虎の尾と致命傷と 第百十四話
場の空気が、一瞬にして張り詰める。
「お主、何をしておる! 早く銃を下ろさんか馬鹿もの!!」
「総帥、やはり私は納得できません!! 我々の前にいるのは、憎き第一王女!! なぜ今この場で断罪しないのですか! そいつをかばう奴らだって同罪のはずだッ!!」
「貴様ッ! 総帥のご意思を無視するというのか!!」
エリさんにここまで牙を向けるということは、彼はエリさんを、ひいては女王のことをとても強く憎んでいるということ。例え組織のトップが私たちを受け入れても、彼らとて一枚岩ではない。一人一人国を恨む理由も違えば、王の血族を受け入れられるかも人により変わる。
こうなることは予測していたが、まさか銃を使って脅してくるなんて。サクヤさんがこの場にいること自体想定外だし、あの武器としては使いづらい銃を持ち出してくるなど想像もしていなかった。
――あれ、急に視線が低く……?
「さ、サクヤ、さん?」
「…………」
「ひッ!?」
――目が、死んでいた。間違いないッ! サクヤさんは本気で、あの男にキレている!?
「――おい」
「動くなといっている! お前、この俺の言うことが聞こえないのかッ!」
「貴様に貸す耳など最初からない。おとなしくその銃を渡せ、今すぐにだ」
銃口を突き付けられているというのに、彼女は構わず男の前に立った。
おそらく鉄纏の防御力を当てにしての自信なのだろうが、私には意地でも彼に撃たせないという意思の表れに感じる。男の持つ白い銃、確かサクヤさんは白星と言っていたか。あれには武器以上の、サクヤさんにとって自分の命よりも重い誇りのようなものがあるのだろう。
「いい気になりやがって。俺がこいつを撃たないとでも思っているのかッ!?」
「私の言葉が聞こえんのか、はやく武器を納めよと言っておるのだ!! 一度ならず二度までも私の顔に泥を塗り、挙句自分の恋した女すら傷つけるのか!?」
「「「え!?」」」
好き? あの人が、サクヤさんを!?
――瞬間、私の脳内に、彼が強行手段に出た理由が思い浮かんだ。
『まぁいい、これから先もずっと一緒なんだ。いずれ君の一番を取る機会はくるさ――んっ』
『んちゅっ!?』
私は、サクヤさんを想う彼の前で……
『君を見ていると、どうにも抑えが効かなくなってしまう。もう一回してもいいかい?』
――背筋が、凍った
「……総帥の言う通り、俺はお前のことが好きだった。好きだったさ! だがお前は、俺の想いを踏みにじりそこの女とキスしやがったんだ!!」
「想いなど知るか。お前と出会う前から、私が全てを捧げる相手はココに決めていたのだ。わかったらさっさと銃を渡せッ!!」
ど、どうしよう。彼が急に武器を構えたの、絶対私のせいだ
彼が一心に想いをはせる相手と、私は目の前でキスしてしまったのだ。いや、あれはサクヤさんからしたのであって私は悪くないはず……いやでも彼女の抱擁に飛びついたのは私だし、実質この状況は私のせい?
最悪だ、これではまるでね、ね――!!
