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捨てられる神拾う神 第十八話




「ん……んんぁ……」



 ぴよぴよと頭上で鳴く小鳥達のさえずりに起こされ、私は静かに体を持ち上げた。


「ふぁぁ。もう朝かぁ……朝ァッ!?!」


 その事実に気づいたとき、私は思わず叫んでしまった。昨日の夜は確か、キリエやこよみさんの邪魔をしないように男達を全員檻の中にぶちこんで……。

それから、眠気の限界にきて仮眠しようと近くにあった小岩の影で眠って……


「まさかの私、外で爆睡パターンですか。……というかここ……どこ……?」


 見渡す限り緑緑また緑。私が今座っている場所の周囲は、大きな樹木が数本に小さな植物が囲んでいる。


「よっとぉぉおぅっ!? いったたぁ……」


 意識がはっきりとし始めると同時に、体を何かにぶつけたような鈍痛が襲う。少しだけ地面が斜めになっているところから察するに、多分孤児院の周辺であることには間違いない。いや、そうでなければ私はいつ移動したというのか。


「いたたぁ、これはしばらく続くよなぁ……はぁ。ん?」


 特に痛む頭と左腕を支えながら斜面を登った先には、綺麗に生え揃った植物のすぐ側に昨日寄りかかった記憶のある小岩があった。

 昨日仮眠と称して熟睡してしまった私は、姿勢を楽にしようと体を横にした瞬間にさっきの場所まで転げ落ちてしまったらしい。


「ははは……やっちまったぜ☆」


 と、自分に対し自分で突っ込むという誰得の漫才をしてみたものの、一度冷静になって自分が今なにをするべきかを考える。


「常識的に考えて、まずは孤児院に行くべきではある。後処理を手伝えなかったことの謝罪とか色々しなきゃいけないし、しばらくお世話になりたい気持ちもある……でもなぁ」


 今自分が一番欲しているのは、第一に住む場所、第二に一定量のリル。

 おじいさんもキリエも優しいし、多分相談すればしばらく泊めてくれるだろうことは容易に想像できる。


「それはなんか、恩の押し付けみたいでやだなぁ」


 私は恩を売りたかったのではなく、キリエちゃん達に笑っていて欲しいから協力したのだ。後先考えない行動だったのは否定しないけれど、それを理由に尻拭いをさせるのは違う。

 断りづらいことをお願いしたくない。

 でもそれはそれとして、衣食住の問題は大至急解決すべきことだ。


「信念を取るか、安心を取るか……。うーーーん!!」


 首を傾げ、建物を眺めながら少しの間考える。

 目の前の問題がやっと解決して、孤児院は今日から変わり始めるだろう。キリエとこよみさんの友情も前より深いものになっただろうし、忙しくなりそうなあの家に新たな問題の種を放り込むのは……。


 考えに考えて、私が出した答えは……



ーーーーーー

ーーーー

ーー

……




 わいわいガヤガヤ。街は朝早くだというのに沢山の人で溢れかえっていた。


「……はぁ」


 私が悩みに悩み取った答えは、信念を優先することだった。元はと言えば物を売ったのは私の自業自得で、あの場所を当てにするのは違うだろうと考えたわけだ。私はこの答えに、後悔はないっ! 嘘。実はほんの少しだけある。


