167.砂漠と引継ぎ
森を出て砂漠に入ると、瞬間、暑さが発生し、刀気は、左腕を額の前に移しながら唇を動かした。
「うっ……、これは」
なお、身体強化によるものなのか、暑さは極端な程ではなく、元の世界で経験したものより少し上というものだった。
人間は恒温動物の一種であり、それには、体温調節機能が備わっている。恐らく、身体強化により、その機能が発達し、体温を大きく下げているのだろう。
それでも、元の世界にいた時より少し暑いということは、砂漠の暑さは、普通のものとは違うので、それが原因だと推測される。
オーナーズ・オブ・ブレイドのメンバーが十人十色な言葉を発する。
「灼熱の如き暑さ、これほどとはな」
「あっぢぃ~」
「それに、じりじりしていて痛い」
「……暑い」
「これが砂漠、ですか」
「暑くて痛くて、何なのよ、もう!」
他にも、多くの女性が嘆きや不満などを出す。
刀気は、暑さや痛みが入り混じる中、このときのためのことを告げる。
「……でも、俺達には、このときのための対策がある。パトレー、メザリア、カノア、頼んだ」
呼ばれた三人は、同時に返事をする。
「はい!」
「ええ!」
「ああ!」
刀気達は、一旦止まり、数秒後、パトレーが前に出てこちら向き、剣を抜いて構える。
彼女は口にし、剣を上げて振る。
「では、いきます!」
すると、可視化された緑と白を含めた風が吹き、刀気の髪や服を靡かせ、涼しさが発生した。風は、数日前にあったポインティア進攻についての話の中でパトレーが語ったように、気温に影響されず、冷たい風となっている。
刀気とシャリアが、順に言う。
「涼しい~」
「うん、成功だよ」
その後、刀気は幾人かの声を聞く。
そして、右側からメザリアの魔法詠唱が聞こえる。
「次は、私が行います。我が剣よ、我らに涼しき風を与え給え、『クール・ブリーズ』!」
直後、風が吹く音が鳴り、刀気が右を向くと、パトレーのときとは異なる風があり、数人の女性がそれを受ける。
ランとミウが、声を出した。
「おお、すげえなぁ」
「暑さだけじゃなくて、痛みも退いてきたわ」
続いて、別の声が耳に入るが、恐らく一部の騎士達のものだろう。
次に、左斜め奥にいるカノアが、想像の具現化剣を抜き、構えて口を動かした。
「最後は妾だな。はあっ!」
彼女が剣を振ると、黒色の風が発生し、騎士達へと向かう。
それを受けたジャンヌが不満を述べるが、オルトリーベが異論を唱える。
「貴様、少し寒いではないか」
「いや、先程の暑さからしたら、この程度がいいだろう」
その後は、刀気が向き直すと、既に剣を納めているパトレーが歩き出し、彼女含め、もう二人の足音を聞いた。
暫くして、進攻が再開され、果ての見えない砂漠を歩む。
道中は、時折パトレーとカノアとメザリアが風を送り、受ける側の刀気達だけではなく、三人も互いに送り合っている。
それらを繰り返し、進み行く中、ランが発声した。
「涼しくなったけど、暑くないわけじゃないんだな」
刀気は同意し、声がした方向――右へ向いた瞬間、見えたものに顔を赤くして驚く。
「ああ、そうだ……な!?」
こちらに気付いたのだろうか、ランが刀気を見、小首を傾げて問う。
「? どうした?」
刀気は、胸中で今のランの状態に困惑して、行動に迷う。
――あ、汗で服が、染みていて、す、透けている。しかもこれ、肌が直に、まあ、こういう世界じゃブラやカップはないだろうし、考えてみればそうなるか。それに、透けが広がると、み、見てはいけないところまで……って、何考えているんだ俺は! つ、伝えるべきなのか? でも、本当にそうでいいのかな。どうすれば――
そうしていると、左脇腹に痛みが発生し、声が漏れる。
「痛っ……!」
刀気は、本能が向くことを拒否しているが、それに逆らい、ゆっくりと逆方向に向く。
すると、カノアが刀気の脇腹をつねており、彼を見ていて翳りのある笑みで問い掛ける。
「トーキ、さっきどこ見ていたの? あたしには、トーキがランの胸を見詰めたように見えたけど」
刀気は、返答に困り、あやふやな態度をとる。
「いや、それは、何って言うか」
カノアは、顔の向きを変え、怒声で言うが、二言目を俯きながら嘆くような小声で出す。
「……フンッ、あたしの服は透けなくて悪かったわね。それに、透けたってあたしじゃ……」
陽炎が発生する中、砂漠を進み続けていると、刀気はふと声に出した。
「それにしても、やっぱり気になるな」
後ろから、シャリアが短く問う。
「何が?」
刀気は、振り向いて答える。
「いや、さっき見た森と砂漠が繋がっていることだ」
シャリアは納得し、顔を少し前に倒して右手の人差し指と親指を顎に当てる。
「確かに、考えてみればそうだね。本来は森を出て少し進んだ先にあるんだから」
すると、オルトリーベの声が耳に入り、刀気は向き直す。
「ふむ、あの時の地図は去年の物だが、その間にあそこまで広がるとはな」
ジャンヌが謝り、地図について言う。
「申し訳ございません、国主様。地図を新しくしていればこのようなことには……」
国主は、彼女の謝罪を赦し、言葉を続けた。
「よい、貴様が責任を感じことはない。それに、今の技術では、これ以上速めることは難しいだろう」
刀気がいた世界では、閲覧者の意見を基に更新するシステムを有する地図をある。しかし、この世界にはそのような技術がある可能性は低いので、刀気としては、それも含めて、更新頻度を増やすことは難しいと考えている。
ジャンヌは、意見を述べる。
