救いの女神とこれからと 第十九話
「あむっ! はむっ! モグッ! んん〜〜♪♪」
「ふふっ、いい食べっぷりねぇ♪」
テーブルに所狭しと並べられた料理の数々。遠慮しなければ、という理性が生きていたのは最初のみ。一口料理を口にした瞬間、私の手は次から次へと伸びていった。
「すごいわぁ〜。まだまだ沢山あるからねぇ〜♪」
「はっ、はい!」
次から次へと手が伸びる。焼き飯に鉄板焼き、パスタに肉詰め、フルーツの盛り合わせ。とにかくお腹を満たそうと私の本能的な部分が体を動かす。
食べ進めること数十分。ようやく手の進みを抑えられるようになったのは、皿が五〜六枚ほど積み上げられた時だった。
「ふぅ〜♪……ハッ!? ご、ごめんなさい! あの、つい手が止まらなくて……お金、大丈夫ですか?」
「大丈夫よぉ〜? これでも私いっぱい稼いでるんだからっ! そんなに幸せそうに食べてくれて私も嬉しいわぁ〜♪」
「そ、そうですか?」
まだ手をつけたことのない料理はいくつかある。が、そういえばと思い彼女の手元を見てみれば、未だ一つの皿にも手をつけていない様子。
「あ、あの。食べないんですか……?」
「心配してくれてるのぉ? ふふっ、ありがとう。でもごめんなさいね。私、お外ではご飯食べられないの」
「食べられない……へっ!? え、あの、ご、ごめんなさい! 私っ、知らなくて、その」
「優しいのねぇ、今時珍しいくらい。気にせずほ〜ら、いっぱい食べなさい♪」
「……はい」
事情を知ってしまった以上、さっきよりも手を進む速さはさっきよりも落ちてしまう。
だが、彼女はそれでもニコニコとこちらを見ては「凄いわぁ」とか「頑張れぇ」と優しく声をかけてくれて、私は背中を押してもらった気分で残っていた料理もすぐに完食した。
「はふぅ〜♪ ごちそうさまでした。私、凄く満足です」
「よかったわぁ。顔色もだいぶ良くなったみたいね? でも、あんまり無理しちゃダメよ?」
「ご迷惑をおかけしました……」
「うんっ! 反省できてえらいえらい♪」
よしよし〜。と、相変わらずゼリーのような感触の手で私を撫でる彼女。
「貴女、おうちはどこ? よかったら私、送っていくわよ〜?」
「い、家……ですか?」
彼女の言葉に、私は言葉を詰まらせる。お腹が満たされたことですっかり忘れていたが、今の私は無一文の家なし少女。お腹が満たされて次に私がやるべきなのは、収入源の確保と衣食住の用意。だから
「家は……ない……です」
家はどこという彼女の質問には、ないと言わざるを得ない。事実をはっきりと伝え彼女の顔を見れば、目を丸くして固まっており、先ほどまでのニコニコとした表情は見る影もない。
「おうち……ないの?」
「はい。服は今のところこれだけですし、その……言いにくいんですが、お金も今は持ってなくて」
「……」
「ひ、拾ったお金も、本当はご飯を買うために黙っていようと思ったんです。……酷いやつ、ですよね」
好き勝手に食べておいての金なし発言は、見繕うことのできないクズ人間である。事実そのままを正直に伝えれば、彼女はその表情を再び優しいものへと変えた。
……優しい?
