3話 猫耳少女と民宿
朝から走ってきて、地元に着いた時点でお昼は過ぎていた。それから色々とあって、空が少しオレンジ色に染まってきた。
そういえば何も食べていない。
「腹減ったな」
僕は口にした。インカムがあれば一番よかったのだけど、そんなものは持ち合わせていないので、無料通話をイヤホンで繋いである。
今、日本中探してもこんな至近距離で通話をしている人はいないだろう。
「お昼は?」
「食べてない。忘れてたよ」
「どうする? 食べれるけど」
「そんじゃ、少し早めの晩ご飯にしよう」
「それはそれでいいんだけど、今晩寝るのどうするつもり?」
「あ、そっか・・・・・・」
田舎にも町はあるにはあって、漫画喫茶は存在する。僕一人の旅のつもりだから、行き当たりばったりでも寝床はあると思っていた。けど、女子高生と一緒となれば深夜帯は入れてくれないだろう。ちゃんとした宿を探さないといけなくなってしまった。
まぁ、それはそれでいい。風呂屋に行かなくてもお風呂があるといる利点があるからだ。温泉ではないだろうけど、そこにこだわりはない。
いつまで続けるかわからない旅だ。
「ビジネスホテルか民宿でも探そうと思ってるんだけどさ」
「あぁ、うん、大丈夫だよ」
なにやら僕の後ろでゴトゴトと動いている。正直、走行中に動かれるとバランスを崩しそうになるタイミングがある。居眠りしてカックンと首を落としたりしてるわけじゃないから、まだ大丈夫だけど。
それが現実になったとき、どうしようか。小さな子供を後ろに乗せるときみたいにベルトをする? いや、そんなことをしようとしたら「どさくさに紛れて、くっつこうとしてるでしょ?」等と疑われかねない。
混雑していたラーメン屋さん。二人横並びでカウンター席に座った。
「学校楽しい?」
「ん、まぁ学校はね」
「そりゃよかった。二度と戻れないからな」
「そうだよね。今しかないよね。だから着いてきたんだから」
「ラーメンで良かったのか?」
「うん。好き」
「スープ跳ねるぞ」
「お上品に食べますから」
少女は頭につけている猫耳の位置を微調整した。
「あのさ・・・・・・猫耳は標準装備なのか?」
「パンツって絶対に履くじゃない? それと同じよ」
「いや、違うと思うんだけど・・・・・・帽子と同じじゃないか?」
「いやいや、パンツと同じ」
「女の子がそんなに、ポンポンとパンツパンツって言わないの」
「なに? 想像しちゃった?」
「してねぇって!」
「ほら、ラーメン来たよ。食べよっ」
少女は箸立てから割り箸を取ってパチッと割った。そして、横にいる僕を見てニッコリと笑った。
「うまそうだな」
食べた後、しばらくそのまま席を借り、近くの宿を探していた。見つけた宿は隣町にある、小さな民宿だった。一人三千円。素泊まりだけど、お風呂がついているので、三千円となれば安い方だ。
最終手段のラブホテルだけは絶対に避けたかった。言葉だけは無駄にませている少女に、なにを言われるかわかったものじゃない。
「ここだな」
入り口脇にバイクを停め、引き戸を開けた。
「おじゃましまーす」
しまーす。と少女が続く。
「そういえば名前なんて言うの?」
「にゃんこで良いよ」
「そんなの呼べるか!」
奥の方から四十代ぐらいであろう、お姉さんが姿を表した。おばちゃんと言うには失礼すぎる外見だ。
「いらっしゃい」
「あの、予約した泉田ですけど」
「泉田さんね。部屋こっちだから・・・・・・二人はなに? 付き合ってるの?」
「あ、いや、そういう・・・・・・」
そこで割り込んできた。
「そうなんですよ。付き合ったばっかりで、どっかに行こうかなって思ったんです。で、この宿いいなぁって」
「それはありがとう」
案内された和室は二階にあって、すでに布団が二枚敷かれていた。
「もう敷いちゃってるけど大丈夫だった?」
「あぁはい。すぐに寝ると思うんで」
「お風呂は一階に降りて右の突き当たりだから、自由に使って、そんなに広くはないけど」
ありがとうございます。
僕たちはお礼を言って、お姉さんと別れた。
「おい、付き合ってるってなんだよ」
僕は少女を問い詰めた。
「え?」
「兄妹の設定だっただろ」
「設定って言われると乗り気になれないんだよねー」
「じゃぁどうするんだよ」
「付き合ってるってことで」
「それ、設定?」
「設定というか、お互い恋人できるまで付き合ってるってのはどう? もちろん身体の関係は無しで」
「まぁそれなら良いけど」
「そういえばさ、名前、泉田って言うんだね」
「そうだけど、そっちは?」
「だーかーらー、にゃんこで良いんだってば」
「そんな名前呼ばない」
「しょいうがないなぁ・・・・・・香良だよ」
「から? ふざけてんのか?」
「ううん、香る良いって書いて香良」
「ふーん、めずらしいじゃん」