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手遅れとせめてもの願いと side:キリエ 第百十七話




 ――農業区を走る一つの人影。黒の軌跡を残しながらがむしゃらに駆け回るその少女は、手には一枚の紙を持ち、顔を焦燥に染めなおも走ることを止めない――


「ココ……!!」


 おばさんから預かった手紙を読んで、いてもたってもいられず私は孤児院を飛び出した。子供たちには今日は手伝えないことだけを伝え、返事も聞かずに私は歓楽区までの道を駆けだした。


「お願いっ、見つかって!」


 頭に浮かぶココの顔に腕の力をさらに強くすれば、持ってきた手紙がギチギチと音を立てて潰れていく。まるで、心配ですり減っていく私の心のように。



し ばらく顔を見ることができていませんが

あ んしんだとは思いますが、

わ たすことになってしまい

せ ることが危険

に から追われることに

生 活の毎日です。

き ょうりょくの元

て も伝えておきたいこ

く にに対し敵対して

だ と思われることも承知です

さ いぜんに近い行動でも

い じょうの関わりを



 突然手紙が届いたことといい、こんな手の込んだ文をココが何の意味もなくするわけがない。ココに一目会って、これが考えすぎだとか心配性だなどとからかわれるならそれでもいい。今は一言二言の小言よりも、絶対の安心と確証が欲しい。

 みんなで集まった日の夜、彼女との関りを絶ったことが本当に正しかったのかは今でもわからない。ただ一つ言えることは、今はそのことをとても後悔している。


「(ごめんなさいココ! お願いだから顔を見せて)」


 頭で何度も謝罪を繰り返しながらひた走り、数分とかからず私は歓楽区に架かる橋の前に差し掛かった。




 ――その時




「キリエ!」


「ッッ!!」


 聞き覚えのある声に走る足を止め、私は声の方へと目線を動かす。歓楽区へと繋がる橋の上に、呼び止めた人物は立っていた。その声と背格好には、私自身とても見覚えがあった。


「こよみ……? こよみ!」


 私は声の持ち主の名前を呼び、すぐに彼女の元へと駆け寄る。

 近くで見て改めて確信した、彼女は間違いなくこよみ本人であると。


「よかった! あなたは無事だったのね!?」


「キリエ、そんなに慌てて何処に行くの」


「貴女達を探していたのよ! 手紙の内容を見て、今から歓楽区の方に行こうとしていたの。ねぇ、こよみは今一人? ココがいないの、彼女から何か聞いていないかしら?」


「っ」


 なんだかいつもより、こよみの顔に元気がないように見える。今までも元気がないように見えることは何度かあったが、今の彼女はもっとこう、憔悴しきった表情をしている。

 ……歓楽区で何かあったのだろうか。こよみ?


「? どうしたの?」


「……死んだわ」



「――――え?」






「ココは、死んだわ。私たちの目の前で、銃でお腹を撃たれて」






 ――――何を、言ってるの?


「う、嘘よ。嘘よね? 私がココを拒絶したから、嫌がらせをしているだけなのよね……?」


「本当よ。私だけじゃない、シルクも、テトラも、ナツメも。みんなで彼女の最後に立ち会ったわ。あの場にいなかったのは桜花という人と――――貴女だけ」


 ――ココが、死んだ? ココに嫌われたまま、最後の姿を見ることもなく、私は、私は


「……うそよ。そんなの嘘に決まってるわ!! 私のことが嫌いになったなら、冗談なんて言わずに初めからそう言ってよ!! 笑えない、絶対に笑えないわ――」



 パシンッッッッ!!!!



「へ……?」


「私がっ、冗談でも死んだなんて言うわけないでしょう!!!!????」


 こよみの渾身の平手打ちが、私の頬に当たる。真っ暗で回らなくなっていた思考が、一気に現実に引き戻された。

 ココが、死んだ。彼女のことを拒絶したまま、みんながいる中でただ一人死に目にも会えなくて……私は、私はもう二度と……ココには、会えないの?


