対面と緊張と 第百十一話
目隠しを外され、汚れの目立つ建物の中を歩く。椿さんが先頭に立ち私たちを案内してくれている。
「うぅっ、虫は嫌ですわ……」
「大丈夫エリさん? あ、ムカデ」
「いやぁぁぁぁぁあ!?」
先ほどからエリさんはずっとこんな感じだ。そんなに虫は嫌なのだろうか? 私は野宿とかよくしていたからそこまで嫌いではないかな。流石に毒のあるやつとかは無理だし、食べるとか考えたくもないが。
「うるせぇ静かにしろ! お前今どこにいんのかわかってんのか!?」
「仕方ないではありませんか!! あんなうねうねして気持ち悪い生物など滅んでしまえですわ!!」
「だからうるせぇって言ってんだろ!! あんまり騒ぐようならここから追い出すぞてめぇ!」
「追い出すのは私ではなく虫の方でしょう!? 少しくらい家の掃除くらいしたらどうなのですか掃除を!!」
「「ギャアギャア!!」」
二人の口喧嘩が始まった。静かにしろと言った椿さん本人が騒がしくしてどうするんだと内心ツッコミを入れておく。案の定突然始まった二人の喧嘩にみんな困惑を隠しきれていない。
でも、今は喧嘩だけは止めてほしい。時間がないし、なにより先頭の二人が喧嘩を始めたら通れなくなってしまうじゃないか。
「お二人とも、今は喧嘩をしている場合じゃないですよ」
「そうですよ! 今日は革命派の人たちと交渉することが目的なんですよ!?」
「ふふっ。二人は差し詰め犬猿の仲ならぬ、嫌煙の仲といったところかしらね? ふふふっ♪」
「「「・・・・・・」」」
・・・・・・。
「あ、あれ?」
「シルク様……」
「さ、寒気がいたしましたわ……」
「あぁ、背筋が凍るかと思ったぜ」
「……何はともあれお二人が落ち着いたのならいいじゃないですか。椿さん! 先への案内お願いします」
「お、おう!」
「なによーーーー!!」
シルクさんは私たちの反応にご不満な様子。だが実際、彼女のギャグで二人が私たちの言葉に耳を傾けてくれたのだからナイスギャグでしたよシルクさん!!
本人に言ったら体蜂の巣にされてしまいそうだが。
さて、そんなこんなでおんぼろの廊下を進む私たち。やがて先導する椿さんがとある扉の前で立ち止まると、私たちもそれに倣い立ち止まる。目の前の扉は、今にも取れてしまいそうな今までの扉とは違い、しっかりとした作りと行き届いた手入れがされている立派なもの。それを見たエリさんが「なんだ、やればできるではありませんの」と、小さくボヤいていた。
「この先がお前らを連れて来いと指示された部屋だ。俺も中には入るが、くれぐれも指示には従うように。特にそこの白髪」
「わかっていますわよ。私が嚙み付くのは貴女だけですわ」
「へっ、言ってくれるじゃねぇか。じゃ、入るぞ」
扉を開けて、体を進め、最後の人が扉を閉める。まず最初に感じたのは、部屋中から向けられた沢山の人の視線だった。
「『なぁ、おい』」
「『あぁ、間違いない。あれが』」
ヒソヒソ…… ヒソヒソ……
「ッ」
あんまり、ジロジロとみられる視線は得意じゃない。それはナツメ達も同じようだったが、こういうことに人一倍敏感そうなエリさんだけは普段通りの態度を崩さない。案外、こういう沢山の人からの視線には慣れているのかもしれない。
そして――
「よくいらしたな、可愛いお客人」
部屋の一番奥、備え付けられた一際立派な座椅子に腰を据えている顎髭の目立つ人物。間違いない、あの人が革命派の頂点。纏う雰囲気だけで、ただものでないことがヒシヒシと伝わってくる。
手には立派な杖を持ち、側には若い補佐官のような人をつけてこちらの様子を伺っていた。
「こいつらが貴女に会って直接話したいことがある奴ら……です」
