15.過去と敵襲(てきしゅう)
目的地に着くと、見えてくるのは、一面に広がる草原と、そこにいくつもの墓が視界に入った。
形から察するに、外国の土葬の墓に似ていた。まあ……、そっちの方が、世界観的に、合っているが。
聞こえてくるのは、そよ風とそれに揺らぐ草木だけで、物静かさがあった。
今までの場所は、何となく理由が分かるが、この墓場は、よく分からなかった。何か墓参りをしていく予定が、あるのだろうか。
「ああ……、確か今日は……」
そう、ランが呟くのを、刀気は首をかしげる。
数秒後、首を戻し、刀気は、今日何かあるのではないか、と推測する。その何かは分からないが、恐らく、楽しげなことではないだろう。
そう思っていると、今までの場所との差を、感じさせずにはいられない。
確かに、街にとって大切な所であるだろうが、案内で行くような場所としては、少々意外だった。
三人はある墓へ、足を進めると、見知った顔が見えた。
「あれ? レイさん」
そこにいた女性――レイは、今まさに墓へ花束を、置いているところである。レイは、刀気達に気付くと、顔をこちらに向け、立ち上がった。
「ん? お前たちも来ていたのか。まあ、当然か……」
レイの言葉がよく分からなかったので、刀気は、疑問を問いかける。
「この墓って……」
レイは、問いに頷き、墓の方を向いて言った。
「ああ……、この墓はな――」
すると、カノアが掌を前に出し、女性の声を止めた。
「いい、妾からトーキに話す」
カノアは、刀気の前に移動して、話し始める。
「この墓は、我が母上の墓だ」
母上、つまりここに、マイが眠っているという。カノアは、口をギリッとして続ける。
それはカノアの過去だった。
十年前、レイ、そしてマイが、ブレイドガールズだった頃。二人は、他のメンバーと共に戦っていた。
しかし、ある日の戦いのとき、いつもより長引く戦いに、幼いカノアは、嫌な予感がした。
――? お母さん……、なに、これ? なにかいやなものがあたしの中に。……! お母さん!
カノアは、立ち上がり、建物の外に出ようとしたが、同じく避難している、大人の女性に声を掛けられる。
「! カノアちゃん、お外は今、お母さんたちが戦っているから、危ないよ。戦いが終わるまで、ここにいてね」
それに続けて、どうしたの、危ないよ、ここにいて、などという声が聞こえた。
しかしカノアは、両目に涙を滲ませて、大きく口を開く。
「でも! お母さんが……お母さんが!」
カノアは、大人達の制止を振り切り、外へ出る。大人達に説明する暇などなく、早くお母さんの下に行くことが、少女を突き動かしていく。
「あ……カノアちゃん……」
そんな声が聞こえた気がしたが、構わず、涙を拭きつつ、道を走り続ける。
どれくらいか走っていると、視界にマイとレイが映った。他のメンバーは映っていなかったが、今はそれどころではなかった。
それを見て、カノアは、足を止め、声を掛ける。
「お母さ――」
その時、マイがレイの前に大の字で出て、言葉を発する。
「レイ! 危ない――あ……」
マイに外獣の爪が襲い掛かり、彼女を引き裂いた。その時、マイの体から、赤黒い血液が出ていた。
その外獣は、カノアの何倍もの大きさで、爪が太く鋭く、顎が大きかった。
それにより、マイはレイをかばって傷を負う。
「え……、マイ?」
と、レイの掠れた声が、聞こえた。
倒れ込むマイは、レイにゆっくりと右手を頬に触れてから、途切れ途切れだが、声を掛ける。
「レイ……、私の……娘を……貴女に……託すわ……。よろ……しく……ね……」
幼いカノアにとって、その言葉の意味は、すぐには、分からなかった。
マイは、レイにカノアを託すと、するっと手が落ち、そのまま息を引き取った。それにより、その言葉がマイの遺言となった。
カノアは、その動きから、最愛の母親が亡くなったことを、直感する。
人の死は、父親が亡くなったときに、見ていたが、そのときには、既に死んでいた。なので、死にゆく姿を見るのは、これが初めてである。
「あ、ああ……、マイ、マイ……。? 誰かいるのか」
レイが腕を震わせつつも、何かに気付き振り向くと、幼いカノアがこの世の終わりのような顔で立ちすくんでいたのを見た。
レイの顔は、両目に涙を滲ませ、唇が震えている。レイのこんな顔を見るのは、初めてだった。
「お母……さん……。うっ、ううっ――」
そして、カノアはすぐに涙目になり、声にもならない声で、大泣きする。
同時にレイも泣き、空は、天も号泣しているような、大雨が降っていた。
この時のカノアの記憶は、ここで途切れる。
それから幾ばくか経ち、カノアは母を殺した外獣を憎み、同時にあの時の『弱い自分』に怒った。
――お母さんを殺したやつが憎い! それに、あの時、何も出来なかった自分も憎い! あたしの大切なものを奪ったあいつは、あたしが……殺す!
カノアは、憎むべき外獣を殺すために、独学と、それで難しいところはレイから学んだ。
マイの遺言通り、カノアの養母となったレイは、彼女をブレイドガールズの宿舎に住まわせ、共に暮らした。
そして、14の時に、ブレイドガールズを継承し、想像の具現化剣を得る。
それを機に、カノアはそんな自分を隠すように、『強い自分』で装う。その時のカノアは、14という年齢を機に、想像力が発達しているのを感じる。それ故、そのような自分を作るのは、容易かった。
――もう、弱いあたしは死んだ。これからは、強いあたし……いや、妾、暗黒の剣士となろう。涙など、とうに捨てきった。妾は、あの仇敵を苦し続けさせて、殺し、外獣を倒し尽くし、デュルフングを救う! この力があれば、叶うはずだ。待っているがいい、貴様に極上の苦しみを与え、息の根を絶つ!
