158.凍結と爆発
味方の下に近づくと、その者達は全員戦闘中であるが、その前に一人の全身鎧姿の人物がいることに気付き、刀気とカノアは、足を止める。
「……!」
カノアが問い掛ける。
「誰だ貴様?」
すると眼前の人物が、ヘルムのバイザーを下げ、横長の碧眼がこちらを細かく見るように動く。
数秒後、動きを止め、言葉を発し、二言目には目を左に向けた。
「……その武器、そうか、お前が鶴元刀気か。そしてそっちはカノアだな」
そして、目の向きを戻した女声の人物に刀気は、確認を取る。
「そう言う貴女は、もしかしてエクレスさんですか?」
なお、名前については、敵が来る前に恐らく前の部隊からの伝令が来ていて、聞いていたと推測されるジャンヌが皆に伝えたことから刀気は得ていた。加えて、所属も伝えられている。他にも、簡素な装備をした女性達がいることも聞いたが、刀気の前には現れていないので、恐らく騎士団か味方の駐在騎士が倒したか止めているのだろう。
碧眼の女性――エクレスは、頷きと短い言葉で肯定した。
「ああ、そうだ」
と、そこでカノアが、彼女に二度目の問い掛けをする。
「それで、何故妾達の名を知っている?」
エクレスは、まるで問われることを想定していたかのように即答した。
「詳しくは言えないが、これも情報通りのことでな」
カノアは、訝しげに発声し、三度問う。
「何? もしや情報が外部に知られたのか?」
刀気も同じ疑問を抱いたが、それとは別に引っ掛かっていることがあった。それは、エクレスがこれもと言っていたことだ。このことから、彼女もしくは敵全体が得ている情報は、他にもあると思われる。それが何かは不明だが、もしもこの戦いに関係するものや機密性のあるものだとした場合、カノアが予想したことがあり得る可能性はある。もしそうであれば、味方――特に一週間程前の会議に参加してた者達の中に敵へ情報を流した人物、言うなれば裏切り者がいることになる。放置するのは危険だが、誰なのかは不明な上、戦いの中それを探す状況ではないため、刀気は、一旦保留にすることにした。
カノアの問いにエクレスは、上肢をひの字にして、小首――いや、ヘルムをかしげる。
するとカノアの声が聞こえ、途中、音が鳴り、刀気が左を向くと彼女は、剣を構えていた。
「答えぬか。まあよい、では始めるとしよう」
刀気は向き直し、こちらも剣を構える。
エクレスは頷き、バイザーを下げる。
直後、流れるように構えと接近を行う。
接近の速度は凄まじく、その行き先は刀気で、剣の間合いに入ると、己が剣を振る。
刀気は飛び退き、敵の攻撃を避ける。
「避けたか。ならば、これはどうだ?」
エクレスは、振り下ろした姿勢から上体を曲げ、そう言った。
瞬間、刀気から見て左に向き、駆け出す。
刀気は、その先にいるものを知っているので、それ故エクレスの行動内容を察し、左斜め上を向いて人名を発する。
「カノア!」
視線の先にいる少女――カノアは、両手に持つ剣、想像の具現化剣を掲げるように上げ、含み笑いと技名らしきものを言う。
「フッ、暗黒障壁!」
カノアが、剣で時計回りに円を描くと、どこからともなく黒々とした円形のものが現れ、敵の攻撃を防ぐ。
なお、描いた後カノアは、剣を構え直している。
防がれたことになのか、敵は顔を歪ませた。
「くっ……!」
このことから察するに、暗黒障壁は、剣で形を描くことで黒の同形のものが現れ、発動者を防御する技だとされる。まあ……、円にした理由は不明だが。
刀気は、敵――エクレスがこちらを見ないので、攻撃を仕掛けるチャンスだと判断する。
早速行動に移そうと刀気が左足で地面を蹴る寸前、エクレスが大声を出し、彼はピタリと体を止めた。
「……ならば!」
エクレスは、暗黒障壁から剣を離して、斜めに振り上げた後、右袈裟斬りを放つ。
