就職と出会いと 第二十話
お腹が満たされ、支払いを任せたことを心苦しく思いながらも食事処を後にする。
何故かシルクさんのぷにぷにの手に引かれ、私のこれからの仕事場に近づいていく。
「ここよ〜?」
「ここ、ですか。……あれ? 図書館?」
買い物についていく子供のように身を任せていれば、彼女は目の前の建物を指差して私にわかるように説明する。だが、彼女の向ける指先には見覚えがあった。
それも当然のこと。彼女が私を連れてきた場所は、昨日立ち寄ったばかりの図書館だったのだ。
「ここ、私昨日来ました……」
「そうなの? えぇ〜昨日顔を見せればよかったわ〜」
「おかえりなさいませ、シルク様」
先ほどまでのニコニコとしていたシルクさんの表情が、一瞬にして凍りつく。
図書館の中から姿を見せたのは、黒のスーツに身を包んだいかにも仕事が出来そうな短髪の女性。表情のない顔をこちらに向けて、シルクさんにそう言った。
「て、テトちゃん!?」
「どうかしましたか、シルク様。何か私の顔についていますか?」
「えっえっと、いやぁ〜? なんでもないのよぉ? なんでも」
「そうですか。ところでシルク様…… 私に何か、言わなければならないことがあるのではありませんか? 」
「ヒッ!?!」
私に向けられたものではないはずなのに、ここだけ極寒のようにひんやりとしている。
あれ、そういえば……。
「ち、違うのよテトちゃん! これには深ぁいわけがあって、ね?」
「そうですか、深い理由ですか。それは是非とも聞きたいところですね。 私に何も言わずに 朝から姿を消して お仕事の直前に帰ってきた その深い理由とやらを」
「ご、ごめんなさぃぃい!」
シルクさんに何も言わせず一方的に完封してしまったこの女性。やはり昨日、受付に立っていたあの人だ。
シルクさんは彼女のことをテトラさんと呼んでいたけれど、この方がこの図書館のもう一人の従業員らしい。
「……ハァ、今日は開店を遅らせました。早くお部屋に戻って、不調がないか調べます。いいですね?」
「心配なのぉ? 気にしなくてもへっちゃらよ〜♪ どこもヒリヒリしてないから ーー」
「い い で す ね ?」
「ひぅっ。はぁい」
マイペースな主人と苦労人な司書さん?
ため息を吐く姿がすごい様になっているというか、似合いすぎていると言うか。昨日読んだ本にもこんな感じの作品があったことを思い出す。
……でもそろそろ、このひんやりとした空気を止めて欲しい。さっきから背筋がひんやりしていて鳥肌が凄い。絶対に怒らせたくないタイプの人だこれ!
「それでシルク様。先ほどから手を引いてるその子は、一体どうしたのですか」
「むふふ〜、やっぱりテトちゃんも気になるぅ〜? 気になるわよねぇ〜?」
「なんですか、そこまで勿体ぶる必要ありますか」
「じゃ〜ん! 今日から一緒に住む新しい従業員よぉ〜♪ 人手が欲しいって、テトちゃんも言ってたでしょう? ココちゃん、この子が話してたこの家の唯一の従業員、テトラちゃんよ! テトって呼んであげてね?」
「よ、よろしくお願いします。私はココって言います! ところでシルクさん、なんで私を抱えて……?」
私の腕の間に手を差し込み、ぷらーんと持ち上げた私を見せつけるシルクさん。そしてまた眉間を抑えるテトさん。当事者が言うのもなんだけれど、ご迷惑をおかけしますテトさん……。
「だからそう言うことは事前に……いえ、もう今更ですね。私はテトラと申します。テトと呼んでいただければ幸いです」
「あの、すいません。ついさっき雇われたばかりで」
「この人の奇行には慣れましたので、問題ありません。あなたも此処で働くなら、早めに慣れた方がいいですよ」
「が、頑張りますっ!」
「テトちゃぁぁん」
