154.条件と開戦
翌日、刀気は、宿舎の出入り口の扉の前にいた。
以前、この世界での服でも帯剣できるように購入した剣帯には、言技化丸が差されている。
現在、数日前に聞かされた内乱の詳細によると、敵は、当日の十二の鐘の頃に来るといい、今日は昼食を早めに済ませて準備を完了させた後にここへカノア達と共に集合したのだ。
前方にいる女性――レイが、口にする。彼女もまた、帯剣している。
「お前達、準備はいいな?」
オーナーズ・オブ・ブレイドは、一斉に応じる。
レイは頷き、踵を返して告げた。
「よし、では行くぞ!」
刀気達は、再び応じ、レイと共に宿舎を出る。
その後、宿舎隣の宿屋でイリルとパトレーと合流し、先程の詳細にあった集合場所であるデュルフング城前へ向かう。
集合場所に着くと、多数の鎧姿の者達の前にいる二人の女性の一人であるジャンヌが言う。
「来たか」
刀気は見渡して、気付いたことを彼女に尋ねる。
「騎士団の皆さんだけですか?」
何故なら、刀気達を除くと、そこには騎士団だけで、駐在騎士がいないからだ。それに刀気は、彼女達もここに来ていると思っていたのだ。
ジャンヌは、即答した。
「他の者は、既に配置済みだ。それと、住民の避難、戦術の確認など、諸々のことも完了している」
そこで刀気は思い出す。城前へ行く道中、人気がなかったことを。どうやらそれは、避難が終わったことによるようだ。
そして、配置済みということは、予定通り、東西のガードルとポンメルトの駐在騎士は、それぞれ北門前と街道にいるのだろう。
更に、戦術の確認などからして、恐らく駐在騎士は、一度ここに来ているのだろう。しかし、すれ違いをした覚えはないため、かなり前の時間に配置へ向かった可能性が高い。もし、予想通りだとすると、駐在騎士は、最初からいないわけではなかったとも言える。
刀気は納得した後、意を決し、前に出て声を出す。
「そうでしたか、……それで、ジャンヌさんにお願いしたいことがありまして――」
そして刀気は、この戦いでの隊列についてかいつまんで説明し、頭を下げてそのために必要なことをジャンヌに願う。
「――なので、そちらの一部をこちらに加えさせてもらえないでしょうか。どうかお願いします!」
カノア達も、刀気に続く。
「お願いします!」
暫しの静寂が訪れ、女性の声がそれを破る。
「解った。その願い、聞き受けよう」
刀気は嘆くが、先程の声を思い出して驚き、顔を上げる。
「やっぱり駄目ですか……え?」
ジャンヌは、両手を腰に当て、こちらを見て口を動かす。
「何を驚いている、願いを聞き受けたのだが」
刀気は、少々戸惑いつつも、確認を取る。
「ほ、本当ですか?」
彼女は頷いて発声し、途中、顔を上げる。
「ああ、私個人としては、貴様に貸しを作るようで少し癪だが、重大な戦いの前だ、そうは言ってられない。ただし、条件がある。ティミー」
刀気が頭を上げると、ジャンヌの隣にいるティミーが怯えた顔で返事をした。
「は、はい!」
騎士団団長の女性は、右腕を曲げて、それを下向きのくの字で副団長の方へ移す。
その後、条件を告げ、二言目以降は、顔を右に向ける。
「加えさせる者には、こいつも入れさせてもらう。ティミー、頼んだぞ」
この条件は恐らく、団員の一部を加えさせるが、刀気達に全て任せることは許しておらず、副団長である彼女を含めることで、あくまでも団員の指揮を騎士団側で行わせるためのものだろう。
刀気はそのことに、一理あると判断した。行き成りあまり接点がない者に率いられるより、見慣れた上位者にされる方が動きやすくなると考えたからだ。刀気としては、数千に及ぶ者達を率いる度胸も勇気もないので、もし想像通りだとしたら、渡りに船である。