「そう。……貴女は沢山、頑張ってきたのね」
プルプルの両手を私の頬に這わせ、彼女は何処までも慈しむような表情で私の顔を見ている。
おかしい。私のやろうとしたことは、決して彼女が笑顔になるようなことでは無いのに。
「あ、あの。怒らないんですか?」
「どうして?」
「お、お金のこととか。黙って自分のものにしようとした、こととか」
「でも、貴女は私に返してくれたでしょ? ちゃんと隠さず、正直に私に話してくれた。貴女はとっても良い子よ?」
「で、でも……私……」
「最近はね? この辺りの治安もあまりいいとは言えないのよ。お金を落としたら、それはもう無いものとして考えるくらいね」
「……」
「だからね、お金が戻ってきた時は正直驚いたわ〜。 しかも届けてくれた子が、とても辛そうな顔をしてたんだもの」
すりすり、なでなで、ぷにぷに。
両手で私の顔を弄りながら、彼女は私に、親が子を諭すように語りかける。
いろんな意味で、くすぐったい。
「そう……そういうことだったのね」
「……その、ごめんなさいでした」
「気にしないでいいのよ〜? 謝るってことは、黙ることより難しいことだもの。そう、おうちがないのね」
彼女は私の顔を弄る手を止めて、目を閉じる。そして何事かを考えたのちに、再びその両目で私を見つめた。
「ねぇ? よかったら、私のおうちにこない?」
「えっ」
彼女の口にしたそれは、私にとっても都合の良い話だった。街に詳しくなく、さらに行く宛もない私にとって、なんとも美味しい話ではある。
「で、でも、ご迷惑じゃ」
「私のお家はね? 農業区の中でも上から数えたほうが早いくらい大きなお家なの。でも、そこで働いてるのは私ともう一人の子だけでね? そろそろ人手が欲しいって、考えてたところなのよ」
「でも……」
「三食個室付きで、時給千リル支払うわ。中の設備は自由に使っていいし、そこまで忙しい仕事もない。どうかしら?」
……正直、悩んでいる。彼女の話す条件だけ見れば、特に技能もなければ身元もわからない人間に対して、これは破格の条件だとは思う。
しかしだからこそ解せない。彼女がこんな条件を出して私を働かせたとして、大きなメリットがあるとは思えない。
「もしかして、疑ってる?」
「……少しだけ、思ってます。だって、あまりにも条件が良すぎますし、こんな誰かも分からない人間を雇うのって、正直危険すぎます」
「む〜ん、疑い深いのねっ じゃあ、私が貴女を雇いたい本当の理由を話すわね?」
「お願いします」
姿勢を整え、彼女は真剣な表情を作る。
「私ね? これでも人を見る目はあると思ってるのよ。私のプライベートに関わる以上、信用できない人を雇うわけにはいかないわ」
「私、その時点で不適切だと思いますが」
「ここだけね? そして、私は諸事情で、あまり男性を雇いたくないの。もう一人の子も女性だし、単純に肩身が狭いっていうのもあるわ。でもたまに思うのよ、力仕事のできる人が欲しいって」
「もしかして、さっき私を弄っていたのって」
「何も言わずにごめんなさいね? さっき触って見てわかったんだけど。貴女、結構からだ鍛えてるじゃない? まずそれが貴女が欲しい一つ目の理由」
妙にじっくり触ってくるかと思ったら、まさか触診されていたなんて。しかしこれが一つ目ということは、まだいくつか理由があるのだろうか
「二つ目は、貴女がとても良い子だから。正直に話してくれるし、貴女が自分のことよりも他人を優先する優しい性格だってこともわかってるから」
「そんな……私はただ」
「自分の良いところは、自分では意外とわからないものよ? そして、最後に三つ目の理由」
「……」
「具体的には話せないけど、なんとなく貴女の顔を見て思ったわ。貴女と関わることが、私にとって良いことになるって」
三つ目の理由はさておくとして、前者二つの理由を考える。
この人って信用に足る人間かどうか、力仕事ができるのか否か。
二つ目はともかく、一つ目に関しては自信がない。今朝の状況から見て、究極的に追い詰められてしまえば、私はきっと彼女を騙してしまう気がする。
「あ、朝の件はノーカウントよ? あんなになるまで思い詰める必要はないわ」
「なんでわかったんですか!?」
「ふふっ、顔に書いてあるもの。わかりやすいのねぇ?」
そんなに顔に出やすいだろうか? いや、この場合だと逆にその方がいいのか。口で黙っていても顔に出る方が、彼女にとっては都合が良い。
提示された条件と彼女の話す理由を自分と照らし合わせて、私は答えを出す。
私の選択は……
「その、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、これからよろしくお願いします」
「ふふっ、そう言ってくれると思ったわ。それじゃあ初めてのお仕事ってことで、お互いに自己紹介しましょうか♪」
「わかりました。私の名前はこころ、年齢は十八です。ココと呼んでください」
「ありがとう、ココちゃん♪ 私の名前はシルクっていうの、年齢は貴女と同じ、十八よ。これからよろしくね?」
「よろしくお願いします、シルクさん。……え? 同い年!?」
「ふふっ、私も驚いたわ〜」
結局、私は彼女の元にお世話になることにした。先のことはわからないが。全力でご期待に添える働きをしよう!
「貴女の手、小さくて可愛いのねぇ」
……それと、もう触診は良くないです? そんなに私の手をぷにぷにしなくても。