157.変換と嫉妬
デュルフング城前。そこで刀気は、騎士団よりも先で鳴り渡っている地響きのような音を聞く。
それから暫くして、ジャンヌの号令が響いた。
「突撃っ!」
直後、大勢の女性の喊声が聞こえ、足音が鳴る。
すると、誰かが剣を抜き、そして、冷ややかな声が耳に入り、それは号令を発した。
「……では、こちらも行きましょう。突撃開始!」
その後、眼前の騎士達が恐らく騎士団側の団員達が出したであろうものと同じ喊声を上げ、駆け出す。
刀気は冷ややかな声に驚き、放心状態になる。
「え……?」
と、そこで、カノアの声を左耳で聞いた。
「トーキよ、どうした?」
刀気はハッとして、少し戸惑いつつ唇を動かす。
「あ、いや、ちょっと……」
そうしていると、騎士達の駆け出しが止まり、幾つもの金属音が響いた。
刀気は、顔を戻し、胸中で言葉を連ねる。
――さっきのは何だったんだ? あの声は多分、ティミーさんだけど、構える前と全然違う。変わる前までは、おどおどしているような感じだったが、変わったときは怖い程冷静な感じだったからな。これは一体……。
刀気は振り向き、声を掛けた。
「あの、レイさん、さっきのティミーさんは……」
レイは一度頷いて答える。
それによると、ティミーが抜いた剣は、能力持ちの剣で、名は『変換の剣』というのものだそうだ。
能力は、剣を抜くと所持者の身体能力を強化する代わりに、その者を変換させるもので、ティミーの場合、それが性格であるという。
更に、解除方法は、鞘に納めるか所持者の死亡、もしくは、剣の破壊や制限時間に達した時に解除されるそうだ。
なお、『変換の剣』は衰えているそうで、強化は、数時間の間だけだという。再び使うには、日をまたいでからでないと使えない。そして、レイは能力の衰えが関係していると考えているが、変換したときのことをティミー本人はあまり覚えていないそうだ。まあ……、最後にと話した変換後のティミーの性格について、恐ろしいほど冷静で物事にあまり動じることなく、表情は滅多に変えないなどと言っていたが。
刀気は、レイの答えに納得し、向き直して、それから分かったことを呟く。
「つまり、今のティミーさんは、その能力によって変換させられたものということか」
すると、ランに声を掛けられる。
「おい、トーキ」
刀気は右を向き、彼女に問う。
「ん? なんだ?」
ランは、こちらを見ずに短く返答した。
「敵が来たぜ」
刀気が向き直すと、大勢の騎士団員から、抜け出すように彼女達と似た装備をした全身鎧の者達が迫っていた。
刀気は応じ、指示を出す。
「あ、ああ。それじゃ、行くぞ!」
「了解!」
オーナーズ・オブ・ブレイドの少女達、イリルとパトレー、そしてレイが、一斉にそう言った。
そうして刀気達は駆け出し、迫る敵に近づく。
間合いに入り、戦闘を始める。
金属音とミウの歌声が聞こえる中で刀気は、迫りくる敵に峰打ちをしていく。
何人もの敵にそうしていき、現在敵の攻撃を刀で防いでいると、カノアの苦し気な声が耳に入った。
「くっ……!」
目を左に移すと、刀気と同じようにしているカノアがいた。だが、拮抗している刀気とは違い、敵に少し押されている状態だった。
瞬間、彼女側の敵の隣に別の人物が現れ、構えている槍をカノアに向ける。
刀気は、咄嗟に危険を知らせる。
「カノア、危ない!」
その時、カノアとは別の少女の声を聞いた。
「任せて」
すると、槍持ちの敵の近くに現れたかのような速さでシャリアが移動し、細剣を槍目掛けて突く。
細剣は穂先を突き、それを破壊する。
破壊されたことにだろうか、槍持ちの敵が悲鳴を上げた。
「ああっ!」
直後、シャリアは、彼女の背後に回り、背中を斬る。
「あ……」