だが、団員の指揮については想像であり、ジャンヌがこちらの考えを踏まえて告げたとは限らない。つまり、必ずしもティミーが刀気達側の団員を率いるわけではないのだ。単に彼女も追加させただけという可能性はゼロではないので、安心はできない。
ティミーは、顔を赤くして、弱々しい声で承知する。
「解り、ました……」
ジャンヌは、右手を下ろし、こちらを向く。
すると、レイの声が、刀気の耳に入る。
「久しぶりだな」
ティミーは、顔を戻し、刀気から見て右斜めに目を移して、口を開いた。
「あ、お久しぶりです」
刀気は、右を向いて、レイに問う。
「知り合いだったのですか?」
レイは、正面を向いたまま答える。
「ああ、それに、彼女はこう見えて名の知れた者だ」
恐らくそれは、単に騎士団副団長ということ以外にあるのだろう。
ティミーが言葉を発する。
「いえ、私は……」
その時刀気は、音を聞き、向き直すと、ジャンヌがティミーの方を見ており、その肩に右手を置いている。
そうして、唇を動かした。なお、ティミーの目の向きは戻っている。
「そう恥ずかしがることはない。知らないようだから説明するが、ティミーは、最年少で副団長となったのだ。団長を含めて大体は、私くらいの頃になることは多いが、彼女は二十半ばで任命された」
刀気は納得し、ティミーが有名な理由を知る。
「そうだったのですね、知りませんでした」
騎士団長は、彼女の方を向いたままで、視線をこちらに移して言った。
「なに、こいつが剣を抜けは分かる」
刀気が疑問を投げ掛けるものの、ジャンヌが右手を下ろして向き直し、急に話題転換させたので、問い掛けは遮られた。
「それは、どういう――」
「それで、加えさせるというが、どれくらいだ?」
刀気は、抱いていた疑問からジャンヌが転換させたことへ意識を切り替え、相手の問いに答える。
「あ、はい、よろしければ、片方に偏らないよう配分していただくと幸いです。この戦いは、防衛戦でもありますので、片方が手薄になることは避けたいのです」
この戦いでの敵の目的は、恐らく全滅させることではなく、国主を倒すことなので、手薄なところがあると、そこへ攻め入り城に向かう可能性が高い。それを防ぐ為にも、手薄になることは避けなければならない。手薄さは、敵から見ると、守りを突破する抜け道となるので、防衛戦としてはあってはならないものだ。これらのことから、片方に偏らない配分することを勧めたのである。
ジャンヌは、考えるような仕草をして、数秒後、声を出した。
「ふむ、そうか。なら、そうしよう」
刀気は、頭を下げて感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございます!」
刀気が姿勢を戻すと、ジャンヌは、団員達を彼の提案通りに配分させる。
そして、ジャンヌとそちら側に配分された者達は、刀気から見て右へ進み、数歩進んだところで止まった。
すると、ティミーが発声しつつお辞儀をして、残った団員達が続く。
「よ、よろしくお願いします……」
「よろしくお願いします!」
刀気は、それに圧倒されつつも、気持ちを取り直して、意見を求める。
「……隊列ですが、何かご要望はありますか?」
加えて、既に想定していることを話し、改めて意見を求めた。
頭を上げたティミーは、静かな口調で答え、同じ姿勢の団員が頷く。
「私は、鶴元さんの判断に任せます」
そして、パトレー、イリル、レイが意見を述べた。
「私も同じです」
「あたしは、中衛でいいわ。説明で言ってたことは分かるし、あたしの剣の能力が活かせるのならそれでいいしね」
「私は、後ろに回るとしよう。既に決まっている隊列から、後衛に加わった方がいいと思うからな」
