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きっかけと衝突と 第百一話



「いかがですか」


「……うん、痛みも完璧に消えたよ。ありがとうね」


 手の開閉を繰り返し、完全に感覚がなくなったのを確認する。感覚消失に基づいて体に残った傷や腫れの状態を認識できなくはなったが、見た目普段通りになったので問題はないだろう。見た目わかるような傷は長袖の服を着て隠せばいい。


「姉様。私は頼りないかもしれませんが、必ず貴女の身をお守りいたします。決して、女王の好きにはさせません。ご安心を」

 

「ありがとうレン。でも、レンはエリさんのことを第一に考えて。言ったでしょう? すべての責任は私にあるって」


「姉様……」


 タッ……タッ……


 病室の扉の奥から、誰かが歩いて近づいてくる。その人物の目的がこの部屋にあるのかはわからない。だが、少なくともレンがこの場にいることは知られない方がいいだろう。

 もしも足音の正体が私の友達なら、それだけで話がこじれてしまう。


「レっ……ん」


 ――彼女はもう、そこには立っていなかった。最初からいなかったかのように、一切の痕跡を残さずに。

 やがて数回の足音が連続し、予想通りこの病室の扉が開かれた。


「――ココ、さん……ココさん! 起きられたのですね!?」


「おはようございます。足音の正体はテトさんだったんですね? ……ということは、もしかしてまたみんなに助けられちゃったのか」


 なんだかいつもの仕事服を着ていないテトさんを見るのは新鮮だ。とても動きやすそうな素材の服を身にまとい、腕にはこれまた見慣れぬ皮手袋がはめられている。どこかに出かけていたのだろうか? それにしては服の選択がやけに攻撃的である。


「お体の具合はどうですか!? 痛みなどはありますか!? 一体なにをすればこのような重傷を負うのですか!!」


「お、お落ち着いてください! そういっぺんに言われても答えられませんよっ」


「!! そ、そうですよね」


 取り乱してるなぁ。テトさんてもっとこう、いつも冷静沈着なイメージだったんだけど。

 深呼吸をし、胸元をいじっては何もないことに気づき慌てるテトさん。普段仕事着でいるからか、その時の癖がつい出てしまったようだ。恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをする姿も可愛らしい。あれ、これじゃ怪しい人みたいだな……


「では、そうですね。まずは体の具合からお聞きしますね。妙な痛みだったり呼吸がし辛いなどの症状はありませんか?」


「ないですね。もういつもと変わらないくらいには動かせますよ? ほら」


「っ!! 無理に動かさないでくださいっ! ……少し、失礼します」


 そう言ってテトさんは、私の体の中で比較的軽症な部分から触り始める。痛かったら遠慮なく言えと言われるが、生憎と感覚自体が消えているので、目で触っているところを見てなかったら触っているかどうかすらわからない。

 左足から左腕と上っていき、最後には顔の包帯の部分を優しく触れる。痛みはこなかった。


「ね?」


「……信じられない。あんなにあった傷や腫れが、もうほとんど治っているなんて」


「何回か入院しているうちに傷の直りが早くなってたみたいでね。もしかしたらこれが私の能力なのかも、傷の急速回復みたいな?」


「……。」


 何か言いたげな視線をこちらに向けるテトさんを無視しつつ、私は窓から覗く外の様子をじっと見る。

 レンとの約束の日は明日……いや、もう一日もないのか。幸い傷の具合は何とかごまかせるようになったし、今すぐ椿さんのもとに行って交渉をしたいところだけど。問題は椿さんの怪我の状態だ。

