163.昼食と吐露
進攻を再開し、森を進み続けていると、薄暗さが更に増す。
刀気は、顔を上げ、上を見る。
すると、枝葉と枝葉の間から見える空が、雲に覆われていた。どうやら、それにより太陽光が抑えられ、結果、暗くなったようだ。
恐らく、先程までは、雲があまりない晴れた空だったが、雲が増え、曇りへと天候が変わったのだろう。
刀気は、顔を戻し、口中で言葉を連ねた。
――更に暗くなったな。身体強化で夜目が利くようになっているから、あまり気にする程ではないが、俺以外は更に見えにくくなっているんだろうな。暗くなった森……、まさか!
瞬間、刀気はあることを思い出す。それは、裏切り者の存在である。
何故、このタイミングなのかは、刀気以外は暗闇程の暗さに見えていると推測される森、裏切り者は不明であるが故に進攻参加者の中にいる可能性があるということから、その者が暗さに紛れて事を起こすと予想したからだ。
刀気は、明確な根拠はないものの、裏切り者が情報漏洩だけするとは思っていないのだ。理由はなく、様々なゲームをプレイしてきた経験から判断したことである。故に、勘違いということはあり得るが、全くそうではないとは限らないので、考え直すつもりはない。
刀気は、右、左、後ろと、顔を素早く振る。しかし、事を起こす瞬間や悲鳴などは見聞きすることはなかった。
前に戻すと、ジャンヌの声が右耳に入る。
「暗くなったな、誰か灯りを」
そうすると、彼女の声にメザリアが応じ、魔法の詠唱を始めた。
「お任せください。我が剣よ、我らを照らす光を与え給え、『ライトボール』!」
詠唱が終わると、森が少し明るくなる。魔法で光球を出し、刀気達を照らしたのだろう。
――明るくなったか。これなら、裏切り者も迂闊には動けないだろう。
刀気はそう思い、進攻へ意識を切り替える。
その後は、光が灯されたからか、短い間隔で数度野生動物と遭遇するが、圧倒的な数の差により、苦戦することなく撃退していく。
なお、休憩時の忠告を守ったのか、パトレーがいの一番に前へ出ることはなかった。
撃退後、距離や時間が分からないまま進み続けていると、オルトリーベが言葉を発する。
「よし、そろそろ、昼食としよう」
刀気はそこで、疑問に思う。理由としては、昼を示す十二の鐘を聞いてないからだ。といっても、街からかなり離れていると思うので、単に届いていないだけかもしれないが。
だとすると、オルトリーベはどのようにして昼食時を判断したのか。以前読んだデュルフングについての本から察するに針で示す時計はないので、残るは日時計だと推測されるが、しかし、曇り空であるため、日時計に必要な影はなく、例えあったとしても、薄暗い森の中では見分けがつかないので、日時計は使えないだろう。
しかし刀気は、そこである可能性に気付く。それは体内時計で、この場合だとその一種である腹時計になる。
だが、刀気は更に気付き、思い直す。気付いたのは、オルトリーベが腹時計のサインである腹鳴りをしてないことである。
刀気は、身体強化により、聴覚も発達した為、遠くの小さな物音まで聞き取ることが可能だ。それでも進攻開始前の並びから、数メートル先にいる彼女からの腹鳴りが聞こえないということは、本当にそうなのだろう。
刀気は、オルトリーベが昼食時を判断した理由が分からなくなり、考えても仕方ないと思い、思考を放棄した。まあ……、みんなが判断に従って動いているみたいだからというのもあるが。
刀気達は、広いところを探し、そこで昼食を摂ることにした。
騎士達が準備をして、メザリアが魔法でバリアを張る。
オーナーズ・オブ・ブレイドとイリルとパトレーは座り、料理が来るまで待つ。
暫くして料理が運ばれ、刀気達は食べ始めた。
そこで刀気は、裏切り者の存在を思い出し、手が止まる。何故なら、ある可能性が浮かび上がったからだ。それは、裏切り者が料理に毒もしくは睡眠薬などを入れているというものだ。
以前、似たようなことがあり、警戒していたが、その時は杞憂に終わった。
しかし、今回もそうとは限らないので、不用意に食べるわけにはいかない。
すると、カノアが声を掛ける。
「どうした? トーキよ」
刀気は、少し動揺しつつも応え、真剣な顔をして、少女達に吐露する。
「あ、ああ。なあ、まだ他の人達には秘密にしておきたいんだが、その、今回の内乱には、裏切り者がいると思う。それも多分、あの領主会議にいた者達の中に」
刀気は、進攻に支障を来たさないためにこのことを隠していたが、先程の可能性から、伝えた方がいいとしたのだ。
刀気の吐露に、ラン、イリル、メザリアが驚く。
「な……!」
「何ですって!」
「裏切り者、ですか」
カノアが理由を問う。
「ふむ、して、何故そう思った?」
刀気は頷き、理由を話す。
「ああ、きっかけは、一週間程前にあったポインティアとの戦いで、最初の伝令の時にエクレスが情報通りだなと言っていたことから、その情報を流した人物がいると考えたからだ。あと、裏切り者が領主会議参加者の中にいるというのは、あの時の戦いでの戦い方とかを詳しく知っているのが、その人達だけだからだ」
カノアは納得し、言葉を続けた。
「そうか、実はなトーキ、妾も裏切り者がいるとしている。理由は、貴様と似たようなものだ」
シャリアとミウが、順に言う。
「実は、僕も」
「トーキ達程じゃないけど、わたしもそう思っていたわ」
そして、パトレーとヤミが同意を示した。
どうやら、刀気と似た考えを持っていたようで、そのため吐露に驚かなかったようだ。
