集い 第百二十一話
「ふぁぁ……あぁ」
「おいおい居眠りか? ちゃんとしっかり見張れよ?」
「はいはい、わかってますよ~。ったく、そんなに神経尖らせてすることかね~。あの女王相手に喧嘩を売るやつなんざそうそういないと思うがな」
――四方に架かる橋、中でも農業区側を警備する衛兵。彼はこの日夜間から早朝までを担当しており、非常に強い眠気に襲われていた。
「はぁぁっ……今日もいい天気だなぁ」
――彼は何気なしに、天に上った太陽を視界に映した。仕事の終わりを告げる日光は、彼にしてみれば吉兆の印でもあった。
「あぁ、はやく交代を知らせにこねぇかなぁ。あ?」
――まさかこの日、この日の出が彼にとっての不幸を呼び寄せるとは思ってもいなかっただろう。
「なんだあれ。鳥? にしちゃやけにでかい気が――いや、でかいってレベルじゃねぇぞ!?」
――咄嗟に彼は、小槌を手に取り備え付けの鐘を思いっきり叩いた。それは瞬く間に、貴族区全体に異常を知らせることとなる。残念ながらこの瞬間、彼はあと数日の徹夜が確定したのだった。
カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ!
「気づかれたっ? あの衛兵、いい目をしてるわ」
「構いませんわ! 太陽の中にいたおかげで多少なりと時間を稼ぐことができましたから!」
キリエさんが作り出した巨大な鳥の背に乗り、私達六人は今まさに貴族区へと乗り込まんとしていた。てっきり私としては正門を突き破るものとばかり思っていたが、私たちの中にパワー系の能力者はいないので空からの侵入となったのだ。
私は藁の粘着質で、他のみんなはシルクさんのスライムの粘着性で高速で飛ぶ黒鳥の背中にしがみついている。
「みんな、大丈夫!?」
「大丈夫です!! この程度でへばっていられませんよ!」
「テトちゃん! こよみちゃん! 大丈夫?」
「ええ!」
「スライムのおかげでね」
エリさんがいうには、このまま貴族区の城下町を越え城壁の内側にまで侵入し、手ごろな場所に降りた後城の内部に入る予定だとか。まともな遠距離攻撃を持たない私はお空の上では役立たずだけど、地上に降りたらみんなの盾として先陣を切る。そのためにも今は、なるべく体力は温存を――
「ッ!! キリエさん、下を!」
「――!!」
「なになに? どうしたの二人とも!」
「警戒を! 奴ら、銃を構えてますわ!」
「「「えーーーーっ!?」」」
エリさんが叫び何事かと問いただせば、下にいる奴らが銃を構えているらしい。よくあんな豆粒みたいな人たちが銃を持ってるってわかるよね。能力で鋭敏にできるエリさんはともかくとしても、能力関係なしにあれを見れるキリエさんの視力はどうなってるの!?
「銃剣部隊! 第一射構え!!」
「「「「はっ!」」」」
「まずいですわ。あれはわが軍が誇る最新の銃! 射程はすでにこちらを捉えています!」
「避けるしかないわねっ。みんなしっかり捕まってて! 大きく動くわよっ!」
「待って」
「? こよみさん?」
キリエさんからの指示に、こよみさんは一人待ったをかけた。その理由はわからない。でも、彼女の瞳は自信に満ち溢れている。
「私が奴らの銃を破壊するわ。エリさん、私にも視力強化を。シルクさんは足の固定をお願いね」
「こよみっ!?」
「キリエ、私の射線が取れるように鳥を傾けて頂戴。大丈夫、やれるわ」
「!! ……了解」
「鋭利化!」
「スライムちゃん、お願いっ!」
エリさんが視覚を強化し、シルクさんが彼女の足を黒鳥にがっちりと固定する。
そこでようやく両手が自由になったこよみは、ビュンビュンと突風が吹き荒れる黒鳥の上に立ち弓を射る姿勢を取る。
「いくわよっ!」
黒鳥の体勢が、急激に傾く。
体にかかる負担とずり落ちないようにしがみつくだけで、私の力は精一杯だ。シルクさんも、テトラさんも、エリさんも、鳥を操るキリエさんですら維持に力を使い果たし喋る余裕は残っていない。
「……スゥゥ……っ」
彼女の構えた腕に現れる、白色に光る輝く弓と矢。矢じりの先は下にいる兵士が構えた銃剣に向けられた。呼吸で気持ちを落ち着かせ、震える両手を正し、背を伸ばし、限界まで弦を引き絞る。
十人の兵士が構えた銃はいつでも発射可能。もし今撃たれたら、放たれた弾丸はむき出しになった私たちの体を容赦なく撃ち貫くだろう。すべてはこよみの一射に委ねられた。
「撃てッ!!」
先に発砲したのは兵士の銃弾。本来ならばこの時点で迎撃を諦め回避に徹さなければならない。だがこよみさんは、彼女を信じるキリエさんは! 傾けたままの姿勢を崩さなかった!