「ぁぁ……ぁぁぁ……!」


「貴女がどんな思いでココとの関りを絶ったか、これでもよく知ってるつもりよ。でも、ココを悪く言うことは許さない。あの子は最後の瞬間まで、貴女のことを友達だと言っていたんだから」


 足や指の先から、力が抜けていく感覚がした。体の端から、少しずつこの世から消えていくような感覚が。

 でも、今はそれがよかった。このまま消えてしまえば、彼女にもう一度会えるかもしれないと思ったから。涙を流そうにも受けた衝撃が強すぎて、泣き声一つではしない。ただ目の前の現実と後悔に、私は崩れ落ちることしかできなかった。


 ―― こよみは、キリエの手を離れた紙を取り上げる。内容を読み、隠された一文も難なく見破った ――


「……やっぱり、ココは貴女のことを嫌ってなんかいないじゃない。こんな手紙をたった一人受け取って、嫌われたなんてよく思えるわね」


「ごめ……さい、ごめんなさい……!! 貴女を裏切って、最後の時に一緒にいてあげられなかった!! 私は……私はココのこと……!」


「っ馬鹿! まだわからないの!?」


 こよみは、崩れ落ちた私の体をがっちりと掴み、目線を合わせ私に言う。


「いい!? ココにとってはね! 貴女はこの街でできた初めての友達で、特別なのよ! 私やナツメがどれほどそれを望んでも、絶対になれない特別な人間なの! 貴女はココの最後を見なかっただけに飽きたらず、彼女の思いすらも否定するの!? それのどこが友達よ!!」


「!!」


「私の言葉を聞いて、もう一度その先を言ってみなさい!? ココがどんなに許したって、私は貴女のことを許さないわよ!!」


「こ……よみ……」


 こよみは、真剣に私の目を見ていた。

 いつだってそうだ、私はいつも大事なことを見落としてしまう。借金の問題が片付いた時もそう。私は自分の自己満足のために、みんなの思いを無下にするところだった。その時もこうして、こよみが私のことを思いとどまらせてくれた。


 ……ココはきっと、死んでなんかいないわ。あの時みたいに、隠れた場所で眠っているだけなのよね?


「……こよみ。ココは今、何処にいるの」


「! ココの体は、今は貴族区にあるわ。三日後、私たちは彼女の体を奪い返すために貴族区に乗り込むことになっているの。当然、これは国と正面から争うことと同じ。もしも孤児院のことが気になるなら、女王から奪い返した後で貴女に会わせてあげるけど」


「…………」


 ――孤児院のため。

 こよみはそう言ってくれるけど、私にはもう待っているという選択肢は存在しなかった。自分の思いよりも孤児院を優先したからこそ、私は彼女の最後の時を見逃してしまったのだから。ここで孤児院を取ったら、今度こそ二度と彼女に会えなくなってしまう気がする。


『後悔は、いつも後になって襲ってくるものじゃからな』


 おじいちゃん、ごめんなさい。私は、おじいちゃんたちよりもココを取るわ。どちらを選んでも後悔するかもしれない。だから今だけは! 私は私の思いに従って後悔する道を選ぶの!!


「私も、行くわ」


「いいの? もしこの戦いで負けてしまったら、貴女がココを犠牲にしてでも守った孤児院がなくなるかもしれないのよ」


「どのみち、私の選ぶ道は必ず後悔するもの。でももう二度と、失敗はしたくないから。……それに」


「なに?」


「勝手にいなくなったココを見つけ出すのは私の役目だもの。あの時みたいにね?」


「!!」


 こよみも、多分その時のことを思い出したんだとおもう。

 ココ、今貴女は木陰で眠っているだけなのよね。そのままシルクの家に居候したみたいに、私たちに遠慮して何も言わず消えただけなのよね?



 いいわ、そこでしばらく待っていなさい。また貴女を見つけ出して、今度こそ連れて帰るから。シルクの時は了承したけど、今度こそは私と一緒にいてもらうわよ? 

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