そう、胸中で決意する。
その後、カノアは能力により漆黒に変色させた剣を、同じく漆黒の鞘から抜き、高らかに掲げて、宣言する。
「妾の名は、暗黒の剣士、カノア! 我が母上を殺めし、獣を抹殺し、他の機械の獣をも倒し、この地を救う者なり!」
これらの出来事が、今の彼女を、形作った。
そして最後に、今日がマイの命日だということを付け加える。
カノアは、そこで話を終える。
刀気は、それを聞くと、一つ思い当たることを思い出す。
それは、元の世界にいたとき、ゲーム以外は不得意な自分を、ゲームをしているときは大会などで使っていた名、「トーキ」で隠していたことだった。
何故、こうなっているのか考えているうちに、自分が嫌になったのが、きっかけである。
せめて、ゲームの時くらいは、そんな自分を忘れて、強い自分でいようとした。
けど今は、一人暮らしもあって、隠してはなく、ゲームのときの自分として捉えている。
その時、刀気は、胸がずきりと痛むのを感じ、同時にある想いを抱く。
――ああ、俺とカノアは『似ていた』んだな。するとこれは……。
このように思うのは、今までなかったが、何となくだが分かる。
刀気とカノア、二人は、隠し、隠していた者であるということだ。カノアの隠している理由に比べたら、自分のは比較にすらならないが、似ていることは、確かである。
それに、この想いはただ単に二人が似ているからではなく、今まで見てきた、カノアの色々な一面からもとれるのだ。
言葉が分かりづらいことがあるが、実は、面倒見が良く、相手の知らないことに気づく洞察力があり、二つの顔とのギャップがある。そんな女の子である。
だからこそ、刀気は彼女に、そう思えるのだろう。
この想いには、名前があるはずだが、その確証がない。
それと、カノアも同じ想いだとは、限らない。
もし、カノアが違うのであれば、これは、単なる自惚れに終わる。というより、赤っ恥をかくことになる。
なので、今すぐ伝える度胸を持ち合わせことは、なかった。というより、今は、そのような雰囲気ではないのは、明白である。
それ故、刀気は、確証を得たときのために、これを、心の奥に押し込める。
話を聞いていた二人は、顔を伏せ、当の本人も同じだが、顔を一筋の涙が伝っていた気がした。
空はすっかり日が暮れていて、周囲をオレンジ色で囲む。
夕陽がよく見え、その光が、墓に反射する。
「さて、日も暮れてきたから、そろそろ帰るぞ」
レイがそう言って促すと、ランは、そうだな、と言って顔を上げる。カノアは、背を向いてさっきの涙を拭いていた。刀気も帰路へ着こうとしたその時。
カーンカーン、と鐘が鳴る音がして、三人が眉をピクリとした。
「こ、これは……」
何なのか分からす、刀気は周りを見ると、レイが答える。
「これは、外獣が来たことを知らせる、警鐘――つまり、敵が来たということだ」
警鐘、確かに、この音の鳴り方は、夕方を知らせるチャイムには聞こえない。
音も、鐘が動いて鳴らしているのではなく、言うなれば、人が槌で鐘を打っているような音だった。
「て……、敵……?」
刀気は、あの時のことを思い返していた。
少女達の前にいた、機械を纏う獣のことを。
獣を思い出したとき、刀気は、心の中で言う。
――まさか、あの時のようなやつが、現れたのか。ってか、ついにその時が来たのに、対処法が思いつかない。どうしよう。このまま行くか? いや、最悪の結果を招く恐れがあるのは駄目だ。だとすると、何か思いつかなければ、ならない。うん~、何か、何か……駄目だ! 一向に出てこない。これは、後の俺に任せたのは、失敗だな。けど、一つでもいいから、案を出さなければ。でも、どうすれば……。
難しい顔をして、考えている刀気に、ランが、彼の背中を叩く。
「そう緊張すんなって、初めての実戦だから分からなくはないけど、いざとなったらオレ達が守ってやるからさ」
続けて、カノアが、ポーズをとり、声を掛ける。
「未経験なのは重々承知しているが、妾達がいれば、心配なかろう。妾達が、貴様を死なせはしないと誓おう」
それらの言葉を聞いたとき、刀気は、何かに気づき、口を開く。
「あれ……? 何故か、さっきまでのもどかしさが無くなっている。それに、外獣に対する、怖さとかが消えていく。ははっ、今回はランにもだけど、またまた、助けられるとはな。一応俺、リーダーなんだけど、助けられてばかりだな」
「けど、ありがとう。二人のおかげで、色々と吹っ切れたし、もう大丈夫だ。初戦闘だからって、足を引っ張るつもりはない。だって、二人のこと、信じているからさ。カノアとランも、俺のこと、信じているんだろ」
少女達は、刀気にそれぞれ返す。
「当然だ。そうでなければ、あのような誓いなどしない。それと、信頼しているのは、男やリーダーだからではなく、刀気だからだ」
その末尾に、カノアが、刀気を刀気として見てくれていることに、気づく。まあ……、そうしているのは、恐らく、ランやレイもだろう。
「当たり前だぜ。ってか、とっくにそうなんだけどな」
それは、薄々気づいていた、と思いつつ、苦笑する。
「行けそうだな」
レイはそう言って、息を吸ってから、続ける。
「では、目標は現れた外獣を倒すこと。総員、出陣せよ!」
そんな、部隊が出撃するような言い方を、後半では、さらにそれらしい感じの、手を前に出して言った。
「了解!」
三人の声が重なる。
そして、刀気達は、出陣場所へと、駆けて行く。