「――″下弦の矢 十連″!!」
白色の矢が放たれ、矢は空中で何度となく分裂を繰り返す。その本数が十を迎えたタイミングで、矢は向かってくる弾丸と接触する。
――押し勝ったのは、こよみさんの月の矢――
弾道を幾度となく変え、空を蛇のように蛇行してすべての銃弾を撃ち落としながら突き進む。やがて光の速度で到達した月の矢は、兵士の持つ銃剣だけを正確に破壊したのだ。
「「「ぐあっ!?」」」
「馬鹿なっ!? 撃った弾丸を空中で叩き落しただと!?」
「っっっっ!! よくやったわこよみ!!」
「流石です! こよみさん」
「お見事~♪」
「流石の弓の腕前で」
「正確に銃剣だけを破壊し、飛来する弾丸すらも撃ち落とす。流石の能力操作ですわ!」
「ふぅっ……。ん!」
――目前に控えた脅威が去り、六人を乗せた黒鳥は無事城壁内部への侵入に成功する。上空を巨大な鳥が過ぎ去った兵士は一様に驚愕の表情を浮かべ、黒鳥は私達を包む巨大な繭に変化し地上に落下する――
「……油断するな。出てくるぞ!」
……落ちた時に舞い上がった砂煙が、少しずつ晴れてきた。空ではみんな頑張ってくれていたし、ここからは私が頑張る番だ! 武器よし、能力よし、準備よし。いざ――!!
「はああああ!!」
「フっ!!」
当初の予定通り、空中では出番のなかった私とテトラさんが飛び出していく。
城内に駐屯していた兵士たちは皆銃剣を武装していたが、繭を取り囲んだ弊害で誤射を警戒し撃つことができない。ならばと先に付いた剣で切りかかろうとするが、刃の長さも剣を振るはやさも私が上。すぐに銃剣を真っ二つに切り捨てた。
「なにっ!? ぐあっ!?」
「どうなってやがる!? なんで敵が攻めてきてんだ!? ああっ!?」
「畜生! こんなことになるなんて聞いてねぇぞ!? ぎゃぁあああ!!」
「みねうちだから我慢して。あざはできるけど死にはしないから!!」
「こ、こいつら!! ぐっ!?」
「相手は女ばかりだぞ!? 何をてこずって へぶっ!?」
「な、ななななな!? ぐぼほっ!?」
「女だからと舐めてもらっては困ります」
一方、軽やかな身のこなしからは想像もつかないほどの一撃でもって、顎やみぞおち等的確に急所に攻撃を当てては無力化していくテトラさん。幻の先読みもあって相手の攻撃は掠りすらせずに一方的な戦い方を展開しており、私が一人落とす間にニ~三人処理することなどざらにある。
「二人とも流石ね~。さて、私もそろそろ活躍しないと」
「な、なんだ!?」
「気を付けろ! あの女何かしてくるぞ!」
「ふふ♪ ごめんなさ~い。貴女達に恨みはないけれど、しばらく眠ってもらうわ~?」
シルクさんの両手に現れたるは、独立した意識を持たないただのスライム。溜まりに溜まった両手のそれを前方に集め、グルグルと粘土のようにかき混ぜられていく。そして、混ぜられたスライムがやがて引き絞ったゴムのようにもとに戻ろうと抵抗を始めた瞬間、彼女は手の内にあるすべてのスライムを高速回転ともにはじき出した。
「「「ぐああああああああ!!」」」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと痛すぎたかしら」
「やりすぎですシルク様。桜花さんを相手にしたときよりも威力を上げてどうするんですか」
「それでも私たちに向かってくるものは柔らかいんですから、流石ですねシルクさん!」
さぁ、まずはあたり一帯の兵士を片付けてしまおう。