「「「じ~っ」」」
わかってる。だからそんな目で私を見ないで……
「だからとて初恋の相手に武器を構える奴がいるか!! お前も男ならばそれくらい受け入れる度量を見せろ!!」
「うるさいッ!! 何一つ、何一つとして俺の思い通りにならねぇ!! ……はは、お前が俺のものにならないならな、俺だっててめぇの一番大事なものを奪ってやる」
「なにっ?」
「……お前、この銃は大事なものだって言ってたよなぁ? この銃で仕留めきれなかった獲物は一人もいないってよぉ? 今俺がこの銃でそいつを撃てば、弾が当たろうが外れようがお前は大事なものを失うことになる。この意味、わかるよなぁ?」
私に目線をやり、そう言い放つ男。もはや男には冷静な判断を下せる頭も残ってはいないのだろう。もし理性が残っていたのなら、彼は私ではなくエリさんを標的に選んでいたはずなのだ。
私が言えた――いや、違う。サクヤさんが選んだ相手として、嫉妬で初恋相手の大事なものを奪うような男に彼女は渡せない。
「――ンフフ、フフフッ! ハハ、ハハハハ! ハハハハハハハハ!!」
「何がおかしい! まだ俺のことをあざ笑うのか!」
――サクヤは、笑ってなどいなかった。腹を抱え、視線を床に向け、抱腹絶倒と言わんばかりの大笑いを演じる。だが、その目も頭も極めて冷静だった。彼女にとって能力を具現化するほどに愛した銃。中でも一番の愛情と誇りをもって扱ってきた白星の今までの歩みを、嫉妬に狂った程度の男に台無しにされようとしているのだ。その恨みと怒りは、数日程度の男の嫉妬とは比べ物にならない。――
「ヤッテミルガイイ。ダガ、ソレヲ撃ッタ瞬間ニ、貴様ノ命ヲ取ル」
彼女自身未だかつてないほどの怒りを、殺気としてこの場にいる全員に対し放出する。かなりの濃度を誇る殺気に充てられて、周囲の人間は立つことすらままならず酷いものでは気絶する人間すら出てきた。
シルクさんとこよみは床に座り込み、テトさん、エリさん、ナツメはかろうじて立つことができている状況。唯一私と椿さんだけがサクヤさんと男のやり取りを冷静に見ることができた。
「ッックソッ! その程度の威嚇に俺がビビるかよ! こっちだってなぁ、今まで国と戦うために死ぬ気で鍛えてきたんだ! 女一人如きにッ!」
……カチッ
男の指が、引き金に掛けられる。
「 ッ! だめッ!!!! 」
「「!?」」
気づけば私は、考えるより先に行動に出ていた。疲労を感じない体を生かし、本来の脚力を大幅に超える力で今にも銃を撃たんとする男のもとに肉薄していった。
二人もまさか、私が部屋に充満する殺気の中で飛び出していくとは思いもしなかったのだろう。互いに状況を理解できず固まっていた。
「――ハッ!? テメェ、離しやがれッ!!」
「嫌です!! 絶対にこの銃は撃たせませんよ!!」
「ココ! 何をしているんだッ!」
身長差、筋肉量、男女間の力の差。様々な要因が重なり、今の私の状況はあまりよろしくない。
だけど今ここで腕から手を離したら、それこそ奴に絶好の射撃チャンスを与えることになる。もう逃げるという手段は残されていないのだ。
例え腕に噛みついてでも、私は男にこの引き金を引かせるわけにはいかないんだッ!
「鬱陶しい! その手をッ! 離せ!」
「絶対に、嫌!! ハグゥッ!!」
「イッッッ!?」
普段より腕に力がこもっていないような気がした私は、宣言通り口を使って男の銃を持つ腕に噛みつく。痛みに叫ぶ様子を見てもしかしたら手を離すかもと思ったが、なかなかしぶとい。
どうにかして私を引きはがそうと、より殴り蹴る力が強くなった。
「っこの!! クソ女がァァァァァァァ!!!!」
カチッ……―――――ドパンッッッッ!!!!
――――ドパンッ……
―――ドパン……
――トパン……
―パン……
「ココぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」
――耳元で響く銃声音。最悪だ。私は、あの男に銃を撃たせてしまったのか。サクヤさんの大事な、白星を……
体がゆっくりと男の元から離れていく。意識が遠くなり、周りの音を一切拾えなくなった。これが、死に近づく感覚。男の放った弾丸は、私の体を貫き、見事に私の心臓を撃ち抜く
……ことはなかった。
ギュッ!!
「なにッ!?」
「ハァァァァァァア!!!!!!」
「グァッ!!???」
倒れそうになる体を意地で支え、すでに弾のなくなった銃を左手で押さえ込み空いた右腕で渾身の一撃を男の腹にぶちかます。
体が離れたのは発砲時の衝撃、意識が遠くなったのは衝撃で頭が揺さぶられたから、音が消えたのは耳元で爆発を聞いたから!! そう、男の放った弾丸は私には当たらなかったのだ!!
「ば、、、か、、、な、、、」
倒れこんだ男に代わり、白星は私が預かる。撃たせないという目標は完遂できなかったしサクヤさんのこの銃に掛ける思いも裏切ってしまった。でも、なんとか取り返すことができたのだ!!
やった!! やったよサクヤさん!! みんな!!
――なのに、なんで、悲しい顔をしているの?