敵はそう言葉を発し、倒れた。
シャリアは、カノアの方を向き、声を掛けた。
「どうしたのカノア? 何だか変だよ?」
カノアは、そちらを見ずに答える。
「案ずるな。それよりも助かった、感謝する」
シャリアは、少し困惑気味な顔で言った。
「なら、いいけど……」
シャリアは下がり、刀気は向き直す。
それから十数人の敵を相手取る中、カノアの声を耳にした。
「フッ、なかなか……、やるようだな」
視線を左に移すと、先程とは恐らく違う敵に剣の押し合いで押されているカノアがいた。
その時、別の敵が彼女の近くに移動して、カノアの左側面で止まると、手にしているメイスを横に構える。
刀気は、危険を察知し、カノアへ知らせた。
「カノア、横!」
それに気づき、眼前の少女が左を向いた瞬間――
「かはっ……!」
同時にメイスが振られ、カノアの腹を叩き、少女の声が漏れた。
叩かれたカノアは吹き飛ばされ、刀気は、呆然とする。
「あ……」
と、そこで、足音に気付いて向き直すと、敵が接近していき、剣を振る。
直後、何者かが二人の間に入り、敵の剣を防ぐ。それは、長い赤髪に、刃先へと伸びる数本の線が描かれた剣を持つ人物――イリルだった。
刀気は、イリルが防ぐ一瞬前に、何者かが駆けていたのを、彼が持つ剣である言技化丸の能力で発動させた身体強化の剣技で向上させた動体視力により、捉えていた。そこから察するに、彼女が持つの剣、敏速の剣の能力で高速移動をしたのだろう。
イリルは振り向き、怒声を放つ。
「何してるの! それよりも早くカノアの方へ行きなさい!」
刀気は、イリルの言に要領を得ず、間の抜けた声を出す。
「え?」
赤髪の少女は、口にするものの、途中、顔を赤くした。しかし、二言目以降は表情を戻して発声していく。
「さっき見たところ、他は敵の対応や味方の支援で行けそうにないし、それにあんた、カノアのか、彼氏なんでしょ。彼女のピンチに、何もしないでいる気?! ……あたしのことは気にしないで。あたしがここの対応をするから」
刀気は、イリルの言葉に息を吞む。
「……っ!」
確かに刀気は、カノアの彼氏だ。カノアのピンチに刀気が何もしないというのは、どうかと刀気は思っている。
そこで、ふと、刀気は思い出す。巨大外獣との戦いで、暴走していたカノアが、敵の攻撃により吹き飛ばされた時のことだ。
その時は、カノアを助けると決めていた為、共にいたランに時間稼ぎを頼み、カノアの下へ向かった。
ならば、今回も向かうべきだろう。だが、前とは違い、理由は当時の決意だけではなく、自分はカノアの彼氏だからというのもある。
刀気は、暫し黙った後、了承した。
「……解った。けど、無理はするな。大事なことは他にもあるだろうが、イリルの命も大事だということを忘れないでほしい」
イリルは、自信あり気に笑み、口を動かす。
「当然よ、ここで死ぬつもりはないから。ほら、さっさと行きなさい!」
刀気は首肯し、納刀してから踵を返す。
そして、カノアの下へと駆け出した。
彼女のところに着くと、体を上向きにし、顔を右に向けていて倒れていた。
刀気は、大声で呼び掛ける。
「カノア!」
カノアは閉じていた目を開き、顔をこちらに回して、震えつつも起き上がりながら言葉を発する。
「ト、トーキか……」
刀気は屈み、負傷しているところを探す。
「傷は――」
しかし、上半身をある程度上げた姿勢でいるカノアが、言葉でそれを遮って首を横に振る。
「案ずるな。この程度、能力を使うまででもない」
刀気は安堵し、ふと、あることを思い出して、それをカノアへ伝える。
「そ、そうか。……そういえば、今日のカノア、俺から見ても何か変だぞ」
