152.開戦前夜と確証
教会を去った刀気達は、宿舎前へと戻り、イリルとパトレーは宿屋へと向かった。
残った五人は、宿舎へと入り、ランとミウに会って、事情を説明した後、彼女達も加えて再び外出した。
そして、ヴァルカル武具店へ入店し、予定通り刀気達の剣の手入れをヘファリーに頼む。
完了後、精算して退店し、宿舎へ戻る。
カノア達とは別れ、刀気は自室に入って夕食まで時間を潰す。
その後は、夕食、風呂と続き、現在、刀気は自室にいる。
少女達はローテーブルを囲む形でいて、全員座っており、寝間着を着ている。
今回集まったのは、今夜は開戦前夜ということで、明日の戦いについて話す為だ。
そう刀気が思い返していると、ふと、声を耳にする。
「――で、明日はこのようにしたいけど、トーキはどうかな? ……? トーキ、聞いてる?」
刀気は声がした方を向いて、少し戸惑いつつも謝り、訊き返した。
「……ん、あ、ああ、ごめん。何をだ?」
声の主であるシャリアは、顔を顰め、両腕をくの字に曲げてから口を動かした。
「も~、だから、明日の戦いは、横に並んで敵の進行を止めることをしたいけど、トーキはどうかなって」
どうやら、内戦時の戦い方を話していたようだ。
刀気は暫し考える。
当日、刀気達が位置するのは、最終防衛ラインとなるデュルフング城前であり、そこを突破されると城を攻められる恐れがあるので、進行を止めることはいい案だろう。
しかし、それには懸念がある。
刀気は、それらを踏まえ、答える。
「……確かに、ありかもしれないが、戦うのは俺達だけじゃないだろう」
そう、明日の戦いは、刀気達だけでなくポインティアとはガードル以外の街の駐在騎士、そしてガードルにいる騎士団、イリルとパトレーとレイと共に戦う。
今回の場合、同じ場所に位置する一団と三人が関係する。
刀気の言葉の意味を理解したのか、カノアが言う。
「……そうか、騎士団も同じ場所で戦うから、そうするとその者達の邪魔になる恐れがあるということか」
彼女の言う通り、刀気達が横一列に並ぶと特に数が多い騎士団の邪魔になる可能性がある。まあ……、街道の横幅は数メートルくらいあるので、刀気達が並んでも空きはある。しかしそれでも、二万程の数で構成されている騎士団なので、油断はできない。
刀気は頷き、一つ注意する。
「ああ、だからといって半々にするのは、数が違いすぎるから、こっちが手薄になる」
半々にするというのは、街道を半分にして右側左側にそれぞれ配置するというものだ。
するとミウが、提言した。
「団員を何人かこっちに加えることはできないの?」
刀気は、右斜めに向き、腕組をして俯きながら答えた。
「できないことはないと思うが、難しいかもしれない」
ヤミが問う。
「どうして?」
刀気は、正面を向いて理由を述べる。
「ほら、俺達って国から独立してるだろ。依頼として共闘することはできるが、何となく利用するのは難しいかなって……」
理由にランが、反論する。
「そんなもん、直接頼めばいいじゃねぇか」
刀気は、心苦しい顔で口を開く。
「う……、それはそうだが、騎士団長のジャンヌさんがなぁ。なんか俺、嫌われてるみたいだし、引き受けてくれるかどうか」
国主オルトリーベ曰く、ジャンヌは男を敵視しているというので、必ずしも嫌悪ではないと思われるが、刀気としては嫌われているように感じているのだ。
ふと、刀気は、何故彼女は男を敵視しているのか考える。考えられるとしたら、まだデュルフングに刀気以外の男性がいた頃に男と何かあったのか、男嫌いでそれが敵視する程になったのか、それとも別の理由があるのかだとされる。しかし、これらは憶測の域を出ていないので、真実は不明である。
