169.オアシスと休息
オアシスに入ると、少女達の声を耳にする。
「これが、オアシス……」
「確かに、トーキが言った通りだな」
「……やっと、休める、のね」
刀気達、オーナーズ・オブ・ブレイドとイリルとパトレーは、砂へと座る。
直後、ランが言葉を発した。
「ふ~、もうくたくただぜ」
シャリアが、息を切らしながら、区切るように言う。
「暫くは、ここで休憩、だね」
カノアは、彼女の提案に同意するも、別の案を出し、理由を述べる。
「ああ、しかし、休憩と言わず休息するのもいいかもしれぬ。この様な場所が他にあるとは限らないからな」
刀気は、カノアに賛成し、一つ予測して胸中で確認する。
「それもそうだな。もしかしたら、昼が近いかもしれないし」
――今のところ、国主様が昼を知らせていないから、まだだと思うけど、何時何分か分からないから、いつ昼飯になってもおかしくないな。
それから、刀気達はお喋りをしたり、体をリラックスしたりとしていた。
そうした中、レイが来て、カノアとメザリアを呼ぶ。どうやら、昼食の準備のために、テーブルや椅子を用意して欲しいというものだった。
二人はそれに応じ、刀気達から離れ、レイと共に歩いた。
その後は、先程行っていたことを再開させる。
どれくらいか経った頃、レイがこちらに来て声を出す。
「お前達、昼食の時間だ」
刀気達は各々返事をして、移動していく彼女に同行した。
暫く歩くと、そこには、予め用意していた木のテーブルと長椅子があった。森で行った朝食で使ったものとほぼ同じである。
刀気達は、近くにある空いた席に座る。
数分後、テーブルに幾つかの皿に乗ったものが配膳される。
それは、球形の小型のパン、ハム、幾つかの野菜であった。
刀気は、今日の昼食であろうそれを見て、唇を動かした。
「これは……」
すると、レイの声が聞こえ、二言目で訊ねた。
「ああ、先程言った塩分を含むものを使っている。これくらいでいいのか?」
刀気は、左斜め上を向いて答えた。
「塩分がどれくらいあるかは分からないけど、いいと思う。それに、摂り過ぎはいけないと思うし」
ごく一部の例外はあるものの、基本的に摂り過ぎは体に毒であり、今回の塩分は、あくまでも補給を目的としたものであるので、多くある必要はない。
量が不明なので、少ない可能もあるが、過剰摂取になるよりはいいだろう。
と、そこで、カノアが発声する。
「そうなのか?」
刀気は言い、誰にというわけでない注釈を心の中でした。
「まあ、塩分というより、大体はそうだろうしな」
――っても、テレビで何となくそうだと思っただが。
ランが、軽く納得するように言い、食事を促す。
「ふ~ん、そうか。なら、これはいいんだな。早く食べようぜ」
料理を食べていく中、カノアが咀嚼と嚥下の音をした後に言葉を発する。
「……ふむ、特に何かあるわけではないが、トーキの言う通りなら、これで塩分が補給されているのだろう」
シャリアが、フォークで刺したものを顔の前に上げ、口にした。
「それにしても、見た目じゃ分からないものばかりだね。全部に入っているの?」
そもそも、成分は基本的に目に見えるものではないので、彼女の感想は、恐らく他の人でも思うことである。
彼女の疑問に、レイが返答していく。
「いや、流石に全部ではない。せいぜい数種類くらいだ。だが、それなりには補給できるだろう」
その後も食事は進み、暫くすると、ランの声を右耳で聞く。
「ふ~、食った食った」
まるで、満腹になったかのようになっているのは、数皿程おかわりしていたからだと推測される。なお、おかわりしたのは、このテーブルにいる者に限れば、ランとミウだけである。まあ……、ミウの入団祝いなどの時のように競っているわけじゃなくて、ただ単におかわりしていたようだったが。
シャリアは、顔を左右に振ってから、この後のことを訊く。
「これからどうしようか?」
それにレイが、案を提示した。
「……ならば、水浴びをしたらどうだ? 汗をかいているだろうし、洗い流した方がいい」
刀気は両手をテーブルに置き、尻と腿を長椅子から離して、赤くした顔を俯かせながら口を動かした。
「……だ、だったら、俺は木の後ろにいるよ。俺は最後でいいからさ」
この場にいるのは、刀気以外女性であり、水浴びをするということは、恐らく被服を脱いで裸になるわけなので、男――異性である彼は、隠れていた方がいいだろう。理由としては、ここは浴場などとは違い、仕切りはないので、このままでは、彼女達のあられもない姿を見てしまうからだ。
順番については、あまり関係ないと思い直すが、女性達は数万もいるので、全員が水浴びを終えるまでかなりの時間が掛かると思われる。故に、早めにして時間に余裕を持たせた方がいいので、順番は変えないことにした。刀気自身、元の世界では実家にいた頃の風呂は最後に入っており、この世界での宿舎でも最後であるため、後から入ることには慣れている。といっても、数万人もの後というのは初めてであるが。
レイが、刀気の提案に賛成を示す。
「それがいいだろう」
すると、怒声で行う忠告が聞こえ、その方向――左寄りの斜め上を向くと、刀気よりも赤くした顔をしており、両腕で胸を巻いて身を捻らせつつこちらを見ているイリルがいた。
「ぜっっっっっったい、見ないでよね! 見たら、あんたを一瞬で斬るから!」
刀気は、恐怖を覚えながらも、少し驚いて承諾した。
「あ、ああ……。解った」
イリルの持つ剣――敏速の剣は、所持者の速度を向上させる能力を持っているので、彼女の言うことは大袈裟ではないだろう。
