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思い出と約束と side:椿 第百十八話




「ぷはぁぁ……おい! おかわり!」


「……かしこまりました」


 これで五杯目のカフェオレのお替り。ココの最後の願いがどうしても頭から離れず、俺は例の店に足を運んだ。最初はこんな甘ったるいものを飲むつもりなどなく、ただ現実を忘れさせてくれるようなものを頼もうとしたんだが、


『……何か、悩み事ですか?』


『まぁそんなところだ。なんかこうぱぁっと気分を晴らす飲み物ってねぇか。今は何も考えたくねぇ』


『……では、甘いカフェオレなどいかがでしょう? 糖分は脳の働きを助けてくれますし、何より気分が晴れます』


『あ? んなもん俺が飲むかよ。子供じゃあるめぇし』


『……そうですか。先日ココさんがいらっしゃった際には、美味しい美味しいと飲んでくださったのですが』


『――なんだと?』


 なんて店主の野郎が言うもんだから、つい乗せられてカフェオレを頼んじまったのさ。いつもは飲まねぇような甘ったるい口あたりに最初は嫌気がさしたが、ココと同じものを飲んでいるという感覚が、私に次の一口を要求しやがる。まったく、いつから俺はあいつにぞっこんになっちまったんだか。

 あいつらへの未練は綺麗さっぱり断ち切ったってのによ。


「……お待たせいたしました」


「おう。――んっんっん! ぷはぁあ!!!」


 持ち上げたカップの勢いよくたたきつけ、テーブル上に強い音を響かせる。

 行き場のない怒りを八つ当たりしたかったような、自分へのやるせなさを叩きつけたような、俺自身よくわからない思いが胸中に渦巻いている。

 あいつのことを思い出さないように、あいつと同じものを飲んでいる時点で忘れられないことくらい百も承知なのに。これを飲めば隣にあいつがいるような気分になるんだ。


「……そろそろ、おやめになっておいた方が」


「ああ!? お前が飲めっていったんだろうが! おら、もうカップに入ってねぇぞコラァ!!」


「……まるで酒に酔ったお客様のよう、コーヒーに人を酔わせる効果はないはずなのですが。貴女がここまで悩む姿を見るのは初めてですね」


「るせっ、早く次作って持って来いよ。俺ぁ相談屋に来たつもりはねぇ」


「……お腹、空いてはいませんか?」


「あ?」


 突然の店主の言葉に、思わず頭おかしくなったのかこいつと心の中で呟いた。口には出さねぇけどよ


「……とある著名な方が残した言葉によれば、人が何かに悩むのはお腹が満たされていないからだそうです。簡単なものでもお腹に入れておけば、きっと頭を抱えることもないと思いますよ」


「……相変わらずだよな、お前」


 出たよこいつの格言を鵜吞みにする癖。本で読んだか何だか知らねぇけど、たまに何処からか知識をつけてはこうしてさも自分の言葉のように誇らしげに語りやがる。

 はっ! だからお前は格好いい男じゃなくて、格好付けの男だって言われんだぜ。


「今はそんな気分じゃねぇ。第一悩んでるときに飯なんざ喉を通るかよ、粥や病院飯のありがたみが今ようやくわかり始めたところだ」


「……そうですか。今日はとても質のいいお肉を仕入れたのですが、早食いには挑戦しませんか」


「ああそうだよ! 俺は今あいつと同じものだけが食いてえんだ! 肉の早食いなんざ――早食い、か」


 そういや、あいつと初めてここで食べたのも肉塊だったか。そろそろカフェオレの砂糖で口がおかしくなり始めたところだし、口直しに挑戦するのも悪くねぇかもな。

 たらふく甘いものを飲んだ後だろうと、これくらい余裕よ


「いや、そういえば俺もなんだか小腹が空いてきたところだ。それ頼むわ」


「……かしこまりました」


 それから数分の時間が流れて、俺の前には巨大な肉塊が運ばれてきた。ジュージューと香ばしい油の香りが食欲を掻き立てる。はん、こんなもん秒でクリアしてやらぁ!


「……ではいつも通り、この砂時計の砂が落ちきる前に完食してください。その場合は無料。時間切れ、食べ残しは別途支払いを命じます。いいですね?」


「んなもん何回だって聞いたわ。早く始めろよ」


「……では、始め」


 両手に構えたナイフとフォークで、一切れ一切れ切り取っては食べ進めていく。

 数口ほど食べた頃だろうか、俺は違和感を感じ始めた。肉が、いつもより美味しく感じない


「(んだよあの野郎、肉の焼き加減ミスりやがったな? チッ、これをココが食べてたらどうする気だよまったく。料理人の癖に手抜きしやがって)」


 肉の断面はピンクだし、味は塩のみで肉の味しかしねぇ。切り取るナイフの刃がスルスルと入っていきやがって、肉らしい歯ごたえってもんがまるでねぇじゃねぇか。これが店開いて数十年の男の料理かってんだ!!


 ――いつも通り、だよな


「……どうしました、いつもより進みが遅いようですが」


「!! う、うるせぇ! んなのわかってら!」


 おかしい。こいつの肉って、こんなに味気ないもんだったか?

