150.熱弁とイメージ
ガードルの街を歩く中、カノアが言葉を発した。
「それで、次はどこに行く?」
刀気は暫し考え、ある店を思い浮かべてから、その店に決める。
「……あ、じゃああそこにするか」
ヤミが、疑問に思うような声を出した。
「……?」
その後も刀気達は進み、とある店で止まる。
「ここだ」
刀気がそう言うと、カノア、シャリア、ヤミの声を順に耳にする。
「フッ、そういうことか」
「一緒に戦うなら、イリル達も知ってほしいしね」
「そういえば、二人は多分初めて」
すると、イリルが怒り、パトレーが問う。
「勝手に納得しないで、一体どういうことなの?」
「ここは、何でしょうか?」
どうやら、カノア達の雰囲気により、二人は蚊帳の外になっているようだ。
刀気は振り向き、謝った後、目的地を紹介した。イリルの怒りの原因はカノア達にあるが、蚊帳の外になっている二人のことをその者達に伝えなかった自分にも非はあり、集団のリーダーとしてもそうなので、代表して謝ったのだ。
「ああ、すまん。ここは、ヴァルカル武具店っていって、武具を買ったり手入れしたりできる店だ」
といっても、今のところ買ったことはないが。
イリルは考え込むような仕草をして店名を言い、何かに気付いたのか、顔を上げ、驚きの声を出す。
「ヴァルカル武具店……え? もしかして『あの』ヴァルカル武具店なの!?」
パトレーが彼女の方を向き、問い掛ける。
「イリル先輩、知っているのですか」
すると、素早く横を向いてパトレーを見たイリルが、捲し立てるように言い連ねる。
「知ってるもなにも、ブレイドガールズに関わる人にとっては有名な店なのよ! あたしは噂くらいしか聞いたことがないけど、ブレイドガールズが常連として来ていた店で、いつしか『ブレイドガールズ御用達』と呼ばれていて、腕は名前負けしないほどいいらしいの。いつからか、亡くなった先代の店主の娘が引き継いでるみたいだから、その人の腕は分からないけど。あと――あ……」
そこで、イリルの熱弁が途切れる。
その理由を刀気は、即座に気付いた。行き交う人々が、こちらを見ていたのだ。恐らく、彼女もそれに気付き、先程の熱弁がその者達にも聞こえていたとも気付いたからである。
人通りが街を回っていた時より増えているが、これは、養成所へ向かう途中に聞こえた時鐘から午前中になったことが分かり、人通りが増えたからだ。こうなる訳は、午前中になると開店する店が増え、それを求めて来る人が現れることによるものだ。刀気は、この街にいるうちにその傾向に気付いていた。なお、これには、元の世界でも午前中――特に十時――に開店する店が多いことも要因となっている。
イリルは、顔を赤くして、勢いのある声で話を切り上げた。
「と、とにかくそういうことだから!」
これに一部の通行人が、ピクリと体を震わせる。
パトレーは、申し訳なさそうな顔で謝る。
「な、なんだかすみません……」
人々が顔や目の向きを変えた後、刀気が口を動かした。
「まあ、ここに立っているのもなんだし、店に入るか」
このまま居続けた場合、再び注目を集める可能性が高いので、それを避ける為にも、刀気は入店の提案を実行に移したのだ。
イリルとパトレーは、表情を改めてから了承し、刀気は向き直して前進する。
同時に少女達も歩み、刀気が店のドアを開ける。
その先には、様々な武具が陳列されており、カウンターにいる女性が声を掛けた。
「らっしゃい! お! あんたらか。今日は見ない顔もいるな」
店内に入り、ドアが閉まる音が聞こえた後、刀気達は彼女に近づき、イリルとパトレーが自己紹介をした。
「あたしはイリル。カノア達と同じ時期の元ブレイドガールズ候補生よ」
「は、初めまして、私はパトレーといいます。元候補生ではありませんが、明日の戦いに参加することになりました」
カウンターにいる女性――ヘファリーは、パトレーの言葉の一部を言い、納得したように頷いて問う。
「明日の……、ああ。ってことは、あんたらもそうなのか?」
どうやら、内乱があることを知っているようだ。避難について伝えることを一週間程前の会議で決めていたので、知っていてもおかしくない。
問いに刀気は、首肯で返す。
するとパトレーが、言葉を発する。
「ところで、そちらの方は?」
刀気は振り向き、ヘファリーを紹介した。
「この人はヘファリーといって、この店の店主だ。俺達オーナーズ・オブ・ブレイドも世話になっている」
問い掛けた少女は頷き、納得を示す。
「そうでしたか」
刀気が向き直すと、ヘファリーが斜め右を向いていた。
と、そこで、イリルの声を耳にする。
「あ、あたし?」
どうやら、ヘファリーはイリルを見詰めていたようだ。
眼前の女性は、頭を数回掻きつつ口を開く。
「……いや、ちょっとな。アタシ以外の赤い髪を見るのが珍しくってさ。それに、目も赤いから、ますます気になっていてさ」
思えば、この場には赤い髪の女性が二人いるのだ。しかし、同じ赤でも濃さ、そしてイメージが異なる。ヘファリーは、最初の印象と同じく炎のイメージだが、イリルは、薔薇のイメージだ。前者は、短髪で所々跳ねていることから、後者は、色合いの類似性と長い髪が薔薇の花弁を思わせることから来ている。
イリルは、短く返し、補足した。
「そう……。まあ、両方とも赤いのは珍しいけど、片方だけなら、あたしがいたところには何人かいたわ」
イリルの出身地は不明だが、会議の日、イーストガードル領主レニーヤの傍にいたことから、同郷である可能性が高い。なお、この理論で言えば、パトレーはサウスガードル出身となる。