刀気は、左手の親指と人差し指を顎に当て、少し顔を下げ、口を開いた。
「もし、俺の予想が当たっていたら、容疑者は、ここにいる俺達とレイ。そして、サウス・イーストガードルとポンメルトの領主、国主オルトリーベと側近ジャンヌということになる」
つまり、十五人もの容疑者がいることになる。
ミウが、挙げられた者達に反応した。
「かなり多いわね。それに、領主を除けば、この森にいるということになる」
刀気はそこで顔を上げ、補足していく。
「あ、そういえば、裏切りが単独か複数か分からないから、一人とは限らないがな」
もし、複数であれは、役割を分けてている可能性があり、情報漏洩はその一つに過ぎないと思われる。
他には、刀気達の妨害や、街で大騒ぎを起こすなどが考えられる。
ランが、口に含めているとされるものを飲み込む音を出して、発声する。
「ってことは、この中に一人か二人以上の裏切り者がいるかもしれないってことか?」
すると、イリルが怪訝そうな顔をしてこちらを見、唇を動かした。
「……もしかして、あんたじゃないでしょうね?」
思えば、刀気は今のデュルフングで唯一の男性で、彼女達にとっては身元不明であり、男ながら本来は女性のみが能力を使える剣を能力使用可能で持っている。
これらのことから、真っ先に疑われるのは仕方がないと刀気は納得する。
カノア達と過ごすことで忘れやすくなっているが、少なくともこの国では、刀気は異例で異物で異常な存在だ。
刀気としては、この世界へは、ここに似た世界を舞台にしたゲームをクリアしたらこちらに転移したので、意図的に来たわけではない。しかし、そのような事情をこの世界の者達は知る由もないので、存在は変わらないだろう。
だが、それが総意ではないことを刀気は知っている。全員が自らの口で告げたわけではないが、オーナーズ・オブ・ブレイドの少女達は友達もしくは仲間としており、外獣との戦いの時には、刀気を含む当時の者達にオルトリーベが戦いに終止符を打つ者というように予想ながら言った。恐らく、見知った者達は、刀気を最初に挙げた認識には思っていないとされる。なので、異例で異物で異常な存在が総意ではないのだ。
刀気は左手を下ろし、彼女を見て答える。
「……否定はできない。だが、それはイリルも同じだ」
イリルは納得し、別の問いを投げ掛ける。
「それはそうだけど。それにしても、どうやって情報を流したの? ポインティアに行くのは大変だし、会議から戦いまで一週間くらいしかないのに」
刀気は首を横に振り、返答した。
「それは分からない。でも、情報が流れたのは確かだ」
方法は不明だが、敵が状態を得ていることは確かなので、流れていることも確立されている。
シャリアが、意見を述べる。
「そもそも、僕達だけじゃなくて、レイや領主様、国主様にジャンヌ様も容疑者なんだから、そっちも考えないとね」
と、そこで、ランの疑問が聞こえる。
「それにしても、ホントに秘密にしなきゃならねえのか? 伝えた方がいいと思うが」
刀気は、顔を右肩の方に向け、口にした。
「今は昼食だけど、俺達はポインティアへ進攻しに行ってるから、あまり大事にはしたくない。あくまでも俺達は、裏切り者を探すんじゃなくて、ポインティアの野望を阻止するのが目的だからな」
もしも大事となれば、進攻どころではなくなり、さながら人狼ゲームのような疑い合いが始まる可能性はゼロではない。そうなれば、本来の目的を見失い、別の内乱が起こり、傷つけ合う恐れがある。それは、裏切り者もしくは敵の思う壺ということもあり得る。それを防ぐため、敢えて秘密にするのだ。
カノアが同意するものの、ランとは別の問いをする。
「そうだな。しかし、そのままにしておくつもりはないのだろう?」
刀気は、逆方向に向き、答えた。
「そうだけど、情報が少ないから今どうこうできるってわけじゃない。裏切りの瞬間や、そいつを特定できる何かがあれば別だけど」
刀気の仮定に、シャリアが言う。
「そういうのはないっぽいから、今の僕達じゃ行き詰まりだね。疑いのある人全員を調べるのは時間が掛かるし」
ミウがそれに続く。
「それに、この場にいない領主は、更にそうなるしね」
容疑者を調べる方法としては、アリバイを確かめるというのがあるが、今回の場合、犯行を行った時期が明確ではないので、いつのことを訊けばいいかは分からない。
しかし、裏切り者が行ったのは情報漏洩であり、であれは、領主会議があった日かそれに近い頃に行われた可能性が高い。理由としては、長く期間が空くと、忘れてしまうと推測されるからである。といっても、記憶力には個人差があるので、裏切り者は一週間程経っても情報を覚えているかもしれないが。
だが、情報は伝えられており、方法は不明ながら、伝達には幾らか掛かると思われるので、そう後から行ったとは考えにくい。故に、犯行時期は、可能性通りの頃が、恐らく妥当だろう。
それでも、明確とはいかないため、アリバイの確認は困難で、ミウの想定以上に時間が掛かるとされる。
刀気達は、今は違うものの、進攻する身として、調べることに時間を使うわけにはいかず、そのために出戻りするつもりはない。
刀気は、前を向いて口を動かした。
「……とにかく、裏切り者については、一旦保留にしよう。俺達は、目的に集中して、何かあったら、その時対応する」
まあ……、殺害など起きてからでは遅いことが発生することはあり得そうだが、いつどこで実行するか分からないので、宣言通りのことをするしかない。
少女達が返事をし、昼食が再開された。