障壁の損傷は、身体強化により向上した視力で見えた少しの切り疵だけだが、そこを中心に氷が発生し、やがて障壁全体を凍らせた。
するとエクレスは、剣を氷に触れさせる。
その時、けたたましく響く割れた音と共に氷が、凍結させた暗黒障壁ごと地面に落ちる。
刀気は、その衝撃的な光景に驚く。
「な……」
カノアは、口と目大きく開き、驚いた。。
「何だと?!」
刀気は、驚いている場合ではないと思い、気を取り直して、カノアの下に行きながらエクレスに声を掛ける。
「……その剣も能力を持っていたとはな」
エクレスは、こちらを向かず言い連ねた。
「何故か先程まで言いそびれたが、今ここで言うとしよう。こいつは、『凍結の剣』といい、斬ったものを凍らせるというもので、先程見せたものはもう一つの能力であり、凍らせたものに剣を当てるとそのものごと破壊させる能力だ」
凍結の剣は、見える範囲に限定したことであるものの、剣身が透明で、鍔――恐らく柄も――は白で構成されており、角張った見た目をしている。剣と同じ範囲に限り、鞘は、青色のシンプルな形状である。
カノアは、忌々し気に発言した。
「貴様も、あの方法を知っていたのか」
あの方法とは、能力持ちの剣の二つ目の能力を知る方法だろう。
エクレスは、相手の顔に動じず、短く返す。
「まあな」
それにカノアは納得し、言葉を続けた。
「……そうか、なら、再開するとしよう」
カノアの下に着いた刀気は、隣に並び、エクレスを見据える。
その後、先程と同じ速度で接近する敵に、刀気は警戒する。
数秒後、エクレスが間合いに入り、その時の位置に驚く。彼女が止まったところは、刀気の左前。刀気はカノアの隣にいるので、エクレスがいるのは、それらの間ということになる。故に刀気は驚いたのだ。
「遅い」
ただそれだけの言葉だけを発し、瞬間、エクレスは、剣を振る。
斬撃はまず両手首、そして、両脚に受けた。
「うぐっ……!」
「……っ!」
そう刀気とカノアは呻く。
すると、傷口から氷が発生し、やがて手と足を凍らせた。
刀気は、恐らく自分と同じくダメージを受けたであろうカノアが気になり、左を向くと、カノアとエクレスが対峙している光景が見えた。
刀気は、カノアに呼び掛け、足を動かそうとするが、微動だにせず、顔を歪ませる。
「カノア! くっ、足が……」
エクレスは、こちらを向き、発声した。
「そこで見ているのだな。お前の彼女が殺されるところをな」
刀気は俯き、声を漏らす。
「……せねぇ」
「何?」
エクレスがそう言った瞬間――
「させねぇええええ! パワー・オブ・ソード、フル、バーストォオオオオ!」
刀気の絶叫が響き、彼の周りにオーラのようなものが、爆発の如く発生していく。
パワー・オブ・ソード、フルバースト。この技は、パワー・オブ・ソードの発動時に出るオーラに似たものの出力を勢い良く出し、身体強化の度合いをその技よりも上げるものである。違いはそれ以外にも、通常のものは、オーラのようなものの出現時間は数秒程だが、フルバーストだと、効果解除が発生するまで現れ続けるというのも存在する。なので、刀気の周り出ているものは、未だ発生し続けているのだ。
カノアがこちらを見、驚きつつ言う。
「トーキ、それは……」
刀気は、裂帛の気合いと共に手と足を力ませる。
「うおおおおおお!」
直後、パリンッ! という音が耳に入り、視線を右に移すと、手と足を凍らせていた氷が割れていた。
両手足を動かそうすると、先程とは異なり、問題なく動いたのである。
恐らく、この光景にだろう。エクレスが、驚愕を思わせる声を上げる。
「何だと?!」
エクレスは舌打ちの音を鳴らし、剣を振り上げる。
カノアが、呟くように小さく唇を動かした。
「トーキ……」
直後、刀気は声を荒げて、首から下も顔を同じ方向へ向けさせ、駆ける。
