143.後輩と鳥
握手を交わした後、イリルとレイと共に進み、刀気は、カノア達の下へ戻る。
そこへ着くと、カノアが刀気を見て口にする。
「よくやった。貴様が勝つと信じていたが、まさか、あの動きに対応するとはな」
彼女の言うことを察し、刀気は、確認を取る。
「あの動きって、安定化のことか?」
カノアは、一度頷きつつ答えた。
「うむ、あやつがあのような奥の手を持っていたとは知らなかったからな。何となく分かったそうだが、実際はそうではないのだろう?」
刀気は、カノアの鋭さに内心驚き、言い淀むが、正直に言う。
「それは……、ああ、実はそうなんだ。安定化を発動するときとそうじゃないときで違いあることに気付いたんだ。だから、受け止めることができたって訳だ」
菜の花色の髪をした少女は、疑問に思ったのか、口を動かす。
「違い……?」
刀気は、疑問について説明し、カノアが納得する。
「ふむ、そうか。流石トーキだな」
刀気は謙遜しつつ、言技化丸の柄頭に右掌を当て、目をそちらへ移す。
「俺というより、言技化丸のおかげだけどな」
もし、身体強化がなければ、最初の接近に対応できず、負けていただろう。それだけ、身体強化――ひいてはそれを発動させる言技化丸の恩恵は大きい。身体強化出来ない武器だとしたら、今の自分はないといえる程に。
すると、イリルが言葉を発したので、刀気は右手を下げ、視線を戻す。
「それでも、気づけたんじゃない。もしかして、前から観察とかしてたの?」
その後、左を向いて彼女を見、少し言葉に詰まりつつも答える。
「う……ああ、まあ、そうだ。それに俺は、オーナーズ・オブ・ブレイドのリーダーだから、それくらいは……」
実際は、元の世界でゲームをしていた時に行っていたことだが、言うわけにはいかず、このような答えをした。しかし、誤魔化しや嘘ではなく本当のことで、この世界でも観察は何度かしていた。それに、刀気としては、リーダーには観察力も備わっていた方いいと思っている。なので答えは、偽らざる本心から出たものだ。
答えにイリルは、こちらを見ずに腕を組み、訝しげな顔になるが、暫くして息を吐き、右を向いて戻した顔で言う。
「……まあ、それでいいわ」
イリルとの問答を終えた後、オルトリーベの声が聞こえ、刀気とイリルは向き直す。加えて彼女は、両腕を解く。
「どうやら、終わったようだな。なら、余とジャンヌはここで失礼する」
そうして、国主とその側近は、刀気から見て左を向き、進み始めた。
彼女らの足音が遠ざかった後、レイが帰宅を告げ、問う。恐らく、領主達やイリルとパトレーに声を掛けているのだろう。
「では、私達は帰るとしよう。私と鶴元達は、宿舎に戻りますが、そちらはどうしますか?」
レイの言葉に意見する者がいないところから、カノア達は、帰宅に反対ではないようだ。
明るさから、夕方ではないが、午後に宿舎を出てから時間が経っているので、夕方近くという可能性はある。
そのことを考慮し、刀気は、宿舎管理人の提案に同意する。
そうしていると、サーラが答え、少女達については別の答えをした。
「私達は、それぞれ街に戻りますが、イリルとパトレーは、この街の宿屋に泊まらせます。共に戦う以上、近くにいる方が何かといいでしょう」
続けて、二人の親へ連絡することをレニーヤと共に付け加える。イリルの親へはレニーヤが、パトレーの親へはサーラが連絡するそうだ。
このことから、恐らく、イリルはイーストガードル、パトレーはサウスガードル出身なのだろう。
領主二人が言い終えると、僅かながらそこで挙げられた少女達の驚きの声を耳にする。
数秒後、イリルとパトレーは、それぞれ了承していく。
「領主様方がそうでしたら、この街に残らせてもらいます」
「私もそうさせていただきます」
そして、レイが提案を述べる。
「でしたら、城を出た後に別れましょう」
その後刀気達は、城を後にする。
城を出て、領主と別れた後、刀気達は、宿舎方面へと進む。
その道中、パトレーが言葉を発する。
「しかし、先程の勝負は、勉強になるものでした。実力者同士の戦いに互いの読み合い、私、感銘を受けました!」
刀気は、少し困惑しつつも返す。
「は、はあ……」
パトレーは、声の大きさを下げ、頼む。
「それで、もしよろしければ、私をご指導してもらえないでしょうか?」
カノアが問う。
「何故だ?」
問いに刀気は、思い出す。パトレーは、様々な者達から指導を受けていたことを。
彼らが何者かは不明だが、指導を行ったことから、それなりの実力者だと思われる。
そこで、どうしてそのような人達に教わっていたのに俺達に頼むのかと、刀気は思う。
仮に予想通りだとしたら、実戦経験などを多く得ている可能性が高い。一方で、様々な戦い経た刀気達だが、カノア達は一年と一か月程で、刀気は一か月程しか実戦経験がない。なので、場合によっては、パトレーを指導した者達に遠く及ばないことはあり得る。それ故、請け負ったとしても、彼らと同等もしくはそれ以上の指導ができるとは考えにくい。恐らく、カノア達も同様の懸念を抱いているだろう。故に刀気は、疑問に思ったのだ。これらのことから、少なくとも刀気は、自分達には力不足だと感じている。
頼んだ少女は、言葉を連ねる。
「皆さんのご活躍や先程の勝負で、私は未熟だと改めて知りました。ですが、共に戦う以上、足手纏いにはなりたくありませんので、そうならない為にご指導していただきたいのです。いかがでしょうか?」