「しかし、この状況は、我々にとって想定外のことではあります。何故、このようなことに……」
刀気は、ジャンヌの疑問について考える。
この場は、時期によって砂漠か雪原に変わるが、そのようなことは、自然的には発生しない。砂漠に雪が降る事例は、珍しいながら存在するものの、雪原という程ではなく、一部に積もる程度である。なお、逆の場合は、恐らく、完全な砂漠にはならないだろう。これらのことから、ここの変化は、自然現象によるものという可能性は低い。
しかし、本への記載や知識として変化は起きているとされている。それならば、自然現象以外で発生していると推測される。考えられるとしたら、人工的なものになるが、気候や風景などを人の手で変えるもしくは操ることは、長期では不明だが短期では難しい。
こうなると、人工でもない確率が高く、砂漠か雪原に変えることは不可能に近いことになる。
刀気はそこで行き詰まるが、ふと、あることを思い出す。
そこから着想を得て、一つの推測を立てる。
右斜め上に向いて、刀気は口を開く。
「あ、あの、もしかするとですが」
オルトリーベがこちらに向き、促す。
「鶴元か。よい、申せ」
刀気は頷き、考えた推測を言葉に表す。
「はい、もしかするとこの砂漠や雪原は、剣の能力で生み出しているのではないかと……」
そこで、能力者の場合もあることに気付くが、思い出したことに合わせる為、そのままにした。
オルトリーベは、ほぼ動じず、言葉を発する。
「ふむ、理由はあるのか?」
刀気は首肯し、理由を述べる。
「以前、剣の能力によりこの国の者達は女性同士でも子を産めるようにしたということを聞きました。そのような、普通は起こりえないことを国という大規模に起こすというところから、これも能力によるものだと予想致しました」
なお、刀気が先程考えに行き詰まった時に思い出したことは、一言目に述べたことだ。
ふと、そこで、刀気は気づく。それは、本によると、砂漠や雪原となった時期は不明となっていたことである。なので、時期によっては、一人の人間が行うのは寿命からして不可能な程続いていた可能性がある。しかしこれは、解決可能なことだ。能力持ちの剣は、能力が無くなったもしくは所持者が死亡した時に限り、女性、特に若い血縁関係者に限定して剣を引継ぎ、能力を使うことができる。だが、必ずそうなるわけでではなく、失敗することがあり、対象者全員が引継げないこともある。
女性同士で性別は限定されるものの、子を産めるようにした剣は、十中八九引き継ぎで持続させており、恐らく、砂漠や雪原にした剣も同様のことが行われていたのだろう。
なお、国主オルトリーベは、剣のデュルフングを持っているが、元々それは無人島だった頃のこの国で後に国祖となるヴァレリーが発見したものである。ここの歴史が記されている本によると、最初の所持者は彼女であり、今はオルトリーベが持っているということは、この剣も引き継がれているとされる。
だが、砂漠云々や女性同士の生殖に関係していると推測される二種類の剣とは違い、能力を持続させているという記述は、刀気が知る限りない、なので恐らく、能力かその他といったものが要因となっているのだろう。
そもそも、刀気は剣のデュルフングの能力を知らない為、これ以上の考えは浮かばない。本にも、彼の記憶では書かれていない。何故そうしているかは、不明である。
オルトリーベは頷き、唇を動かす。
「あの話は本当だから、あり得ることだな。もしそうなると、元凶――能力を引き起こしている剣か、その所持者をどうにかしなければ砂漠や雪原はなくならないわけか。しかし、仮にいるとしても居場所を突き止めなければならぬ」
刀気は、少し考え、居場所について意見する。
「……いるかもしれないところに、心当たりがあります。それはポインティアであり、理由は、砂漠や雪原が能力によるものだとしたら、我々や他の街からの進入を防ぐためのものという可能性があるからです」
オルトリーベは、意見を否定せずに、推測と予定を立てた。
「あり得ない話ではないな。何故そうするかは、恐らく、他には知られたくないものがあるのだろう。……よし、ポインティアに着いたら、その者を探すこともしよう」
もし、彼女の予想通りだとしても、それが何かは不明だ。
と、そこで、刀気はあることを思い出す。それは、ポインティアがガードルに攻め入った時に、一般市民だと思われる者達が現れたことである。
以前読んだある本に、騎士団や駐在騎士は、一員としている者以外の人物を参戦させることを、一部の例外を除き、禁止していることが書かれていた。
ポインティアはそれに違反して行ったので、他に漏洩してはならないことの一つだと思われる。しかし、実戦で表立って使われたことから、仮に想定の一つだとしても、優先度は低いとされる。
つまり、他にも同様のものは高確率で存在することになる。優先度は不明だが、何かについては候補があり、それは、駐在騎士や武装した市民以外の戦力だ。
何者かは不明であるものの、秘密にしなければならないものがあるとしたら、市民以外のことで決まりに反したことか、所謂秘密兵器というものなのか、それとも別のことだとされる。なお、昨日考えた能力持ちの剣や能力者も含まれる。
何故秘密にするのかも不明だが、交流を断絶している以上、何かを隠している可能性は高い。
刀気は、今回の進攻に対して気を引き締め、警戒する、
そうしていると、オルトリーベが言った予定を指示として、彼女は大声で告げ、更に大きい幾人もの応じる声が響いた。
新たなことが決まり、刀気達は、砂漠を一歩一歩進む。