長旅疲れてプロローグ
初投稿
潮風を全身に受けながら、はためく帆の隙間から時折漏れる日の光に目を眩ませる
「くぁぁ~」
穏やかな波に合わせて上下する船体に体を揺られ、ぽかぽかとした気温も相まって、起きたばかりでまだ少しの眠気を感じる。
「くぅ……ムニャムニャもう少しぃ――
「 『港が見えたぞォォォォォ!』 」
どぅわぁぁぁあ!?!」
船全体に合図を送る鐘の音とそれに負けない見張り番の張り上げた声に、予想以上に体が反応してしまう。仮眠のために寄りかかっていた自身のバックパックから、頭から落ちてしまうほどに。
「いたたぁ。はっ! ――ほぁぁ!!」
頭に響く痛みに涙が出そうになるが、今はそのことは置いておく。痛みにより覚醒した私は、待ちに待った目的地ということもあり素早く船の側面から身を乗り出した。
ぼやけ目が回復するにつれ、より明確に見えてくる港町。停泊のため忙しなく走り回る男たちには目も暮れず、私はこれから始まる新しい生活に胸を躍らせた。
「あれが、私の次の目的地! いいではないかいいではないか! ムッフフ~! フルルン ルルン ルル~♪」
思わず鼻歌を歌いながら、くるくると両手を広げて踊りたくなってしまう。というよりもう踊っていた。そうして駒のように回転しつつ気持ちゆっくりと荷物の下へと戻れば、紐を立てて背に背負う。
一般的な女性と比べても低い方である私の身長に、不相応なほど大きく膨らんだバックパック。側面には小さなランプをつけ、その上には枕にもしていた巻かれた布。高さは私自身の身長の一・五倍ほどはある。
しかし心配はご無用。何を隠そう私は、今までこの荷物を常に背負い旅をしてきたのだから。
「 『着岸………今!』 」
「あだっ!?」
しかし、足元の揺れは想定外。
思わず体が後ろに持っていかれ転んでしまう。持ち上がった体をジタバタさせてもがく様は、さながら虫の如く。
それでもなんとか持ち直し階段を降りて下の乗り降り場に向かえば、視界に広がるのは活気に満ち溢れた人々が行き交う街の風景。
場の空気に流され、自然と体からワクワクが込み上げてくる!
「――うぞ~! こちらどうぞ~」
「ん? あれは?」
一際大きな声に気づいてみれば、今しがた降りてきている客人に対して何かを手渡している。
紙……?
「あのー」
「あっ、すいません! ようこそ″ 水の街クエリア ″へ。こちらどうぞ!」
「あ、ありがとうございます」
受け取った紙を見ると、どうやらそれはこの街の地図のようだった。左上に”ようこそクエリアへ~”と書かれ、中心には紙面積の半分以上を使った見取り図が描かれている。
「ふむ……。この中心の十字水路から分かれて、5つの区画に分かれてるのか。とすると、今いるのがこの海に面した交易区で、この隣が ――あっ」
「おっと」
突然の背中からの圧迫に振り向くと、後ろに控えていた初老の男性とぶつかってしまう。よく考えてみれば、私は今荷物と合わせて一人で二人分の幅を取っているような状態なのだ。そりゃ邪魔にもなる。すぐに退こう。
そう、思っていたんだけど……
「あぅ、ごめんなさ『いえいえ~』すいません、ちょっと通りま『おっと、すまねぇな』あ、あの、通し『邪魔だ邪魔だ!』」
港で働く人たちに加えて、船から降りてきた客でさらに混沌とした状況下。身長のせいで低い位置にいる私にパッと気づく人は少ない。割れやすいランプを庇いつつ、人気のない場所へと揉みくちゃにされながらなんとか脱出を試みる。
「はぁはぁ。あれ!? わ、私の荷物! んんぅぅぅ!! おぅっ!?」
荷物が引っかかって取れなくなるというアクシデントこそあったものの、やっとの思いで人混みからの離脱に成功する。背負った状態から抱き抱える形になった荷物を一度下ろし、先ほどの地図を広げる。
「ふぅ。……えーと、とりあえず街の区画は全部で5つで、今いる場所が船の発着する交易区と。地図だと左下だから、このまま右に行けば歓楽区にいけるのかな」
区画は地図を見る限り、左下に交易区、右下に歓楽区があって、左上に工業区、右上に農業区があるらしい。そして中央に位の高い人たちの住む貴族区があるようだ。ただ、それぞれの区画に面した場所にバツ印がついている。一般人は入れないのだろうか
できれば貴族区も見てみたいけど、入れないなら仕方ない。
「それよりも今は宿! でも、あんまりお金はないし……」
地図にはそういった情報は書かれてはいなかった。となれば、後はそういった事情に詳しい人を捕まえて聞く他ない。
「一番いいのは警備の人に聞くのがいいんだけど、正直あの中にはもう戻りたくなぃ。……よし! 何事もまずは行動あるのみ!」
時間はある。なら観光ついでに聞き込みすればいい!考えるよりまずは行動を起こす。それが、私がこれまでの経験から学んだことなのだ。決して、目の前の人並みに怖気付いたわけではない。決して。
見やすいよう地図を折りたたみ、荷物を背負って歩き始める。人通りはそこそこでも、港前よりは全然通れる程度。まぁそれでも注意は欠かせないが。
「交通は水路を利用した小舟、と。まずは工業区に行ってみようかな。ついでに鍛冶屋に行って武器の研磨もお願いしよう」
地図と街並みを交互に見比べ、方向を見失わないようにしながら船着場を目指し水路を目指す。
ふんふんとリズムに乗りながら目指せば、数分とかからずに大きな水路のある道に出る。
「おぉ、賑わってる」
やはりというべきか、船から降りた人たちが目指すのは皆一様にこの船着場だった。どの小舟も人で溢れかえっていて、船頭の人たちは嬉しい悲鳴をあげている。
「多分私があそこに行ったら、何人か人を川に落としそう。どこか人の少ない舟 ――……あっ」
しばらく水路を眺めていると、ふと、近くに人のいない船着場があった。けれど、それ以上に私の目を引いたのは
その舟に乗っている、片目を髪で隠した"少女"だった。
船底に腰を落ち着け、体勢を崩して目を閉じている。遠くてはっきりとはしないが、眠っているのだろうか。
きっと仕事で疲れているのだろう。起こさないよう、別の小舟を探すべきだ。
……頭ではわかっていても、私の体はまるで吸い寄せられるように彼女の舟へと向かっていった。
ギシッ
「「あ」」
間近について油断したその時、やや古くなった木製の板を軋ませてしまう。その音で目を開けた彼女と私は、お互いに驚き体を硬直させた。
「お客、さん?」
「あの、えっと……お願いしてもいいですか?」
状況を把握し始めたのか、彼女は見える方の片目を擦りやがてゆっくりと立ち上がった。
「待たせてしまってごめんなさい、仮眠のつもりだったのだけれど。それで、何処に行くの?」
「あ、はい! 工業区までお願いします。あ、この荷物大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、この舟は五人用だから。片道百リルね」
取り出した硬貨を彼女へと渡し、荷物を下ろしてからゆっくりと舟に乗り込む。
彼女は私が腰を下ろしたことを確認すると、舟を固定するロープを外すとオールを手に持ち最後尾へと立ち、揺れがやや落ち着いたところで舟を出した。