その時、ヤミの低くはっきりとした声が左耳に入る。
「シャリアの裸、見たら殺す」
瞬間、刀気は寒気がし、無言で驚きを大きくする。
「……!」
そうしたことなどがありつつも、予定は水浴びに決まり、様々な音が鳴る。
提案した通り、刀気は、長椅子から近い木の後ろにいて、背を向けている。
そうした中、カノアとランの声が聞こえる。
「む、貴様、また大きくなっているのではないか?」
「そういうお前は、全然だな」
「ふん、あたしはこんなものじゃないの。いつかは、あんたを超えるんだから」
その後、言い合いになり、徐々に過熱していき、声からして、メザリアが仲裁に入る。
しかし、一向に治まることはないが、感情的になったからなのか、カノアが彼女に対して『禁句』とされていることに関するもの言ったことにより状況は一変する。
それは、年齢に関することであり、カノアは矛先をぐるりと向けるが如く、言い放った。
直後、まるで時が止まったかのような静寂が訪れ、数秒後、メザリアがカノアに声を掛けるが、刀気はその口調に覚えがあった。
それは、幾つかあるが、特に彼女と初めて会った日、こちらの失態により発せられたものに似ていた。恐らく、その時の陰りを伴った笑みをしているのだろう。
少し間が開いて、カノアが素の口調で謝る。
そして、カノアとランは互いに謝った。
こうして言い合いは終わり、メザリアは、別のところで洗うことを告げた。
それから暫くすると、今度は、ヤミとシャリアの会話を耳にした。
「シャリア、ヤミが背中洗う」
「え? じ、自分で洗えるから……」
「ダメ、ヤミが洗う。終わったら、ヤミの背中、洗っていいから」
「ちょ、ちょっとヤミ!? あっ、あ、ああっ!」
そんな、所謂喘ぎ声とされるものを聞いた瞬間、刀気は、顔が赤くなり、振り向くことを必死に堪える。
そして、ふと、二人の状況を想像してしまい、振り払うように頭を振る。なお、その時、刀気に新しい扉が開きかけていた。その先には、想像と見覚えのある白い花があった。
と、そこで、ミウの鼻歌が鼓膜を震わせる。
「――――」
刀気は、少女達の声を聞き、真っ赤という程ではない赤に染めた顔を俯かせる。
口中で言い、彼女達の姿を脳内に浮かびかけては振り払うが、性的興奮時などで発生する生理現象が起こり、両手で股間を抑える。
――うう~、声が気になって仕方ない。あっちでは何を……、って! 何想像してるんだ俺は! うっ、アソコが……。特に、シャリアの声がやべぇ。でも、動いちゃいけない。まあ、騎士達が壁を作ってるし、背が高い人を前にしているけど、高さには限りがあるから、場合によっては……ってなるかもしれない。それに、俺より高い人はあまりいないしな。だから、ここを離れるわけにはいかない。イリルの忠告は、本気っぽいしなぁ。
なお、騎士達が水浴びをする場合は、身長が低い順に数人ずつ行い、終わった者は再び壁に戻る。
このように、壁は持続するが、仮に刀気がここから離れてしまい、少女達のあられもない姿を見てしまえば、恐らくイリルに斬られる。そして、最悪の場合、刀気は死んでしまうだろう。
そうして殺人事件が起こるのは、避けなければならない。何故かは、複数あるが、ともに歩んだ者が殺されたという状況に、知り得る限りで経験があるミウには、ショックが大きくなると推測されるからだ。場合によっては、その経験をフラッシュバックしてしまう可能性がある。所謂、心的外傷後ストレス障害をだ。
と、仮の未来予測をしていると、短い悲鳴を聞いた。声の主はイリルだった。
「きゃっ!」
刀気は、咄嗟に駆けだそうとしたが踏み止める。何が発生したかは不明だが、それでもここを離れてはいけない。駆けつけ、先程の最初の予測通りのことが起これば、その後のことにも至ってしまうと思われるからだ。
しかし、もし命の危険などの大事であるとしたら、すぐさま向かわなければならない。事の成り行きが終わるまで動かないほど薄情ではない。もし……もしも、この事態により、何らかの悲劇が起これば、一生残る後悔をするだろう。
刀気は、勘違いや早とちりにならないように、何があったのか聞き耳を立てる。まあ……、刀気は『パワー・オブ・ソード』の身体強化の一つで聴力が向上しているので、立てなくてもよく聞こえるが、正確に、一言一句聞き間違えないために敢えてしているのだ。
すると、ランが発声した。
「何だよ、足を滑らせただけじゃねぇか」
刀気は、それにより胸を撫で下ろす。
だが、大事が起こらないとは限らないので、警戒をしていく。
しかし、その後はそういったことはなく、カノア達の水浴びは終わった。
それから、長い時間が過ぎ、刀気の番が来て、彼は水場の傍に移動して着いた後、被服を脱ぐ。
そして、水浴びに向かうときに受け取った布を持ち、水場に入る。
水の冷たさに、疲れを吐き出すように息をする。
「ふ~」
布と水を使い、体を拭きながら胸中で言い連ねた。
――しっかし、やばかったなぁ、あれ。俺以外の水浴びが終わった頃には治まったからいいけど、もし、そうじゃなかったら、隠しても疑問に思われるし、もしも勘のいい人がいたら気づくかもしれないしな。気づかれたら俺を見る目が変わるだろうが、敵地へと向かうときにそうなるのは避けたい。だから、治まってよかった~。まあ、カノア達以外が、何も言わずにしていたからかもしれないが。
暫くして、拭き終えた刀気は、冷たさを数分程堪能してから水場を出て、濡れた部分を拭いてから被服を着る。
着終えた刀気は、踵を返し、水場を後にした。