「させねえって、言ってんだろうがああっ!」
そして、カノアの間近に着くと、右に回り、振り下ろされる剣を刀で防ぐ。
エクレスは、驚きの声を出した。
「何だその速さは?!」
刀気は、裂帛の気合を上げ、敵の剣を押す。
「うおおおおおおっ!」
敵は、押し切られたようで、叫びながら吹き飛ばされた。
「ぐわああああ!」
そして、背中を地面に叩き付けて倒れる。
すると、後方からカノアが感謝の言葉を述べた。
「あ、ありがとう、トーキ」
その後、割れる音が聞こえ、振り向くと、恐らく刀気と同じく凍結していたであろう手が解放され、刀気は口にした。
「氷が割れたか。どうやら、凍結時間はあまり長くないようだ」
エクレスの声が右耳に入り、刀気が向き直すと、起き上がりながら言う彼女がいた。
「ぐっ……、まさか、そのような力を持っていたとはな」
「出来れば、使いたくなかったやつだけどな」
刀気は、正直にそう返す。
言葉の理由は、効果時間ともう一つあり、前者はパワー・オブ・ソードの場合には一日だが、フルバーストの場合、半日という違いある。時間にすると、二十四時間と十二時間となる。後者は、解除後の反動で、フルバーストは言わばパワー・オブ・ソードの強化版とも言えるものなので、発動時に遮断――これらなどの場合は、軽減だが――した分の疲労を後で一気に発生させるという意味での反動は、通常よりも大きい可能性が高いのだ。つまり刀気は、フルバーストの効果時間は比較的に短いが、反動が大きいと思っているので、先程のようなことを言ったのである。
それでも、刀気が使用した訳は、後々反動を受けるより、カノア殺されることが嫌だったからだ。
起き上がりを終えて、直立したエクレスは、剣を構えて言い放つ。
「そうか。しかし、私からすれば脅威なので、対抗させてもらう。……行くぞ!」
直後、刀気とエクレス、二人の気合が響き、互いに接近していく。
「はああああああ!」
間合いに入ると、凄まじい程の剣の打ち合い始まり、時には離れ、再び近づき、打ち合わせる。
それを幾度も続ける中、ふとあることに気付いて、それをエクレスに問う。
「……そういえば、俺に付きっ切り だが、もう一人いることを忘れていないか?」
眼前の敵駐在騎士は、含み笑いと思われるもの出し、返答する。
「フッ、そのことなら気にすることはない。私とお前での激しい戦いに、そのもう一人は呆然としているようだからな」
刀気が振り向くと、確かに彼女が言うような状態にカノアはなっていた。
見詰めると、彼女がハッとしたような顔になり、少し頬を赤くして謝る。
「……! す、すまぬ。あまりの激しさに立ち尽くしていた」
刀気がカノアを心配する。
「行けるか?」
眼前の少女は、顔を改めて口にした。
「フッ、当然だ」
刀気は向き直し、後方から足音が聞こえる。
暫くして、それが止まり、エクレスが気合いと共に駆け出す。
「はああああああ!」
「うおおおおおお!」
同時に、そう叫びながら、刀気とカノアが接近する。
数秒後、間合いに入ると、刀気の言技化丸とエクレスの凍結の剣が打ち合い、刀がカノアの想像の具現化剣に押される。
やがて刀気とカノアを振り切り、敵の剣を弾く。
すると、エクレスが漏らすような声を出した。
「な……」
凍結の剣がエクレスの手から離れ、弾いた勢いからか、彼女の手が開かれる。
そうして隙が発生し、刀気とカノアは裂帛の気合と共に剣を、右斜め上と左斜め上に振る。なお、刀気は、刀が敵に触れる寸前に刃から峰に、向きを変えた。
「はああああああっ!」
振り切った直後、刀気は刀の向きを戻す。
エクレスが短く言い、バランスを崩したように倒れた。
「がはっ……!」
刀気と恐らくカノアは、剣を納める。
刀気は、倒れた敵を見ると、相手は起き上がる様子がないので、どうやら、エクレスに勝利したようだ。