確かなのは、単に刀気が嫌いというわけではないことだ。
それでも、不安がなくなることはなく、団員の手を借りることを頼むのは躊躇いがある。
刀気の不安にメザリアは、微笑みを浮かべて優し気な声を出した。
「ご心配なく。私達もお頼みしますわ」
メザリア以外の少女達が、頷きや声で肯定を示し、刀気は無言で驚く。
見渡して刀気は、苦笑顔で提案を受け入れる。
「だったら、頼もうかな」
シャリアとミウが言葉を発した。
「それじゃあ決まりだね。後は戦い方だけど、もし団員さん達を加えられたら、その人達のことも考えないと」
「それと、イリルとパトレー、そしてレイもね」
そこで刀気は、ふと今までの戦いを振り返り、気付いたことを表に出す。
「そういえば、俺達って明確なポジションはなかったな」
刀気達は、少なくとも刀気がこの世界に転移してからは、一人一人決まったポジションはなく、戦いによって戦法は大体異なっていた。強いて挙げるとしたら、メザリアは後方支援をすることが多いが、必ずしもそうではない。故に、一人も明確なポジションはない。
このことから、恐らくブレイドガールズ時代のカノア達も同じなのだろう。
「うむ、誰かが先走るから、あまり考えたことはなかったな」
そうカノアが、一部を強調した声を刀気は聞く。
すると今度は、ランの確認が耳に入る。
「それはオレのことか?」
カノアは、その確認を否定した。
「妾は誰かと言っただけで、貴様とは言っておらぬ」
直後、ランが怒り、カノアが含み笑いをする。
「なにを~!」
「フッ」
刀気は、身振り手振りで仲裁し、ポジション決めを提案していく。
「ま、まあ、そういうことだから、決めておこうと思うがどうだ?」
少女達が肯定したので、刀気は、苦笑交じりに唇を動かす。
「っても、実は既に考えているんだけどな」
ミウが、考えの内容を求めた。
「ふ~ん、どういうの?」
刀気は、ポジションと役割を告げる。
「ああ、まず俺とカノアとランが前衛で切り込む。シャリアとヤミは中衛で、前衛のフォローや敵への攪乱。メザリアとミウは後衛で、全体の支援ってところだ」
なおこれは、刀気とミウを除き、ゲーム『ブレイドガールズ』で決めた隊列である。ゲームでは隊列を決めることができ、メニュー画面の『メンバー』内にある『隊列』で行う。方法は、『隊列』を選ぶと現れるフィールドを俯瞰したような画面で、キャラクターを配置することが出来る。
刀気はそれを使い、隊列を決めたのだ。
選定基準は、ステータスや剣の能力などで決めていた。
前衛はステータスで、中衛はそれに加えて剣の能力、後衛は技となっている。
ゲームでは、カノアはバランス型で、ランは攻撃型、シャリアはスピード型。ヤミはクリティカル型、メザリアはサポート型となっている。
剣の能力というのは、特にヤミが使う隠者の暗殺剣のことである。ゲームでも敵から姿を消すことできるのだ。なお、プレイヤーからは、この世界にある同様の物と同じく、透けて見える。
今回の場合、剣の能力という部分は同じで、シャリアは特徴である速さも利用している。
カノアが、言葉を発する。
「……ふむ、それならば各々の利点を活用でき、役割が明確な故、戦いやすくなるだろう」
ミウが他――恐らく、オーナーズ・オブ・ブレイド以外の者――について問う。
「それで、他はどうするの?」
刀気は、申し訳ない顔で言った。
「ああ、ごめん。考えたのはここまでなんだ。けど、イリルとパトレーは中衛がいいと思う。レイさんや騎士団の人達は、事情を話した上で決めさせてもらう」