地面に無事に下ろしてもらったところで、改めてテトさんと向き直る。短めに整えられた黒髪やしわ一つないスーツは、これこそ本屋にいる司書さんというイメージ。ただやはりスタイルはいいので、私の頭がちょうど彼女の胸の位置にある。
「……女性?」
「? はい、そうですよ? 男だと思いました?」
「これは失礼しました。いえ、シルク様が雇った相手とのことでしたので、女性というのは理解できるのですが」
テトさんは私から目線を外し、後ろで腕を組み後方母親面をするシルクさんに目を向ける。
「確か、次に雇うのは男性希望という話では?」
「だってぇ、力自慢の女の子ってそうそういないじゃない? 後、雇いたいって言ったのは"男性"じゃなくて"男みたいな女の人"よぉ〜?」
「そんな人いませんよ。新人類の人が来たらどうするつもりだったんですか」
「その時は、丁重におかえりいただくわ〜」
[悲報]私、女の子としてみられてなかった。
え、なにこれ。普通に泣きそう
「あっ……た、大変申し訳ありませんでした。私としたことが、女性である貴女に対して失礼なことを」
「ご、ごめんなさいココちゃん! 貴女はとっても可愛いわよ〜?」
「イエ、ゼンゼン、キニシテマセン。チカラシゴトハ、マカセテクダサイ」
ほんとに気にしないつもりだったんだけど、いざ言葉に出した瞬間目元が潤んだ。
ちくしょう。身長低くて髪短くて胸がないことくらい承知してるのに、女の子っぽくないことくらい知ってるのに……うぅ。
「さ、さぁ! 早速ココちゃんをお部屋に案内してあげないとね! 色々と説明しなきゃいけないこともあるから!」
「本当に申し訳ございません。この埋め合わせは必ずいたします」
話題を変えるシルクさんと、未だ気にしてくれているテトさん。個人的にはシルクさんみたいにすぐに忘れてくれるとありがたいのだけど、テトさんはこういうところも真面目な人だった。
二人の後に続いて、二回目の図書館の中を歩く。床や階段をはじめ建物全体が木でできた落ち着きのある雰囲気。
一階は、沢山の机と椅子が並べられていて、壁際に本棚が立つ作り。
二階は、一つ一つの段差が低い階段を使って上がり、読むためのスペースもそこそこに沢山の本棚が所狭しと並んでいる。
そこからちょっと進んで小さな階段を登った先が、シルクさんとテトさんの生活スペースのようだった。
「さてココちゃん、この部屋が貴女が今日から住むお部屋ね? 中にあるベットと本棚は自由に使ってもらって大丈夫だし、希望があれば家具を増やしたり小物を置いてもいいわ」
「浴室は一階に、食事は一日三回になります。一応共有スペースはありますが、私たちは仕事の関係で部屋や仕事場で食べることが多いのでご自由にどうぞ。食材は事前に知らされていない限り、後で報告していただければ取り扱いは自由です」
「あ、ありがとうございます。……一応お話には聞いてましたが、本当にいいんでしょうか? こんなにいいところに住まわせてもらっても」
百聞は一見にしかずと言うように、実際目の当たりにしてみると、あまりの条件の良さに逆に不安になってくる。だがシルクさんもテトさんも、優しげな顔を見せるだけ。
「私を信じてよかったでしょ〜? これからよろしくね? ココちゃん」
「その分お仕事は大変……いえ、正確にはシルク様のお相手は苦労しますから、一緒に頑張りましょう」
「はいっ!」
シルクさんはもとより、テトさんもいい人そうでよかった。怒らせるのは怖いから、行動には今までより気をつけないと。
「それじゃあココちゃん! 他のお部屋も一緒に見て回りましょ〜♪」
「シ ル ク 様 ?」
「ひぅっ……! わ、わかったわよぅ」
「ココさん、申し訳ありませんがしばらくこの部屋でお待ちください。さぁシルク様、行きますよ」
「ココちゃぁ〜ん!」




