃあ伝えても問題なかったかしらね? 凄く取り乱してたし、悪いことしちゃった」


「大丈夫ですよシルク様。そのために店主の方をお誘いして、こちらの場所まで伝えたのですから」



 場所を、伝えた!?



「ご、ごめんなさいテトさん! そのお店の店主さんって、癖のある長い黒髪に黄色い目をしてたり……」


「? えぇ、まさにその通りですよ。本当にお知り合いの方だったんですか?」


 キリエだぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?!?


「え、えっと……知り合いといいますか、ここに来る前にお世話になった友達といいますか……」


「あれほどの技術を持った方とご友人だったなんてっ。ぜひこちらにいらっしゃった時には、私のことを紹介していただきたくっ」


「こらこらテトちゃん、ココちゃんが困ってるわよ?」


「ハッ。か、重ね重ね失礼を」


 この生活が充実しすぎて、顔を見せにいくことをすっかり忘れていた。しかもキリエは今度、ここに来るという。

 どうしよう……怒られる? これで二回目だよ私キリエに怒られるの。怖いなぁ、会いたいけど会いたくないなぁ。



 私の頭の中に、既にお給料と新制服のことはなかった。明日からは、いつキリエが来店するのか、仕事中ビクビクする毎日が決定したのである。

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