イリルとパトレーを中衛にした理由は、剣の能力から決めたもので、前者は敏速の剣による速度上昇で咄嗟の判断や前衛のフォローがしやすくなり、後者は風の剣で敵を吹き飛ばし、前衛を戦いやすくするためである。といっても、後者の方には注意があって、前衛を巻き込まないようにしなければならないが。
無論、彼女達にも事情を話すつもりだ。
レイと騎士団については、前記は元ブレイドガールズだが、恐らく使うであろうその時の剣の能力や、戦い方をよく知らず、後記はまだ騎士団長に団員の一部をこちらに加えることを頼んでいないので、団員の加入が決まったわけではない。それらのことから、その者達の隊列を今決めることはできない。
シャリアが、刀気の案に同意を示す。
「そうだね」
刀気は頷き、発声した。
「よし、それで決まりだな。後は、イリルやパトレーといった他の人達の意見が必要だと思うから、明日にするとしよう」
その後は、シャリアが部屋に戻ることを告げ、少女達が立ち、歩き始める。
暫くしてドアが開く音がし、やがてそれが閉まる。
しかし、足音から刀気は疑問に思い、振り向くと、カノアがいた。ドアの前に立っており、それを開ける素振りはない。
刀気は疑問に思い、彼女へ尋ねる。
「? 部屋に戻らないのか?」
背を向けているカノアは、そのままで言う。
「……トキ、今日、教会で黒髪の子と話していたわね」
刀気は驚き、口にする。
「み、見ていたのか」
なおも背を向く少女は、刀気に訊く。
「前にも話していたけど、何だったの?」
どうやら、前の時も見ていたようだ。
刀気は、当時のことを思い出し、そのことを噓偽りなく伝える。
「あれは、髪と目の色が同じことがきっかけで、質問したりされたりしていたんだ」
カノアは、更に問う。
「ランもそうじゃないの?」
刀気は否定して、ランとは違うところを挙げる。
「いや、俺とその子は色だけじゃなくて、濃さもほぼ同じなんだ」
「ふ~ん、そういえば、途中から話が少し弾んでいたみたいだったけど、何話していたの?」
カノアはそう三度目の質問をした。
刀気には、あの時の話に弾みを感じていなかったが、第三者からは、弾みがあるように見えていたようだ。
刀気は多少慌てるものの、答えて、こちらからも問う。
「ああ、いや、ただ単に雑談していただけで……、どうしてそんなこと訊くんだ?」
刀気は疑問を抱いていた。見ていた上で話の内容が気になることは不思議ではないが、カノアの口調は、単に気になって訊いたという風ではなく、まるで尋問しているかのようなものなので、何故そうして問い掛けているのかと。
するとカノアは、右腕を曲げ、手を胴体の方へ隠し、先程までの不満気なものとは違う、不安そうな声を出す。
「あの時のトキを見ていたら、胸が痛くなって、何か嫌な感じになる」
恐らくカノアは、当時のことを思い出し、感じたものが再発しており、先程の動きは、胸を抑える為のものだろう。
刀気は、そんな彼女に一つの推測を浮かべるが、確証はない為、押し黙る。
「……」
推測とは嫉妬、所謂やきもちである。つまりカノアは、あの時の黒髪黒目の少女に嫉妬している可能性が高いのだ。
なお、確証がない理由は、本人による証明、他の気持ちの存在などからである。
しかし、もし嫉妬だとしたら、問い掛けたときのカノアの口調に説明がつく。あの口調は、嫉妬からくる怒りによるものだとされる。
カノアは、口調を戻して刀気に訊いた。
「ねぇトキ、本当はあの子と何話していたの?」
刀気は、一度向き直してから反対側に座り、真剣な顔で答える。
「質問のところは本当だ。その後は、お互いの家族のことやオーナーズ・オブ・ブレイドのこととかを話していた」
カノアは、短く返し、退室を告げる。
「そうなのね。それじゃ、部屋に戻るわね」
そして右腕を動かし、ドアを開け、前進して部屋を出た後、ドアを閉めた。