パトレーは、共闘することを提案された時に足手纏いの不安を出していたので、恐らく、それを気にしていて、克服しようと望んでいるのだろう。
それから暫くして、カノアが了承した。
「……解った。貴様がそう望むなら、妾達は協力しよう」
刀気は、さも当然のようにこちらも含めているカノアに内心驚くが、表立って何かを言うことはしなかった。何故なら、懸念や力不足などがあるが、共に戦う者の望みを無下にするわけにもいかず、もし叶えられれば、来る戦いで優位になると推測したからである。といっても、彼氏として彼女の判断をあまり反対したくないというのが一番の理由だが。
なので刀気は頷き、カノアとパトレー以外の者達が様々な応対をする。それらは全て肯定を示すもので、異論を唱える者は一人もいない。
パトレーは、明るい声を上げる。
「ありがとうございます! 皆さんのことは慕っていまして、その方々にご指導されることは、、光栄です!」
刀気は振り向き、彼女を見ると、顔と目が輝いており、そこから彼は思いを零す。
「……まるで、後輩ができたみたいだな……」
リボンを付けた少女は、首をかしげ、口を開いた。
「コーハイ……?」
シャリアやメザリアといった者達も疑問に思ったのか、困惑したような目つきなどをしている。
大方予想してたが、この国もしくはこの世界では、後輩は聞き慣れないか存在しない言葉のようだ。そうなると、先輩も同じだろう。なお、自己紹介の時のイリルの言葉から、同期や同僚も同じだとされる。
刀気は、少し慌てつつも、後輩について説明する。
「あ、ああ。後輩ってのは、自分より年下や経歴とかが浅い人のことを言うんだよ。ちなみに、逆は先輩と言う。あと、先輩の場合は、名前の後につけることもある」
――まあ、呼び方の方は、ゲームとかで見聞きしたくらいで、実際にはなかったが。
続けて、そう口中で注釈した。
そもそも、下級生はおろか同学年、ましてや上級生ともあまり関わりが元の世界ではなかった刀気にとって、先輩後輩は縁遠いものだった。なお、中学は帰宅部である。なので、そのような関係性は、ゲームなどで見聞きするものであった。
シャリア達は、説明に納得したようで、顔を戻す。
パトレーは、顔を俯かせ、独り言のような声を出し、顔を上げて嬉し気な顔で口調を変え、確認を取った。
「後輩……先輩、何だかいい響きですね。では、刀気先輩、カノア先輩というようにお呼びしてよろしいでしょうか? あ、刀気先輩は、鶴元先輩の方がどちらにしますか?」
刀気は苗字と名前がある為、その問いは予想していた。カノア達は苗字がないのでそのままだが、刀気はそういかない。もっとも、この世界の人名に苗字がないわけではなく、それが存在する国もある。苗字がない国は、デュルフングを含めた七か国中三か国で、残りは苗字と名前となる。各国で異なるが、その理由はあり、例えばデュルフングは、建国時、国祖が故郷のブリタニアスとの差別化を図る為に行ったからだ。恐らくパトレーは、それらを踏まえて確認を取ったのだろう。
刀気は、逡巡の後、選択した方を口にした。
「どちらかというと、刀気先輩の方がいいな」
これについては、ゲームで後輩のキャラクターが、先輩を呼ぶときに、名前と先輩の組み合わせをする者が多いことが要因である。なので、せっかくだからと思い、刀気は選択したのだ。まあ……、今のところ同年代には名前――イントネーションに差あり――で呼ばれているので、一人だけ苗字というのは、むず痒くなるというのもあるが。
パトレーは了承し、笑顔で頭を下げる。
「解りました。私足手纏いにならないよう強くなりますので、改めてご指導のほどよろしくお願いいたします!」
刀気達が応対し、向き直すと、レイが言葉を発した。
「では、イリルとパトレーは、隣の宿屋に泊まることでいいか?」
考えているのか、すぐには答えず、暫くして順に返答する。
「解ったわ」
「はい」
するとレイは、食事について言う。
「食事は、宿舎の食堂で摂ってもいいが、どうする?」
二人の少女は、それぞれ反応していく。
「え……?」
「よろしいでしょうか?」
それに、レイではなくカノアが返す。
「構わぬ。あそこは、客人のことを考え、広めにしてある。一人二人増えたところで、問題ない」
刀気はそこで、宿舎の食堂を思い出す。確かに広く、椅子の数は、十数個あった。共に歩く者を含めても、幾つか余りがある。
最初見た時に、居住者数に対して広いところだと思っていたが、どうやら、カノアが言うように、客人の為のようだ。といっても、刀気が来てからは、食事を共にする客人はほぼ訪れていないが。
イリルとパトレーは、恐らく、再び考えてから答えた。
「だったら、そうする。実は、お金があまりないから」
「私も同じですので、そうさせてもらいます」
レイは納得し、時期を指定する。
「そうか。なら、今日の夕食からそうするといい」
イリルとパトレーは、返事をし、それからは、歩みを続けた。
夜、机と椅子、ベッドがある部屋に一人の人物がいた。
その者は、月明かりのみ灯る中、紙にペンで書いていた。
暫くして書き終わり、その者は、ペンを置き、紙を折る。
そして、小さくした紙を、机に乗る鳥の脚に結ぶ。
椅子から立った後、移動し、鳥を持つ。
左を向き、開け放たれている両開きの窓の前で、両手を前に出す。
そのとき、月明かりで鳥の姿が露わになる。それは鳩だった。
鳩は、羽根を広げ、羽ばたかせ、前方へと飛ぶ。
途中、鳩が左折した後、人物は両手を下げ、口を動かした。
「……領主様のために」
月明かりが照らすその者は、口は開いたままで、目は虚ろだった。