そう、今日――今回の戦いの中でのカノアは、シャリアの気付きもあるものの、刀気が目にした時も含めて以前までの戦いとは異なり、変という違和感を覚えているのだ。その他にも、まるで戦いに集中できていないように見えていた。
眼前の少女は、顔を顰め、刀気に訊ねる。
「貴様まで言うとは、それ程妾は普段とは異なっていたのか?」
刀気が首肯すると、カノアは黙るが、数秒後、彼女の口が開いた。
「……訊いていい? トキは、昨日話していた子とは、本当に本当に何もないの?」
刀気は、カノアの質問の意図が分からず、理由を尋ねる。
「……どうしてそんなこと訊くんだ? そのことなら、ノアが納得したみたいで終わったはずだが」
それに頷いた少女は、翳りを見せて話し始める。
「うん、一度は納得した。でも、部屋に戻って改めて思うと、何故か納得できなくて、何で雑談していたとはいえ話が弾んでいたのとか、何でそんなに嬉しそうな顔してるのとかって考えちゃって。それに、あの時の嫌な感じが、思い出すたびに出てくるの。多分、それで戦いに集中できなくて、攻撃を受けたんだと思う」
刀気は納得し、少し間を置いた後、決然たる語調で頼んだ。
「そうか、……ノア、怒らないで聞いてほしい」
カノアが頷いたのを確認した後、刀気は、彼女に告げる。
「ノア、それは、その子に嫉妬しているんじゃないか?」
カノアは、ハッとしたような顔をし、頬を赤くして俯き加減に視線を逸らしながら声を出した。
「……! あたしが嫉妬って……、そう、かも。だって、この嫌な感じ、あの時より前にもあったから」
刀気は疑問に思い、カノアに問う。
「どういうことだ?」
カノアは、先程言ったあの時などのことを説明する。
それによると、あの時とは、昨日刀気達と行った教会で刀気がそこのある少女と話していた時のことであり、その少女に嫉妬しているという。更に、刀気と出会った日のことで、街を案内する時に、ランが刀気に腕を組ませた時なども、嫉妬していたそうだ。
刀気が納得を示す。
「そうだったのか」
これらのことから察するに、戦いに集中できていないように見えていたカノアの原因は、嫉妬によるものだとされる。つまり彼女は、嫉妬を気にしていたあまり、戦いへの集中力を欠けていたと推測する。更に、嫉妬は一度だけではないところから、その幾つもの嫉妬の積み重なりも関係している可能性が高い。
するとカノアが、不安そうな顔して、改めて訊ねた。
「それで、もう一度訊くけど、昨日話していた子とは、本当に本当に何もないの?」
刀気は肯定し、二言目以降は、笑みを浮かべて言う。
「ああ、本当に本当だ。言っただろう、俺がカノアを悲しませないと。あれは、俺はカノアを悲しませないことも含めているんだぜ」
頬の赤みを少し濃くした少女が唇を動かした。
「そうなのね。……うん、解った。トキのことを信じる」
刀気は頷き、真剣な顔で告げた。
「俺も、信じるノアのことを信じる」
カノアは、満面の笑みを浮かべて頷いた。
「うん!」
刀気は、その顔に胸がどきりと音立てたものの、なるべく表には出さずにカノアへ手を差し出して声を掛ける。少女の笑顔が、巨大外獣戦で復讐に囚われていたのを救った時に見せたものを思わせるからだ。
「……それじゃあ、俺は行くけど、ノアは行けるか?」
カノアは、頷きかけて急に表情を変え、含み笑いをし、言い切る。
「う――フッ、あの程度の攻撃で行けぬ妾ではない」
刀気は、苦笑顔で口にした。
「……なら、早く行って復帰しようぜ」
カノアが手を差し出して刀気の手を握った後、彼は顔を戻し、立ちながら彼女を起き上がらせる。
それが終わると、両者は手を離して下した。
刀気は、踵を返して振り向き、頷く。それにカノアが頷き返す。
刀気が向き直した後、二人は駆け出した。