結末と再始動 第十七話
「いったたぁ……あ、こよみさん! 様子どうですか?」
「問題ないわ、ちゃんと全員気絶してる。貴方こそ頭、大丈夫?」
「ぐっ……ちょっとだけ、心配です」
こよみさんは間違いなく、頭の痛みのことを聞いる。それに私は別の意味で返した。
主に脳の機能的な意味合いで
「……あっ。いや、そういう意味じゃないのよ!?」
「酷いっ、私頑張ったのに」
「ご、ごめんなさい。私、心配してたから。……頭、撫で撫でする?」
「えっ」
「え?」
もしかしてこよみさんって、実は天然入ってる人だったの!?どうしよう、純粋な人をからかった私がとんでもない人間に思えて心が痛い。
「こよみ」
「!……おじいちゃん」
そんな私の心情はさて置いて、荒事が落ち着いた頃を見計らって、おじいさんはこよみさんのもとにやってきた。
「怪我は」
「お前とココさんが守ってくれたからな、どうってことはないよ。むしろ、何もできずすまんかった。……孤児院を守ってくれて、ありがとうっ」
おじいさんは、自分を押さえていた人がゲイルの指示で手を離した隙に、巻き込まれないよう避難していたのだという。
後半の無駄な乱闘は私の短気が原因で起こったことなので、おじいさんが気にすることは何もない。そしてごめんなさい。
「お礼なら、ココに言ってあげて。私は家を守っただけで、お金もほんの少ししか用意できなかったから」
「私は、一食の恩返しでしたことですから。むしろ今回のことで道を壊してしまって、なんとお詫びすればいいか……」
「何を言っておるんじゃ。今回のことは全て、わしの浅はかな行いが悪いんじゃよ。まったく、あのような者に助けを求めた自分が心底腹立たしいわい」
「キリエの方は? 大丈夫なの?」
「そうじゃのぅ。……ん、おぉ! 噂をすれば帰ってきおったぞ!」
「! キリエっ!!」
「キリエーー!! ってうわぁぁぁあ!?」
影糸で男達を縛り上げ、片手で犬の散歩のように引きずってくるキリエの姿に本気でビビった。
「良かったっ、本当によかった! 怪我はない? 痛いところは?」
「た、大丈夫よこよみ。捕まえただけだから」
「えっ? あ、こよみさんは関わらない感じなんです?? というよりキリエ! その運び方は色々まずいって!」
「? そう?」
「こっちもかっ!」
やばい、こよみさんは自然に天然入ってるし、キリエもキリエで若干天然入ってる!
いや待てよ? そういえばこの人、私を膝に抱えてた時自然に私の言葉流したりしてたな……。
「いっぱい連れてきたなぁ」
「おじいさん、貴方までそっち側に行かないで……。この孤児院の良心がいなくなってしまう!」
「ほっほっほ、冗談じゃよ。キリエ、悪いがこの辺の奴らも縛っておいてくれんか? 後で奴らの持ってきた檻に詰め込んでしまおう」
「わかったわ」
「んぁーっ、はぁ。疲れたぁ……」
なんだか気が抜けたら、一気に疲れが出てきたような気がする。
ただまぁ、これで一件落着だろう。
キリエが男達を縛り上げる様子を見つつ、この時の私はそう思っていた。
「これで最後……っと」
「こよみ、すまんがこいつらの檻を近くまで持ってきてくれんか。このまま地面に転がしておくのも可愛そうじゃて」
「檻の中でも変わらないんじゃ……? それにこれ、一人じゃ無理そう。ココ、手伝ってくれる?」
「はーい! まっかされましたー!」
「……おじいちゃん」
「なんじゃ?」
「その、ね」
男達の自前の檻は、檻自体に車輪がついてるタイプの専用のものだった。てっきり適当な車の上にそこそこなサイズの檻を乗せてるもんと思っていたのだが。これが普通に用意できるってことは、結構根が深いと私は見たね。
既に関わってしまった以上、もう後には引けないわけだけど
「よっ!……ぐぬぬっ!」
「凄いわココ、力強いのね」
こよみさんの応援に、車を押す力を更に上げる。というよりこよみさん、元々体を鍛えるタイプではないらしい。一応頑張って後ろから押してくれてはいるのだが、特に一人で押すのと変わらないように感じる……。
「よぃぃっしょ! ふんぬぅぅぅっ! そうっ、いえばぁ! キリエさんとおじいさんっは! どこにぃぃい?」