「お腹……減った」


 昨日の昼から何も食べていない。しかも最後に食べたのが孤児院での朝食だったせいで、それを思い出しては頭を振って忘れること既に数十回。

 服はサバイバルで培ったスキルで一着あればしばらくは大丈夫。家も野宿の経験はあるし、何も羽織るものがないことを除けば問題はない。


問題なのは……


「『安いよ安いよー! 炭火で焼いた鳥の肉だよー!』」

「『採れたて一番野菜のサンドイッチだよ! 朝食にどうだいー!』」


「美味しそう……」


 何も入っていない胃袋に直接響いてくる、この香り。他はいくらでも我慢のしようはあるが、この匂いだけは如何ともし難い。


「あうっ。……ダメだ、ここは誘惑が多すぎるぅぅ」


 この街にいては、食欲という名の悪魔に負けてしまう。

 背に腹は変えられないし、街を出て野生動物でも探しに行こうか。見た目はともかくヘビかカエルでもいれば……



\チャリン/ \チャリン/


「へあっ」


 危うく思考が原住民になりかけたその時、お腹を押さえて頭を下げる私の足元に、二枚の硬貨が落ちてきた。


 この時の私は、体の痛みとあまりの空腹具合に頭がおかしくなっていたのだろう。

 目の前に落ちてきたこの硬貨が、まるで私に使って欲しいと言ってるように聞こえたのだ。


「ごくりっ……こ、これがあれば……私はご飯を……!」


「あのぉ、すいません。この辺でお金を見かけませんでしたかぁ?」


「はっ!!」


 危うく欲望に負けそうになった私は、その声でふと我に帰る。見ればそこには、プルプルとした独特の質感を持つ衣服を着た女性が、困り顔で立っていた。


「あのぉ〜?」


「はっ、あのっ、そのっ……えーと」


 今この時、私の元に天使と悪魔が舞い降りる。硬貨は絶対に返さなきゃダメだという天使の心と、黙ってお腹を満たそうとする悪魔の心。

 やはり今日の私は何処かおかしい。こんな考えなどせずとも答えは一つなはずなのに。


「『安いよ安いよー』」


「あぅ……」


「ご、ごめんなさい? 何か私、失礼なこと聞いたかしらぁ」


「はぅ……」


「『今なら出来立てサービスで一・五倍だよー』」


「うっ」


「あっ、あのぉ……っ」


「うぅぅっ!!……こ、これ、落としてましたよ」


「あら、やっぱりここに落ちてきてたのねぇ? 拾ってくれてありがとうっ」


〈WINNER 天使〉


 さようなら私の朝ごはん……。

 凄く最低なことを言っている自覚を持ってさらに自己嫌悪に浸りつつ私は硬貨を相手に渡した。その時の女性の手は、人のものとは思えないほどに細い腕をしていた。広がった手のひらの感触は、見た目に違わずぷよぷよとゼリーのような感触だった。

 思わず食べそうになったのは内緒である。


「じゃあ……私は……これで」


 本格的に、街の外に出ることも考えよう……。なるべく食べ物の方を見ず鼻呼吸を控えめに歩き始めた時、


「あっ、ちょっと待ってぇ」


 先程お金を返した女性が、何事か私を引き止めたのだ。


「……なにか」


「さっきのこと、何かお礼させて?」


「……別に、お礼が欲しくてやったわけでは」


 今まさに限界を迎えようとしているというのに、私の頭は一度ついた意地をどこまでも貫き通そうとしてくる。頭とお腹ではわかっていても、私の最後の砦である理性がそれはダメだと訴えかけてくる。


「貴女の顔、とっても酷いわぁ。とりあえず、そこのお店でご飯を食べましょう? お腹もいっぱいになったら、きっと悩みなんてすぐに吹き飛んじゃうはずよっ!」



「……お母さん」



「……へっ?」


「ハッ!?」


 わ、私は一体何を!? 初対面のお姉さんに対していきなりお母さん発言はいくらなんでも酷いだろうっ!!

 ま、まずいっ! すぐに否定しなくては!?



……プルンッ



「え」


「……貴女も、辛いことがあったのね」


 その人は、失礼なことを言ったはずの私の顔を優しく抱きしめた。最近、これと全く同じことを何処かでやってもらったような気がする。

 彼女の着ている服は、やはり見た目の通りとても柔らかい。感触は硬貨を渡した時に感じたものと全く同じもの。となると彼女の衣服は、すべて同じ素材によるものなのだろうか。


「お願い。私と一緒に、ご飯を食べましょう? 何も話さなくていい。ただ貴女の不安を、私にも共有させて欲しい」


「ほぁ……」


 あれほど食欲に悩まされていたというのに、今は特になんともない。きっと、何か別のものによって体が満たされているからだろう。恐るべし母性の力。


「さっ、おててを繋いで、一緒にいきましょう?」


「は、はいっ……」


 ダメだ。彼女のこの優しさには、とても逆らえそうにない……。

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