レイの考えは、恐らく人数のバランスを考慮したのものだろう。彼女を除くと、前衛三人、中衛四人、後衛二人となり、後衛が少なくなる。もし、レイが前衛の場合は、後衛の少なさが目立ち、中衛の場合は、前と後ろの少なさが目立つ。一方、後衛であれば、前衛と同じ数になり、隊列による数の差はほぼなくなる。これは、手薄さをなくすことにも繋がる。なので、レイの希望に対しての理由は、理にかなうものだ。
刀気は頷き、指示と確認をする。
「……解りました。では、騎士団の皆さんは、ティミーさんの下で、前に出てください。もし、敵が大勢来たときに、こちらも大勢で対抗するためです。団員の後ろに自分達が並びます。パトレーとイリルは中衛、レイさんは後衛ということでよろしいでしょうか?」
二人の少女と一人の女性が肯定を示し、騎士団側が同意した。
その後刀気は、相手に配慮しつつ、ティミーに団員の指揮を頼む。これは、ジャンヌが彼女を加えたときの刀気の想像の答え合わせも兼ねている。
ティミーは、二つ返事で受け入れ、団員達は納得した。どうやら、想像通りにしても問題ないようだ。
刀気は、隊列が決定したことを告げる。
「それでは、隊列をそのように決定します」
そうして刀気達は、隊列通りに移動し、レイが後衛に向かう直前、刀気は声を掛けた。
「それにしてもレイさん、本当に戦うのですね。……その剣は、もしかして」
レイは立ち止まってこちらを向き、剣を抜いて口にした。
「ああ、これは、私がブレイドガールズの頃に使っていた剣だ。名は『絶対防御の剣』と言い、能力は、所持者を攻撃などから必ず防ぐというものだ。まあ、知っての通り、今のこいつにはその能力はない。だが、剣としてなら、十分に発揮できるはずだ」
剣は、剣身が少し幅広く、鍔は、真ん中に丸と十字、側面に二つの角が直角の五角形がある。柄は長方形で、柄頭もまた同じ図形であり、両方とも鉄を思わせる色をしている。
鞘は白で、金色の枠のようなもので囲まれていた。
刀気は納得する。
「そうだったんですね。それなら、問題ありません」
といっても、能力があれば、かなり強力な力となるので、惜しい気持ちがないわけではないが。
「ああ。では、私も配置に着く」
レイは、剣を納め、そう言う。
隊列が完了し、暫くすると、一際大きい鐘の音が響く。正午を知らせる十二の鐘だ。予定通りであれば、敵が来る時間である。
それから更に時間が過ぎた後、カーンカーンカーンという、先程とは異なる音を耳にした。こちらは、敵襲を知らせる警鐘だ。北門前にいる部隊は、既に接敵しているだろうか。
ジャンヌの号令が聞こえ、団員達の声と様々な音がする。
「来たか、総員構え!」
「はっ!」
刀気も号令を発し、刀を抜く。
「俺達も構えるぞ!」
少女達とレイが応じ、抜剣を行う。
「了解!」
刀気は、口中で言葉を連ねる。
――いよいよ始まった。俺達の出番はまだだが、気は抜けない。どのような敵が来るが分からないし、だから、どれくらい敵がここに来るかも分からないしな。
敵の情報は少ないが、恐らく見舞われた外獣とウエポニアの二つの脅威を街一つの力で乗り越えた可能性がある以上、その街の戦力は並大抵のものではないだろう。それにもし、三万程という数は、いると推測されるポインティアの駐在騎士の数だとすると、他の街の駐在騎士はおろか、騎士団さえも超えていることになる。もしくは、別の戦力の存在があるのだろうか。加えて、仮に外獣の襲撃があった場合、ポインティアにも能力持ちの剣の所持者がいることになる。剣の能力が衰えた者と十全に使える者、どちらが来るかは不明だが、油断は出来ない。
刀気は、言技化丸を持つ左手を強く握る。
こうして、国の未来を左右する内乱が開戦した。