「何か二人で話してるみたい。ほら、あそこ」
「えぇぇぇ?」
こよみさんの指差す方を見れば、確かにキリエはおじいさんと話している様子だった。
でもその雰囲気は、あまりいいものとは思えない。
「なにかっ! あったんーっ、ですかねっ?」
「わからない……。私は何も聞いてないから」
「こよみさんっ、荷車との距離っ! 離れてますぅ!」
「あっ、ごめんなさいっ」
途中から声が小さくなっていくなぁと思ったら、まさか手を離して立ち止まってるとは思わなかった。そうして四苦八苦しながらも、なんとかキリエ達の元に荷車を届け終えた。
「おっ、終わりましたぁ……」
「なぜじゃ!!」
「はぇ?」
膝に手をつき肩で呼吸しながら、なんとか運び終えた私の耳に届くのはおじいさんの怒号。しかもその声が向けられていた相手は、キリエだった。
「……ごめんなさい」
「謝罪など求めておらんっ! なぜキリエが捕らえられねばならんのか、その理由を聞いてあるんじゃ!」
「……自首?」
その言葉を聞いて、キリエがなぜその事をおじいさんに語ったのか。その理由はすぐにわかった。
『私の手は赤くなっていた』
「キリエよ。まさかとは思うが、あの時のことをまだ悩んでいるのではないだろうのぅ?」
「……」
「前にも散々話したじゃろうが。あれは起こるべくして起こったただの事故で、お主は何もしておらんと!」
「違うっ。あの時私は、明確に意思を持って相手を殺めた! 独りよがりなのはわかってる! でも、絶対に許されるべきことじゃないのよっ!」
「まだ子供だったお前に、誰が罪を問えようか! あれはすべてわしの責任じゃと、そう結論付けたじゃろう……?」
「でもっ! 私はっ!!」
「こよみさん、どう思います?」
「「ッ!!」」
私が少しその人の名前を出せば、二人はしまったと言わんばかりにそちらへと首を動かした。この様子じゃ多分、この話はこよみさんには秘密の内容なのだろう。
「こ、こよみ! 違うんじゃ、これもすべてわしの」
「違うっ! こよみ聞いて、私はっっ!」
「大丈夫よ、キリエ。私、全部知ってたから」
でも、こよみさんの今の表情は"驚愕"などではなく、全てを理解する"微笑み"だった。
「ぜん……っ」
「そう、全部。キリエがおじいちゃんを守ろうとしたことも、取り返しのつかないことをしたことも」
「……いったいいつから、知っておった」
「私、その頃から孤児院にいたのよ?」
「まっまさか、あの時」
「うん、全部見てた」
「!!」
どうやら、こよみさんにはすべてお見通しだったらしい。というより話の現場を見ていてなお、二人にそれを一切悟られていないというのは。
……凄いというより、子供が出来てはダメなことだろうとは思わなくもない。
「……どうして、こよみは私の友達でいてくれたの。怖く、なかったの?」
「全然? だって、私はキリエの友達だから」
「でもっ、私は人をっ」
「ねぇ、キリエちゃん。月狼っていう本、知ってる?」
「えっ……」
「っ!?」
邪魔にならないよう気配を消して無心でいたが、こよみさんの口から出たその本のタイトルには、驚かざるをえない。
何故ならその"月狼"という本は、面白い面白いと今日読んだばかりの本だったからだ。
「……えぇ、もちろん。こよみが一番好きな本のタイトルよね」
「そう。この本のお姫様はね、自分の手を引いていた楽士が狼に変わっても。狼がいろんな人たちを殺しても、最後はその人と同じ場所に旅立って行ったの」
「……」
「キリエ、私は貴女を信じてる。貴女がどんなことをしても、私は貴女の味方よ」
「……こよみっ」
こよみとキリエは、そう言って互いを抱きしめ合った。事情を知らない人がこの光景を見たら、多分愛の告白の場面だと思う。これを考えずにやってるのだから、こよみさんの天然はやばいと思う。
にしてもあの本が、こよみさんの心の一冊だったとはね。また今度本屋に行って読もう。……あ、そういえば明日からどうしよう。今私、無一文だった。
「・・・。とりあえず、檻に全員入れてから考えよう」
ひょいひょいっと紐を掴んで檻の中に放り投げれば、ものの数分で全てが片付いた。後はお邪魔にならないよう、物陰で少し仮眠しましょうかね……。