 いや違う。肉を一口頬張った時、もっとこうガツンと訴えかけてくるインパクトがあった。なのになんだこの感じは、食べても食べても虚しくなってきやがって。

 何が違う、普段と何が違うんだ!? わからねぇ、わからねぇよ!! 一体、いつもと何がこんなに違うんだよ!!


「(――カフェオレ? カフェオレか!? そういやいつも空腹のときに食べてたもんな。もしかしたら適度に腹が膨れてんのかもしれねぇ。甘いもんは腹に溜まるっていうしな!)」


 そうかいつもより腹が減ってねぇから、こんなに箸が進まねぇんだな?

 ははは! なんだよそんなことかよ! だったら俺がわりぃな! うん!

 さぁーてと、理由もわかったことだし、ちゃっちゃと飯を片すとしますか。いつまでもこんな虚しい飯ばっか食ってられっかよ。


「……」モグモグモグ


「……」


「……」モグ モグ


「……」


「……」  グスッ


 っなんで、こんなに心がいてぇんだよ。

 ただ飯を食ってるだけだろ? そりゃ腹はいつもより膨れてるかもしれねぇが、痛むんなら胸じゃなく腹だろうがポンコツ!! 食えよ! 腕を動かせよ! 口を動かすんだよ!! おい!!


「…………時間切れ、です」


「くっ……うぅぅっ!」


 ……初めて、残しちまった。この俺が、食っても食っても収まらねぇ食欲を持つこの俺が


「……やはり、調子がよろしくないようですね。貴女がこれを残すなんて」


「ッ!! うるせぇ!! お前がいつもより下手に作るのが悪いんだろッ!? お前がもっとうまく作れば、俺は残さず完食してたんだ!!」


「……いいえ、いつもと何ら変わらぬ調理を施しました。寸分違わず、いつも通りのお味です。――違うとするならば、貴女の抱える悩みです」


「ッ!!」


 店主の言葉が、俺の胸の内をズドンと強く打ち貫く。カフェオレを飲み、肉に食らいついた数だけ溜まっていった喉の下のつまり。それが、一気に腑に落ちたのだ。


「……貴女の抱える悩み。もしや、ココさんと何かありましたか」


「え、あ……」


 ――そうだ、ココだ。ココが、いないんだ。もう、二度とココと一緒には来れないんだ。


「ひっ。な、なんだよ、これ? ……しょっぺぇよ、なんで塩水が顔についてやがんだよぉ!!」


 完食できなかった理由に納得した瞬間、俺は涙が止まらなくなった。

 そうだ、ココは死んだんだ。またこの店で一緒に早食い勝負するって約束も、知ってる大食い店を全部つぶすって約束も、もう意味なくなっちまったんだ。


 おれは、いっぱいないた。いっしょうにいちどというほどにないた。たくさんたくさんないた、せいいっぱいないた。こどもみたいに、ようじみたいに、あかちゃんのように。ばしょをわきまえず、いっぱい、いっっっっぱいないた。


「……しかし、規則は規則です。お支払いはしていただきますからね」


「ぐすっ。わぁーってるよ、もう少し泣かせろよっ」



「……おや、私としたことが。砂時計を横向きにしてしまいました。どうしたことやら、これでは正確な時間がわかりません」



「ぐずっ……ふぇ?」


「これはこちらの不手際ですね。仕方ありません、今回はお代は無料で構いませんよ」


「お、おい!?」


 こいつ、頭おかしくなったのか? 完食できてねぇのに金を払わねぇんじゃどこで利益回収すんだよ。そう思った俺は、店主の言葉を無視し代金を懐から取り出す。

 だが、


「……無料で結構です。泣いている貴女から金をむしり取るほど酷い人間じゃありませんよ」


「無理すんなよ、お前の少ない稼ぎだろ」


「……それに、貴女には一つ貸しがありますから」


「貸し?」


「……貴女の病室を教えたことですよ」


 そうだ。こいつ、俺の承諾もなしにココに病院の場所を教えやがったんだ。ベッドの上でエリに見せられた地図を見せられた時、独特の書き方がこいつのものだと一発でわかったことを覚えている。


「は、はは……仮にも店の店主が客の個人情報バラすかよ。ひでぇ店があったもんだ?」


「……ですので今回は無料で結構です。代わりに、このことはどうか内密に」


「――ぷっ! あははははははは!!」


 なんだよ、一人でガキみたいに泣いてた俺が馬鹿みたいじゃねぇか。はぁ……でもまぁ、少しだけ持ち直したかもしれないな。感謝してやらなくもない。

 席を立ち、私は店を後にするべく店先の扉を開く。


「……椿さん」


「あ?」


「……どうか、ココさんのことをお願いします。お二人のご来店を、沢山の肉を準備してお待ちしております」


「っ!」


 そういって、店主は俺に深々とお辞儀をして見せる。初めからこいつには、俺がココのことで悩んでいたことを見破られていたらしい。なんだかんだ、こいつとも長い付き合いだもんな。心の一つや二つ読まれてもおかしくないかもしれねぇ。


「ばぁーか、二人分で足りるかよ」


「……では、いかほど?」




「ありったけだッ!! また来るぜーー!」


 店主の反応を見る前に、俺は店を出た。今頃あいつ、桁違いの量に頭を抱えてるぜきっと。ははは! 俺の泣き姿を見た罰だ! せいぜい赤字叩きだして泣くがいいぜ!!





「……ご武運を」

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