「ほう、私に直接とな? 話し合いに応じることもやぶさかではないが、まずは君たちに誠意というものを見せてもらわねば。まさか、武器を持ったまま交渉するわけではあるまい?」
「ッ! で、です! お前ら、今持ってる武器全部外せ! とがったものも全部だ」
「わかりました」
それにしても、あの偉い人を前にした椿さんの態度は見てて面白い。敬語を使い慣れてないことがバレバレだもの。
腰につけていた短剣を、回収に来た若い男性に手渡す。同様にエリ、ナツメも武器を手渡した。シルクさんとテトさんはもとから武器は使用しないし、こよみも能力のみで武器は使わない。武器類を回収し終わった男たちは一度それらを遠くに置きに行き、再び私の隣に立った。私たちを警戒するように。
「それで全部かな? すまないが、君たち一人一人にこちらの兵を付けさせてもらう。武器を手放したとはいえ、いまだ能力は使用できるのだ。なに、何もしなければただの置物よ。……さぁ、話し合いといこうか」
なるほど、もしも私たちが怪しい動きをしたときすぐに取り押さえられるようにするためか。時折子供を相手にするように微笑みかけるこの男、あんまり近くにいてほしくないんだけどな。
念のため他の男たちも見て回るが、ある一人を除いて態度に不審なところは見られなかった。だが、問題の男がどうも怪しい
「……くっ」
どうして、そんなに敵意むき出しなんだ?
エリさんを睨みつけるその男は、私たちを代表して彼女が髭の男の目に立った後も強く睨みつけている。
「ご機嫌麗しく。この度は、突然の訪問及び私たちの願いをお聞きくださり、真に感謝申し上げます」
「やはり、王族とだけあって礼儀作法も大したものだな。だが、そちらが一人ここにいる意味が分からぬわけではあるまい。我々の目的が貴族どもへの反逆である以上、今この場で襲われるやもしれんのだ。そうであろう? 聡明と名高いエリ第一王女様」
「存じ上げております。しかし、今の私は貴族区へは戻れぬ身。貴女様一人に容易く屠られる程度の、矮小な存在にございます」
「ほう?」
「っふざけるな!!!!」
警戒していた取り、エリさんに殺意むき出しの男が吠える。彼の行動には私たちだけでなく他の革命派メンバーも予想外のような反応を返す。
「落ち着け」
「ですが総帥!!」
「貴様の考えはわかっておる。だが、今は落ち着け。よいな?」
「ッ!! ……申し訳、ございません」
激昂した男を、優しくたしなめるこの人。本来客人を相手に無礼を働くことは、組織の長として恥ずべき行為なはず。それを目の前で叱責ではなく説得してしまうとは、どうやら部下にはとても慕われているらしい。周りからも否定的な言葉は飛び出してこない。
「部下が失礼した。それでは、国の頂点から最下層へと滑り落ちた元王女様が我々に、何を願うのだ。まさか、自分が再び頂点に戻るために協力しろとでも?」
――部屋中の空気が、瞬く間にざわざわとしたものになる。先程は特に反応していなかった者達も、エリさんが彼らを利用しようとしていると思ったのだろう。口々に不満を言い合っている。
「いいえ、そのような大それたことを申すつもりはございません。それに、もう王の座などには微塵の興味もございませんわ」
「……では、元王女であるそなたは我々に何を望む? 何を願い、何を対価として差し出すのだ」
みんなの身の安全。私たちが彼らに願うのは、ただそれだけのこと。エリさんも当然承知しているし、彼女の口から聞かされてもいる。間違いなくここは、身の安全を男に願うはず――
「この場にいる彼女たち全員の身の安全を。その対価として、貴族区、及び王城内部の詳細な情報を。私が持つ限りのすべてをお話いたします」
……よかった、ちゃんと全部エリさんが言ってくれた。後は、彼女の提案に男が良い反応を返してくれるかどうか。