 彼女もまた今の私と同じくらいの傷を全身に負っていた。いくら私の傷の直りが早かろうと、彼女が案内できないのでは意味がない。傷の治療が、今日中に終わるとも思えない。


 どうしよう。問題解決のための初手ですでに手詰まりだ。


「……まぁ、今はそれよりもお聞きしたいことがあります。次にココさん、貴女が工業区でそれほどの傷を負った理由についてです」


「(どうしよう……どうしよう……もう一回レンを探して椿さんの傷を治してもらうか? いや駄目だ。彼女の場合は外傷よりも骨折とかの方が多いんだ。痛みを消しても体に無理はさせられないし、でも時間が……!)」


「ほぇ!? あ、へほはん」


「意識がはっきりとしていないのはわかりますが、私の質問に答えてください。貴女は工業区で、一体何をしていたんですか!」


「へ!? へーっほ……」


「今更、嘘をついたりはしませんよね? 私たちにこれほどの心配をかけておきながら」


 テトさんは窓の外を見る私の顔を、両手で挟み強引に自分の目線に合わせてくる。いつぞやのお説教の時と同じ目。間違いなく、テトさん自身相当に怒っていらっしゃる。

 無事に帰ってくる前提で私を一人で工業区に行かせたのに、その約束を破って傷だらけで帰ってきたのだから怒るのは当然である。むしろ私のために怒ってくれる存在のありがたさは、今回の件で十二分に理解した。


 だから彼女には嘘はつかない。しかし椿さんのためにも、すべてを話すつもりはない。椿さんと出会って交渉したことまでは伝え、その後の一連の指導については一切明かさなかった。怪我の理由は、道中のチンピラに手を焼いたためだと話したのだ。ごめん、見ず知らずのチンピラさん。


「とまぁそんな感じで、数の暴力には勝てずにボコボコにされました。あいつら私一人相手に容赦ないんだもん」


「……椿さんと話していた、ですか。その紙の存在をなぜ私たちに黙っていたのか疑問に思いますが、何よりなぜ彼女と一対一で会う必要があったのか私には理解できません。エリさんが駄目ならば、面識のあるこよみさんでも元のペアであるナツメさんでも良かったではありませんか。一人でできると油断した結果がこの傷なのですよ。私たちは、そんなに信用なりませんか?」



 ――今、その言葉だけは口にして欲しくなかった。浮き上がってきていた気持ちが、急激に沈められていくのがわかる。


「信頼ッ……してるよ!! ……でもさ、」


 信頼。できればこの言葉は使いたくなかった。今の私の中にある感情の正体が、本当に彼女を信頼しているということなのか自分でもよくわからないからだ。

 わからないなら、安易にそう表現するべきではない。でも、と。私はまた自分の弱さを自覚した。今ここですぐに言葉を言わなければ、彼女の機嫌を損ねてしまう、嫌われてしまう、見捨てられてしまうと。


「でも?」


「ッ……ごめんなさい。もう二度と、こんなことはしません」


「……ココさん」


 言い訳は、出てこなかった。今の私が言う言葉など、羽毛より軽いものだと分かったから。

 話してはいけない。言ってはいけない。私にできることは、行動で示すただそれだけなんだ。


 タッタッタッタッタッタ――― バァン!!


 ―― その時、病室の扉が勢いよく開かれた。


「テトちゃん大変よ!! あの子たちが!! ――ココ!? もう起き上がれるの!?」


「シルクさん……」


「シルク様、大変とは何のことですか」


「そ、そうよ!! あの子たち三人が、工業区に向かったみたいなの!!」


「なッ!?」



「ッ!!?」


 シルクさんからもたらされた報告により、私は顔を驚愕に染める。


 ――どうして? なんで三人が工業区へ? 私はまだ何も言ってない。工業区に行った目的も、この地図のことでさえ……



 !!



「(地図! そういえば地図はどこに!?)」


 側に置かれた自分の服をひっくり返し、あらゆる収納場所を手でまさぐり地図がないことを確認する


「(ないっないっないっ!? どこにもない!? ――まさかっ!)」


 彼女たち三人の目的地が、今、はっきりと分かった。椿さんの入院している、あの裏通りの病院だ!! 


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