もし可能性通りなら、イーストガードルには赤髪や赤目の人が、数人いると思われる。
そこで刀気は、以前イーストガードルに来た時のことを思い出す。その時に人を見てきており、確かに数人の髪や目は、赤であった。なので、出身地はともかく、仮定自体は合っているだろう。
ヘファリーは、右手を下げつつ言う。
「へえ~、この街じゃあまり見かけないが、そうなのか」
確かに、ガードルでは、赤髪も赤目もあまり見ない。髪は栗毛など、目は淡褐色などが多い。一方、ポンメルトも赤髪や赤目の比率は同様だが、目は茶色が僅かに多い。まあ……、その街の人全員を見たわけではないので、実際の比率は分からないが。デュルフングにある残りの街――サウスガードルとポインティアは、前者の場合、来たことはあるが、その時には外獣の出現で住民は避難していた為、その者達を見ることはなかった。後者は、来たことはないので、不明だ。しかし、街による違いが一部ながらある以上、それらにもある可能性はゼロではない。
刀気の方へと向いたヘファリーは、両手を腰に当てて、要件を訊く。
「で、今日はどうしたんだ? まさかそいつらをアタシに会わせるためだけに来たわけじゃないだろ」
彼女の言う通り、この店に来たのは顔合わせだけではなく、もう一つある。
刀気は頷き、要件を伝える。
「ああ、剣の手入れを頼みたくてな。オーナーズ・オブ・ブレイドは全員揃ってないから後で頼むとして、手入れしてもらう剣は、イリルとパトレーのだ」
といっても、オーナーズ・オブ・ブレイドの剣の手入れは、全員揃っていないといけない決まりはないが。しかし、ここでの目的の対象人物は、イリルとパトレーなので、刀気達まで今頼むことはない。それに、メザリアの予定のことを考えると、養成所の前の時と同様、ここでも時間を長く使わない方がいい。
ランとミウがいないところで決めたことだが、後でそのことを話し、二人の返答次第で最終決定をするつもりだ。もし、反対した場合、ヘファリーに予定の取り止めを言わなければならない。しかし、賛成する可能性はあるので、決めたことに後悔はなく、二人を信じることにしたのだ。
なお、要件の目的は、イリルとパトレーの剣を手入れしてもらうことにより、ヘファリーの腕を知らせることだ。
ヘファリーは、右、左と見ながら、口にする。恐らく、依頼物の所持者を見ているのだろう。
「確かに剣を持っているな。もしかして、それもあんたらと同じ剣か?」
問いはつまり、イリルとパトレーの剣も、刀気達と同じ、能力持ちの剣なのかということだ。
刀気は、その二人が持つ剣の名前を告げる。
「敏速の剣と風の剣だ」
少なくとも、この国での剣は、元の世界と同じく分類上の名称はあっても、一つ一つの個体名は通常の剣にはない。今回のように、個体名があるのは、能力持ちの剣だけである。故に、剣に名があるということは、能力持ちであることの証明にもなる。なので刀気は、剣の名前を告げたのだ。しかし、このことが周知の情報であるとは限らないので、もしヘファリーが知らない場合、答え方を改める必要がある。
武具店店主は了承し、笑みを浮かべた。顔から察するに、彼女も剣の名前についてのことは、知っていたと推測される。
「解った。手入れさせてもらうぜ」
すると、後方から二人分の足音が聞こえ、やがて少女の姿が見える。イリルとパトレーだ。
二人は剣を抜き、それをカウンターへ置く。
そして、順に発声した。
「この店の腕がいいのは聞いたことあるけど、貴女もそうなのかは分からないから、確かめさせてもらうわ」
「ど、どの様になるのでしょう?」
ヘファリーは、歯を見せて笑いつつ言う。
「心配するなって。先代――親父ほどではないが、凄さはそいつらが保証するからさ」
パトレーがこちらを向き、口を動かす。
「刀気先輩達が……」
刀気は首肯し、パトレーは向き直す。
「それじゃ、手入れしに行ってくるぜ」
ヘファリーは、二つの剣を持ち、そう告げた。
そして彼女は踵を返して、店の奥へと行く。
ヘファリーの姿が見えなくなり、暫くして、戻って来た。
両手に持つ剣をカウンターに置き、手入れが終わったことを伝えた。
「……よし、出来たぜ」
イリルとパトレーが、それぞれ自分の剣を持ち、共に称賛する。
「……! これは、凄いわ。疵がなく、光に反射しているかのように輝いている。まるで、この剣を手にした時に戻ったみたい。これは、認めざるを得ないわね」
「私の剣じゃないみたいです。あ、もちろんいい意味でですよ。ヘファリーさん、ありがとうございます!」
一部しか見えないが、二人の剣を見て刀気は無言で驚く。確かに、無疵で輝いている。それに、色艶が手入れ前より増しており、パトレーが言うように見違えるほどだ。
カノア達は、称賛や感嘆など、それぞれの反応を示す。
それらにヘファリーは、笑顔で返す。
その後、剣の手入れをしてもらった少女は、鞘に納め、本人の希望により、二人が精算した。料金は、今回剣二つなので、銀貨五枚と銅貨二枚となった。二人は、それぞれ出し合い、銀貨二枚と銅貨六枚に分けた。なお、手入れなどの料金は、以前から変わっている。理由としては、店主曰く、明日にある内乱に際して、武具の手入れや購入が多くなり、価格を変えざるを得なかったからだという。
それから退店し、ドアを開けた後、刀気は振り向き、ヘファリーへと言う。
「それじゃあ、また後で来ます」
ヘファリーは、口角を上げ、口を開いた。
「ああ、待ってるぜ」
そうして刀気達は、武具店を後にする。